脳に染み込ませるまで、何度でも書く
俺は何度でも書き続ける。
この「プロトコル」が、脳みそに染み渡るまで。
自分の言葉で、自分の感覚で、何度でも反復する。
何度も何度も、「人生の不幸や失敗も、すべてはネタだ」と。
どれだけ後悔したって、どれだけ傷ついたって、それすらも“使える”。
文章にできる。誰かに届けられる。笑えるかもしれない。
少なくとも、“意味づけ”をこちらからやり直すことはできる。
そしてもう一つ。
「心」なんてものは幻想だ。
悲しい、嬉しい、苦しい、焦る──
それらは全部、脳内で起きている電気信号と化学物質のやりとりにすぎない。
「心がつらい」んじゃない。ただ脳が反応してるだけ。
そう思えば、少しだけ距離を取れる。
ああ、これは“現象”なんだって。
さらに言えば、俺たちはただ生まれて、死んでいくだけの存在だ。
人生に“意味”なんて、はじめから用意されていない。
意味なんてものは、必要なら自分で仮に設定するだけのもの。
だからこそ、失敗しても、不幸でも、空っぽでもいい。
その全部を素材にして生きていける。
俺は、それを何度でも言葉にして、繰り返して、染み込ませていく。
