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近すぎて、一番遠かった。

※ この物語は、フィクション。

1月の景色は、荒れ狂う猛吹雪だった。
窓ガラスを叩く風の音が、店内のBGMをかき消すほどに激しく、テーブルの端に置いたスマホの画面を見ると気温はすでにマイナス四度を示していた。1月の深夜に近い時間、ファーストフード店の蛍光灯は変わらず白々と輝いていて、高校三年生の受験生たちがそれぞれのテキストや単語帳と格闘している。

○○は、少し冷めかけたチーズバーガーを口に放り込みながら、精一杯の「日常」を演じていた。

だが、その視線はハンバーガーの包み紙をじっと見つめたまま、一度も向かいの席の彼女を見ていない。

「なぁ、あと数ヶ月したら大学生だぞ」

声が、自分で思っていた以上に平坦に出た。感情を乗せまいとする意志が、言葉から熱を奪っていた。

「知ってるよ。○○が一番ビビってるくせに」

向かいに座る武元唯衣が、悪戯っぽく笑う。揺れるポニーテール。暖房の熱と照れ隠しが混ざり合ったような、微かに上気した頬。口の端に、ケチャップが一滴だけついていた。

○○はそれを指摘しようとして、やめた。

こんな夜に、そんな些細な優しさを差し出すと、なにかが崩れそうで怖かった。

二人は、人生のほぼすべての記憶を共有していた。

産声をあげた病院の分娩室さえ同じだった、と互いの母親たちが口を揃えて言う。もっとも本人たちに記憶はないが、写真は残っている。隣のベッドで並んで泣いている、やたら赤い顔をした二人の赤ちゃん。

泥だらけで駆け回った保育園。リレーで○○がバトンを落として泣いた運動会。唯衣がブランコから落ちて膝に大きな擦り傷をつくった夕方、○○が自分の絆創膏を半分に切って貼ってあげたこと。

思春期の痛みを知った中学、高校。

喧嘩をして一週間口をきかなかったこともある。第一志望の模試の結果が悪くて、二人で公園のベンチに座って泣いたこともある。それでも結局はどちらかが「ポテト食べに行こう」と誘い、このトレイを挟んで座ってきた。

それが、二人にとっての「普通」だった。


「大学に入ったらさ……もう毎日一緒に登校とか、できなくなるよな」

○○の声が、まるで雪の中に吸い込まれるように小さくなった。

唯衣がポテトを運ぶ手を止める。その瞳に、室内の蛍光灯が反射してキラリと光った。

「それって、嫌なの?」

その問いは、鋭いナイフのように二人の間に横たわる「幼なじみ」という薄い氷を割りにかかった。

「嫌っていうか……なんか、変な感じ。ずっと当たり前だったのにさ。急に『幼なじみ』って言葉が、自分を縛る鎖みたいに重く感じるっていうか……」

○○は視線を泳がせた。
窓の外、誰かが凍結した道で転ぶ様子が見えた。

「私も、ちょっと怖い」

唯衣の静かな声に、○○は弾かれたように顔を上げた。彼女の目は、いつになく真剣だった。

「だって……大学入ったら、○○のこと好きな子、絶対出てくるよ。○○は勉強も教えられるし、部活の合宿で披露したみたいに料理も上手だし。放っておいても『カッコいい』って言われて、誰かに告白されて……そしたら私、ただの『ストラップ』になっちゃうじゃん。一番近くにいたはずなのに、一番遠い場所に行っちゃうじゃん」

言葉が溢れ出し、唯衣の瞳がみるみる潤んでいく。○○は、その本音の重さに息が詰まった。

心の中で、なにかが静かに、でも確実に、音を立てて壊れた。


「あのな…」

絞り出した○○の声は、情けないほど震えていた。

「俺がそんな簡単に、他の子に目移りすると思ってんの?」

「思ってるっていうか……わかんないもん。○○が誰を好きになっても、私には止める権利なんてないじゃん」

店内の喧騒が、遠くの波音のように聞こえる。二人の周りだけ、時間が凝固していた。

○○の心臓が、耳のすぐ横で鳴っている。今、言わなければ。この雪が溶けて春が来る前に、今の関係を壊さなければ、一生後悔する。そう確信した瞬間、身体が先に動いた。


ガタッ!


勢いよく椅子が鳴り、○○が立ち上がった。その唐突な行動に、周囲の受験生が数人こちらを見た。唯衣が驚いて顔を上げる。

「俺、今ここで約束するわ。大学に入って、いずれ社会人になって、周りの環境が全部変わっても……俺は唯衣のこと、誰よりも一番近くで見てる。誰か告白してきても『悪い、もう決まってる』って即答する。だから、お前も…」

○○は一度、固く目を閉じた。
体中の血液が沸騰している。

「俺のこと、ちゃんと見ててくれ。俺を『ただの幼なじみ』という箱の中に閉じ込めて終わらせないでくれ」


唯衣の目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。

それは頬を伝い、顎の先から、
トレイの端へと静かに落ちていった。

「バカ……。先に言ってよ……」

唯衣も立ち上がり、震える足で○○に歩み寄る。そして、彼の胸に自分の額を思い切り押し付けた。厚手のコート越しでも、○○の鼓動が激しく打っているのがわかる。

「私だって……ずっと○○が好きだったよ。
言えなかっただけ……ずっと怖かったんだから」

店内の天井から降り注ぐオレンジ色の明かりが、抱き合う二人の影を一つに重ねた。

外の嵐はまだ止まない。

けれど、二人の間の冷たい風は、今、確かに止んだ。

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