残り物に福はあったか
こんばんは。
moyamoyaです。
残り物には福がある
とは言うけれど、子どもの頃の私は、
残り物をあまり口にしなかった。
残り物は残り物でも、食事の話。
母親として食事の支度をするようになると、子どもの頃のように思ったことは微塵も思わず「もったいない」と自分のお弁当箱に詰めていくのに。
あのときの「何となく嫌」は何だったんだろう。
答えが分かったところでどうもならないが、大人になった今なら言葉にできる気がして振り返ってみた。
お時間のある方、よかったらお付き合いください。
***
子どもの頃に母が作る食卓は、おかずごとに大皿に盛り付けられ、それを各々取って食べるスタイルだった。
ただし、きょうだいが多いため、2つルールがあった。
・人気のおかずの食べ過ぎ対策で「このおかずは1人何個まで」と制限あり。
・苦手なものも、せめて1つは食べる。
そうは言っても、姉なんかは嫌いなものはしれっと残していた。嘘をついてもバレる私は、姉に比べたら苦手なものも「うぇー」と思いつつ食べていた。だからか分からないが半端なおかずを、食事中に母から「これも食べていいよ」とおまけしてもらえることもあった。
しかし。
例えば次の食卓に残り物として出されると、好きなおかずでも食べたい気が起きず、なんとなく「食べたくない」と思っていたのだ。
今思い付く表現では、これが一番近いと思う。
たぶん「古いもの」のような感じがしたから。
例えるなら、新しく買ってもらった服と思い入れのないお下がりの服に対する気持ちの差。その思い入れのないお下がりの服のほう。
当時の私は、何でも新しいほうがいいものに思っていた節があった。
食べるのはあっという間だけど、いくら慣れた家事とは言え、献立を考えるところも含めある程度の時間をかけて用意してくれていた母の気持ちを思うと、申し訳ないというか失礼というか。自分で作れもしないのに何様なのか。
そんな自分の過去があるので、当初息子たちに残り物を出す時は何となく気が引けたが、彼らは全然気にしなかった。
今じゃ長男が冷蔵庫に残り物を見つけると「昨日の◯◯、残ってんじゃん。食べていい?」と言って、率先してレンジで温める。長男に温めさせたところで、次男は「俺にも半分くれ」と調子良く言う。
この感覚の違いは何なんだろうと次の疑問を持ちながら、私も一緒に残り物をつまむ。
率先して残り物を片付けてくれる彼らには、福がありますように。
書き出してみたら、少しスッキリした。
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