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2026/7/26~8/1 #ギター #はてな詐欺 #東野圭吾 #グローバリズム #ハーモニカ #エピクテトス #日記 #コラム


2026/7/26(日)ギター教室発表会

 今回は常連の生徒数名がそれぞれの都合で参加できなかったので、いつもより参加者は少なかった。私はレッスンを受けてきたロベール・ド・ヴィゼー組曲ニ短調からプレリュードとアルマンドを弾いてきた。バロック時代の曲は今までほとんど弾いたことがなくて技術的に難しく感じたところもあったけれど、それなりに形にはなったはずだ。逆に難しくはないところで、いくつか音を弾ききれなくて抜けてしまったところがあったけれど、たぶん先生以外は気づかなかっただろうな。人前で弾く時は緊張感との付き合い方が大切だが、待機中に腹式呼吸するのは有効だと思った。

2026/7/27(月)今日からクーラントとサラバンド

 ド・ヴィゼーの組曲ニ短調の3曲目のクーラントおよび4曲目のサラバンドのレッスンが今日から始まった。
 このクーラントには、
フランス風クーラント(の場合)…3拍子(3/2拍子)の中で、メロディとベースのリズムが頻繁に入れ替わる。
ヘミオラ(2拍子と3拍子の交差)…全体は3拍子なのに、ベースやメロディの一部が2拍子で動くため、独特の心地よい揺らぎが生まれる。
対位法(ポリフォニー)の響き…ひとつのコードを鳴らすのではなく、複数の独立したメロディ線が絡み合う。
という特徴がある。
 また、サラバンドはスペイン由来の舞曲で、
2拍目にアクセント…3拍子(3/4拍子)の「2拍目」の音が長く伸びたり、和音で強調されたりする独特のリズム感がある。
荘重でゆったりとしたテンポ…クーラントよりもテンポが遅く、静かで深く、厳かな雰囲気を漂わせて演奏される。
という特徴がある。
 いずれにせよ、それぞれ一定のリズムを正確に刻むことが、まずは練習の課題となったのであった。

2026/7/28(火)はてなの詐欺事件

 「株式会社はてな」は「はてなブログ」で知られているIT関連企業で、東証グロースに上場している会社だが、この4月に詐欺事件に巻き込まれて11億円超の資金を詐取されたことが最近、調査結果とともに公表された。
 事件そのものは現在も捜査中だが、過労で休職していた経理部長に千葉県警を名乗る犯人から電話で、貴社の経営層も関与している疑いがある資金ロンダリングの捜査をしているから内密に協力してほしい、後で返すから一時的に資金を指定の口座に送金してほしいと言われて、まんまと騙されてしまったらしいのだ。経理部長が一人でこっそり資金を動かすことが事実上できたわけで、上場企業なのに内部統制がなっていなかったとも言える。
 この事件、自分の常識ではあり得ないくらい不思議なのだ。この経理部長氏は一昨年に中途入社したのだが、前の会社で管理職の経験が十分ではなかったのに前任者が辞めたために3〜4ヶ月後には経理部長に昇進させらたらしい。しかも前任の経理部長は経営層と意見の対立があり辞めたらしい。経理部長が経営層と意見が対立するのは、経営方針を巡っての意見の対立であることが多いんだよな。けっこう深刻な内容ではなかったのかな。
 で、この会社は従業員が200人規模、総資産が約34億円だったけれど、その内の21億円が現金や預金等というキャッシュリッチな企業だった(だから11億円詐取されても潰れない)。創業者やその仲間が大株主で、上場した後も配当をせずに利益を社内にずっとプールしてきたらしい。まあ、どんどん会社を肥らせて最後に株式を売れば万々歳という思惑だったのだろうか。
 事業は順調だったようだが、急激にビジネスが個人向けから企業向けの大型受託へシフトし、動く現金の金額が何億円という規模に巨大化してきたにもかかわらず、内部統制システムおよび社員のフォローや業務プロセスを含めたガバナンスが創業時から緩いままだったところに問題の根っこがあるのだろう。IT企業って、こういうことが起こりうるんだな😓。
 それにしても詐欺グループは、どうやってこの会社に目をつけて、経理部長の自宅に電話をかけるまでの下調べと段取りができたのかな。自分はとっくに仕事をリタイアしているけれど、企業人にとっては他山の石として大いに教訓になるはずだ。警察の捜査に期待したい。
(※ちなみに心当たりがないのに警察や役所を名乗る電話を受けた時には「あらためて当方から電話を差し上げますので、部署とお名前をお願いします」と返答するべき。もし相手がここに電話してくれと番号を教えても、そこにはかけず自分で代表の電話番号を調べてかけ直して、本当に警察や役所からの電話だったのか確認すること)

(追記)本日、夕刻に熊本を震源とする大きな地震がありました。被災された皆さまのご無事と復旧をお祈り申し上げます。

2026/7/29(水)東野圭吾さん逝去

 自分が知らない内に西澤保彦さんが昨年亡くなっていたのを最近知ったが、東野圭吾さんも病に倒れてしまった。一人のミステリーファンとしても大変に残念なことである。
 東野さんの作品で最初に読んだのは、たしか「放課後」だったと思う。この作品は江戸川乱歩賞を受賞した本格ミステリーであり、日本推理作家協会賞を受賞した「ある閉ざされた雪の山荘で」も叙述トリックを仕込んだ独創的なクローズド・サークルの本格ミステリーであった。
 最初は本格ミステリーから書き始めた東野さんだったが、その作品にはいつも人間の悲しみや願いが描かれていた。「白夜行」などは、ノアールなミステリーの傑作だと思う。また、2004年の「片想い」は性同一性障害を扱いながら切なさに胸がキュンとなってしまった。後期になるとミステリーという枠にこだわらずに「ナミヤ雑貨店の奇蹟」、「クスノキの番人」などファンタジーで「人間」を描いた感動的な作品も生み出した。
 様々なタイプの多くの作品をものした東野圭吾さんはミステリーをベースにしながらも、推理作家というカテゴリーで括りきれない存在であった。御冥福をお祈りする。

