~資料のことなど~ 「摂津名所図会」を読む
口絵は「江戸時代の和本を読み解く至福のひととき」から引用https://book.asahi.com/jinbun/article/13914169
昨晩、山端ぼうさんの投稿を見つけて興奮してしまった。検索、AIとの討論をくりかえしていたら明るくなっていた。
連載中の投稿なので、どこに着地させるつもりなのかは分かりません。
ただ、山端ぼうさんが山歩きをする人で、タイトルに空海が入っていいることから修験方面から攻めてくると予想した。間違っていたらゴメンナサイ。
しかも、ムカツヒメとセオリツヒメに関するアイデアであるとほのめかされている。食いつかずにはいられなかったのだ。
六甲山西側の磐座群は非常に古い祭祀の跡で、修験はその上に乗ったものと考えていた。そこに「多聞寺」が大きく関与していることを見落としていた。というより、多聞寺は“里の寺”で、 そこから山上の修験道場を管理していたと 思い込んでいたのだ。
ところが、AIとの討論で多聞寺が里ではなく六甲山上にあったこと。明治の廃仏毀釈で完全に破壊され、痕跡すら残っていないこと。 その後の調査もほとんど行われていないことを知る。
では、なぜ「山上にあった」と言えるのか。 そう問うと
――「摂津名所図会」に記載があります。
「おい、おい」である。
摂津名所図会に描かれているなら、堂宇の名前が載っている可能性が高い。堂宇がわかれば何が祀られていたかがわかる。ムカツヒメとの関連も類推できる。
というわけで図書館に行ってきました。

目当ての本は
『「摂津名所図会」を読む』本渡章(創元社)
全283点の図版が収録され、地の文の解説や絵解きまで付いている。
パラパラ読み始めると止まらなくなる。
そこを我慢して多聞寺を探した。
なかった。......…
司書さんに泣きついた。
すると、「摂津名所図会」には寛政版以外に異本がある。そっちの方に多聞寺が載っているのかも。ということで新しい資料を出してくれた。
「摂津名所図会 大成」1934年刊。
摂津名所図会、異本の地の文を活字に起こしたものです。
ありました。
たしかに、『多門寺 本尊毘沙門天』とある。しかし絵がない。
そこで、司書さんがアドバイス。
「勘ですけど、兵庫県立図書館なら絵を持っているような気がします」
連休中にでも行こうかと考えています。
六甲修験道ルートを行く① | 玉置の森のブログ
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六甲修験道ルートを行く④ | 玉置の森のブログ
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修験の実践者が六甲修験全ルートを踏破するレポート。お務めをしながら
9時間足らずで踏破している。めちゃくちゃ面白い。
