島の王子様
▼今週のお題
■セリフ
「行ってませんね」
■三題
・新幹線 ・花びら ・レモンスカッシュ
▼投稿ルール
・投稿締切(任意):2026年4月30日(木)23:59
・ハッシュタグ「#せりふ三題噺」「#新幹線花びらレモンスカッシュ」を
つけて投稿
( せりふ三題噺は、はらとけい さんのご企画です。)
王太子レイモンド・ハスカッシュは、浜辺の椰子の木の下で、
まったき無聊を究めていた。
眼前に広がるは潮騒も穏やかな青い海、雲ひとつない空、
長く続く白い砂浜をたどれば、遠くで貝殻など拾う親子の姿。
振り向けど目を引く山もなく、台風の進路からも適度に外れて、
一時期躍起になっていた海面上昇に関する危機意識喚起運動も、
度重なる無視無理解を経て力なく挫折していた。
絵に描いたような平和な光景が、隅から隅まで満ちている。
道ゆく臣民も領分というものをどう心得たものか、
やんごとなき存在を行手に見出したとしても、
畏れ多いと平伏する事もなく、
なんなら手を振って近づいて来たりする。
あ、王子ー!
そのあまりののん気さに、思わず舌打ちが出る。
おうじーい、ではない。
見てください!
そこで拾った空き缶、なんとハングル書いてありますよ!
すごくないですか?
物好きな観光客が捨てたんだろ?
夢がないなーあ。はるばる太平洋を渡って来たと思えば、
こんな小さな出来事でも、浪漫の翼に乗れるのに。
そんなものはどうでもいい。
ちゃんと行って来たか?
あ、忘れてた。行ってませんね。
腹を立てても無駄なのは、嫌というほど思い知らされている。
頭の先からつま先まで、先祖代々混じり気なしの島の民。
前後半日の融通をきかせる島時間を始めとして、
困難を直視せず何も振り返らず、ただ逞しく明日を生きる術のみに
特化した、その文化の体現者そのもの。
物心ついた時から隣に居たが、なぜかこいつだけはいくら左遷しても、
また当て付けで出世させても、いつの間にか、舞い戻っている。
お前は、お使い一つまともに出来んのか。
盛大なため息にも屈する事なく、ヘラっと笑って肩をすくめる。
ビーチコーミングは、実益を兼ねた趣味でして。
ていうか、留守らしいですよ?
一週間前から、日本に出張ですって。
聞いてないぞ?
言ってないんでしょう。
何かやましい事があるんじゃないですか?
いつもみたいに。
ホシノ・カワヤンテクは、先々代の王弟、大叔父に当る。
第一次大戦後、南洋に散った花びらと称された旧ドイツ植民地の中で、
あまりに小さかったため、歴史からこぼれ落ち、取り残された我が国に
おいて、もはやその血筋だけが正統を証立てる、最後の砦だった。
そんな中、札付きの異端児であった大叔父は、
日系の娘を妻に迎え、栄えあるハスカッシュの名を早々に捨てた。
その当時、周囲を驚かせたその理由が、
ホシノおおおじさま
と、呼ばれたかったから。
幼い頃、なぜか私にだけ呼び名に大変厳しかったので、
王室に珍しい厳格な叔父だと思い込んでいたが、
単なる病的なダジャレ好き故のことだったと知ったあの時の、
昂る気持ちを未だ忘れられないでいる。
かの王子とは似ても似つかない色黒の巨漢だが、
今だに奥方を ボクのバラ と呼び、
その存在をかけがえのないものにするためと称して、
海外を飛び回った挙句、今や無類のニッポンマニアとなり、
その文化の伝道者を自認していて、それなりの人脈を得ているようだ。
今回の件での側面支援を期待して、呼び出しをかけていたものだが、
一向に捕まらないと思ったら、この始末。
ちなみに国民からは、
アンパンマン と 新幹線 を島に伝えた偉人として、
慕われてはいる。
前者は、グズる我が子を震え上がらせる怪人として、主に大人の間で世代を超えた信頼を得ていて、後者は移動中にロボットに変形して人語を解す実在の正義の味方として、子どもたちの間で不動の人気を誇る。
大叔父の悪意ある情報操作が生んだ悲劇と言えようが、
もはや堅固な文化的基盤となりつつある状況に、打つ手は無い。
さらに偶然一致した、二大人気コンテンツを表すその名の音感に、
島に伝わる古謡の響きが呼応したものか、
カワダ・トンチンカン とか、
ヤマシタ・タンタンメン とか、
ナカタ・チントンシャン とか、
妙な名付けが新生児の命名ランキングの上位を占めるにあたっては、
もはやその真相を開示するに耐える胆力その他が我が内に有るか、
将来の即位にあたって甚だ心許ない事を認める他ない。
機を見て詰め腹切らせるしかあるまい。
自業自得だが、今から頭が痛い。