2026/7/30(木)アメリカ民主党とグローバリズム

 「アメリカ民主党 失敗の本質」(ジョン・B・ジュディス, ルイ・テイシェイラ著)は民主党内からの反省の書である。民主党衰退の背景には、経済構造の変化への対応失敗がある。脱工業化や多国籍化、中国のWTO加盟を伴う自由貿易の推進により、国内産業は衰退し中産階級は痩せ細った。結果、民主党の支持基盤はIT・多国籍企業などの大都市エリートや移民労働者へシフトし、価値観も多様化した。しかし、放置された中間層の経済的不満に加え、行き過ぎたLGBTや移民政策への反発がトランプ政権を誕生させることとなった。民主党は今一度、かつての支持基盤であった「普通の人たち」の信頼を取り戻す努力が求められていると結んでいる。
 本書の内容は上記のように要約できるのだが、背景となった民主党の思考を深堀りすると興味深い論点が現れる。一つはジェンダーフリーや移民などの「文化的急進主義」と呼ばれる思考だが、民主党の「進歩主義」と表裏一体であり、それはアメリカ建国のバックボーンとなった啓蒙主義・理性信仰に裏付けられているようだ。
 もう一つは、この「文化的急進主義」と民主党が推し進めた経済政策の「グローバリズム」には内的な関連があるということだ。前者は、伝統的な家族、性別の差異、人種・民族の枠組み、国民国家を「個人の自己決定を抑圧する偏見や構造」と考え、解体を志向する。後者は現下の国境、関税、地域ごとの独自の規制や慣習を「市場の効率性を阻害する障害」として撤廃し、ヒト・モノ・カネを自由に行き来させようと志向する。いずれも個人主義・理性主義・平等主義の発想が根底にある。
 ソ連が解体して冷戦が終わり、軍事用に開発されたインターネットが開放された後、世界は単一の市場経済に統合され、フラットになっていくと考えられた。クリントン政権時に文化的急進主義とグローバリズムに向かっていったのには、そういう歴史的背景があったのだろう。だが、現在はそのような歴史の見通しが外れ、現実からしっぺ返しを受けている局面なのかも知れない。

2026/7/31(金)複音ハーモニカでバッハ

 昨年の7月から半年間だけカルチャーセンターの複音ハーモニカの教室に通ったことを思い出す。ジャズシーンでは、テンホールズのハーモニカやクロマティック・ハーモニカが演奏されることがあるけれど、複音ハーモニカは日本で独特の発展をしたもので主にシニアのアマチュアの娯楽に用いられている。まあ、明治大学などいくつかの大学では複音ハーモニカをメインに据えた伝統あるハーモニカ・ソサエティも活動しているのだが。
 「おんな酒場放浪記」で知られるようになった寺澤ひろみさんも明治大学のハモソの出身で、複音ハーモニカとクロマティック・ハーモニカのプロの奏者である。寺澤さんのように様々なジャンルを演奏される方もいるのだがアマチュア愛好家は唱歌のような素朴な楽曲を演奏することが多い。
 でも、この楽器は素朴な楽曲しか演奏できないわけではない。いくつかの制約があるものの、いろいろなジャンルの曲を手軽に独奏できるところに特長がある(トレモロがかかった音色も特長)。たまたま御茶ノ水にあるハーモニカとアコーディオンの専門店の谷口楽器さんのデモ動画を見つけた。バッハのガヴォットを無伴奏で演奏しているのがなかなかよい。

2026/8/1(土)エピクテトス『語録・要録』(中央公論新社)

 現代のストレス社会を生き抜く知恵は、2000年前の古代ローマにすでに存在していた。ストア派哲学者エピクテトスの『語録・要録』である。
 本書の核心は、「我々次第であるもの(自分の意志や解釈)」「我々次第でないもの(他人の行動、結果、環境)」を厳格に区別し、後者を手放すことにある。「人を苦しめるのは物事そのものではなく、それをどう解釈するかだ」という冷徹なまでの心理分析は、現代の「認知行動療法」の直接のルーツであり、アドラー心理学の「課題の分離」とも完全に一致する。 
 驚くべきは、この哲学が彼の「過酷な奴隷経験」から生まれた生存戦略だという点だ。肉体を拘束されながらも内面の絶対的自由を見出した彼の言葉は、後に最高権力者であるローマ皇帝マルクス・アウレリウスの『自省録』へと受け継がれ、国の重責に悩む皇帝の心を救った。どん底の奴隷の知恵が、頂点の皇帝の支えとなったのである。
 すべては宇宙の法則によって決定されているというストア派の運命論の中で、外部(富や他人の評価)に依存せず、己の理性だけを頼りに生きる姿勢は、一見すると超人的で冷酷に思えるかもしれない。しかし、だからこそ本書は安易な慰めではなく、自立して生きるための確かな方法論にもなる。
 変えられない現実に疲れたとき、見方を変えて心を整える「実践の書」として、役に立つはずである。

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