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地方創生と文化財――忘れられた町のゆくえと高部宿という問い

先日、凍った袋田の滝をまだ見たことがなかったので、一度は見てみたいと思い、冬の滝へ向かった。ところが途中で事故渋滞に巻き込まれ、やむなく山道へと迂回することになった。不安になるほど細い道の先で、突然、視界がひらけた。

木造3階建ての楼閣。洋風の意匠が施された古い建物。まるで千と千尋の神隠しの湯屋の街に迷い込んでしまったような感覚だった。

帰って調べると、そこは常陸大宮市の高部宿だった。


1.山奥に集まった経済と文化

高部宿は那須街道沿いに栄えた宿場町だ。

江戸時代後期、この地は和紙・楮・葉煙草の集散地として賑わった。ここで育った楮は「那須楮」と呼ばれ、鬼怒川を通じて江戸へと流通したという。水戸藩の奨励もあり、「西ノ内紙」は帳簿用紙などに広く用いられ、製紙業は地域を支える産業となった。

山中でありながら人と物が行き交い、経済が成り立つ。そうした往来のなかで、町には自然と文化が根づいていった。

明治に入ると、紙問屋は酒造業へ転じ、明治中期には木造3階建ての楼閣「喜雨亭」が建てられた。さらに明治35年には和洋折衷の意匠をもつ建物も誕生し、ビリヤードやダンスが行われたとも伝えられる。

西洋文化は都市だけのものではなかった。経済力さえあれば、山奥にも届いたのである。


2.鉄道の開通と宿場町の衰退

大正期、水郡線が開通すると、人と物の流れは旧街道から鉄道へと移った。街道と舟運に支えられた近世のネットワークは再編され、物流も往来も駅を中心に集まるようになる。

高部宿はその軸から外れた。

にぎわいは薄れ、町は静かになっていく。だが、その静けさが時間を留めた。明治期の楼閣や和洋折衷の建物は建て替えられることなく残り、大規模な再開発も起こらなかった。

開発されなかったことが、結果として保存につながったのである。


3.中山間地域に残るという構造

日本の歴史的建築は、中山間地域に多く残っている。

都市では再開発が進み、古い建物は更新される。一方、開発圧力の小さかった地域では、歴史が残りやすい。

「発展しなかったこと」が保存につながる――そんな構造があるように思える。

しかし、残ったことと守り続けられることは別だ。多くは個人所有であり、維持は所有者の負担に依存している。人口減少が進むなか、その継続には限界がある。

では、どうすればよいのか。

地方創生の議論でよく語られるのが、『活かして守る』という考え方だ。観光や宿泊、体験事業として再編集し、新たな価値を生み出して経済として循環させるという発想である。

高部宿のように、明治期の和洋折衷建築や山中の社交空間という歴史は、確かに魅力的な物語を持っている。少人数・高付加価値型の滞在体験として設計すれば、外国人富裕層にも届く可能性はあるだろう。

理屈としては現実的だ。

だが、町を開くことは、暮らしのリズムを変えることでもある。活用は希望であると同時に、地域に痛みを伴う


4.それでも、残す価値はあるのか

歴史的建築だからといって、無条件に「残さなければならない」わけではない。けれど、失ってしまったあとでその価値に気づいても、もう取り戻すことはできない。

残すのも簡単ではないし、手放すのもまた簡単ではない。
ただ、気になるのは、その決断を誰が引き受けるのかということだ。

日本の歴史的建築は、中山間地域に多く残っている。人口が減り、高齢化が進み、地域の力が弱くなっている場所だ。そんな地域だけに「残す覚悟」を求めるのは、どこか少し違うのではないかと思ってしまう。

それに、建物だけ残せばいいという話でもない。そこに人が暮らし、時間が流れ、生活の積み重ねがあってこそ意味がある。器だけが残っても、その町の価値まで残せるわけではない。

では、何を残そうとしているのだろう。

その価値をどう考えるのかは、地域だけの問題ではなく、私たち全体の問いなのかもしれない。



最後に この記事の教訓

  1. 忘れられることの力
    発展から外れたことが、結果として時間を守ることもある。成長だけが価値ではない。

  2. 残すか、残さないかは二択ではない
    問題は保存の可否ではなく、その価値をどう測るかにある。

  3. 覚悟を誰が背負うのかを考える
    歴史を守る負担を、中山間地域だけに押しつけてはいけない。

  4. 建物だけでは文化は残らない
    残すべきなのは物そのものではなく、そこに流れてきた時間と暮らしの文脈である。

  5. 問いを持ち続けることが第一歩
    「残すべきか」という問いから逃げずに考えること自体が、未来への責任につながる。


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