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自己肯定感は『肯定』だけされても育たない#85


「すごいね」「えらいね」「さすが!」

毎日褒めているのに、わが子はなぜかいつも自信なさげ。

テストの点が良くても「まぐれだよ」、絵を描いても「上手くない」と言う。

「こんなに褒めているのに、どうして?」と首をかしげたくなる気持ち、よくわかります。

実はこれ、褒め方の問題ではなく、褒める「前の段階」に鍵があります。

自己肯定感は、肯定だけでは育たない。その理由を今日は一緒に見ていきましょう。


1.「肯定」と「受容」は、まったく別物

自己肯定感という言葉が広まるにつれて、「とにかく褒めましょう」という空気が生まれました。

でも褒めるだけで自己肯定感が育つなら、こんなに多くの子どもが自信を持てずに育つはずがありません。

ここで区別しておきたいのが「肯定」と「受容」の違いです。

肯定とは「あなたはすごい」「よくできた」という評価。

受容とは「できてもできなくても、あなたはそのままでいい」という承認です。

この二つは似ているようで、根本的に違います。

肯定は結果に対して与えられるもの。

だから、結果が出なければ肯定されない、という恐怖と常にセットになっています。

一方の受容は、結果と無関係です。

存在そのものへの「OK」です。自己肯定感の土台になるのは、実はこの「受容」の方なのです。

2.自己受容がないと、褒め言葉が「届かない」

自己受容とは、平たく言えば「ダメな自分もまあ、自分だ」と思える感覚です。

これが育っていないと、どんなに外から褒められても、心の中でその言葉を跳ね返してしまいます。

「まぐれだよ」「お世辞でしょ」「本当の自分を知らないから言えるんだ」褒め言葉を受け取れない子どもは、自己受容の器がまだできていないことが多い。

脳科学的に見ると、自己評価に関わる内側前頭前野という部位は、他者からの評価よりも「自分が自分をどう見ているか」に強く影響を受けます。

つまり、外からいくら「すごい」と入力しても、内側のフィルターが「どうせ私なんて」になっていると、その情報は書き換えられてしまう。

褒め言葉が滑っていく感覚、わかりますか。コップに穴が開いているのに、上から水を注ぎ続けているようなものなのです。

3.自己受容は「失敗の扱われ方」で育つ

では自己受容はどうやって育まれるのか。答えは意外とシンプルで、「失敗したとき、どう扱われたか」の積み重ねです。

転んで泣いたとき「それくらいで泣かない」と言われた子と、「痛かったね、大丈夫?」と言われた子では、「弱い自分」への向き合い方がまるで違ってきます。

テストで悪い点を取ったとき「なんでこんな点なの」と責められた子と、「難しかったんだね、どこが分からなかった?」と聞いてもらえた子では、「できない自分」を受け入れられるかどうかが変わってきます。

自己受容は「ダメな自分が許された経験」から育ちます。

これは甘やかしではありません。失敗を責めないことと、失敗を見逃すことは全然別の話です。

失敗した事実はちゃんと見ながら、その子の存在は揺るがない——そのメッセージが積み重なったとき、子どもは初めて「自分はここにいていい」という感覚を育てていけるのです。

4.お母さん自身の「自己受容」が、すべての出発点

ここで少し立ち止まって考えてほしいのですが、お母さん自身は自分の失敗を、どう扱っていますか。

「またやってしまった」
「どうして私はこうなんだろう」
「ちゃんとしなきゃ」

自分に対して厳しいお母さんは、気づかないうちに同じ視線を子どもにも向けてしまいやすいものです。

自分を責める習慣がある人が、子どもの失敗だけをふわっと受け入れるのは、実はかなり難しい。

だから、子どもの自己受容を育てたいなら、まずお母さん自身が「できなかった今日の自分」を少しだけ許してあげることが、意外と大事な第一歩になります。

今日褒め方を間違えたとしても、イライラして言い過ぎたとしても、「まあ、そういう日もある」と自分に言えるかどうか。

その感覚こそが、子どもへの受容の言葉を自然に生み出す源になります。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
それじゃ、またね!

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