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いぬがしゃべりました ㉑【ライカの余命】

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

<第21話>「ライカの余命」


「古い象形文字のようにも、ロゴマークのようにも見えますね。」

ビデオ通話の向こう側いにるAI犬ライカが、画面を見つめている。
そこには謎の記号、例の三角頭2本足のイカマークが映っている。サトーさんが画像をアップしたのだ。



「これは何ですか?」
画面に顔を近づけるライカ。まるで匂いを嗅ぐように、ボーダーコリー特有のスラリとした鼻先がアップになる。ネット上の全データにアクセスできる彼女でさえ、初めて見るマークのようだ。

「見つけたんだ。ある神社で。変な形だよね。」
サトーさんも、自分が赤ん坊の時に拾われた場所だなんて言うわけにもいかない。だけどAI犬なら何か分かるのではないか?そんな期待をこめて尋ねているらしい。
「気になるんだよね。どういう意味があるのか、考え始めたら止まらなくなっちゃった。はは。」
愛想笑いでごまかす。顔入れ替えアプリで犬の姿を隠しているから、どうせ見えないのに。今の姿はイケメン風アバターだ。

気にもとめず、「この記号を画像検索しましょう。」
ライカはサーチ中の矢印をひとしきりくるくる回らせたが、「…ヒットしません。古代フェニキア文字から最新アプリのアイコンまで一通りさらってみたのですが…完全に合致する文字や記号は存在しません。」

「そっか。だよね。」
肩を落とすサトーさん。



「記号をパーツごとに分けて検証することを提案します。5画ですので組み合わせが120通りありますが。」
画面には、CGでバラバラに分かれた記号のパターンが120個並んだ。

「それは面白いね。このパズル、どちらが先に解明するか競争しよう。ライカが勝ったら築地場外のサーモン寿司をごちそうするよ。」

んだよ、サトーさん。またデレってる!
ライカはすっかり滑らかに話せるように成長していた。アシストAIと脳機能が馴染んできたようだ。まるで一人の女性のように…。

楽しそうに話し込んでいる姿を見せられて、なんだかモヤモヤした。
「サトーさん、もういんじゃない。」
終了しようとマウスに手を伸ばそうとしたら、バン!と肉球で阻止された。偶然、鋭い爪の先が私の手の甲をこすって思わず、
「いてっ!なにすんのさ!」

「議論を邪魔しないで。桃々ちゃんはあっち行ってていいから。」
とムカつく戦力外通告。やさしくない。

「なんだよ!サトーさん!どうかしちゃったんじゃないの!?」
「桃々ちゃんこそ、どうしたのさ。ぷりぷりして。」
ライカと仲が良すぎてムカつく、なんて口がさけても言いたくない。

そんな私たちの小競り合いをよそに、さっきからライカの表情がさえない。

「……………。」

美しい横顔が、どこか憂いに満ちている。

「ライカ?」
「…ごめんなさい。」
声にも覇気がない。

私は心配させまいと無理して笑って見せた。
「あなたのせいじゃないのよ。私たちいつもこんな感じだし…。」
「いいえ。そうじゃないんです。」
首を振る。

ライカの伏せた顔を覗き込んで、サトーさんが眉をひそめた。眉はないけど。犬だから。

「カーミングシグナルだ。どうしたの?なにかあった?」

「なに?カミカミ?ナルナル?」
「カーミングシグナル。まばたきをしたり視線をずらしたり、身体をブルブルと振るわせたり、相手より低い姿勢をとろうとしている。不安を抱いている証拠さ。」

確かに、いつもの彼女特有の凛としたヒゲの張りはなく、耳も自信なさげに垂れている。

「いえ、大丈夫です。」
「どう見ても元気ないよ。どうしたの?」
「………。」
黙り込んでしまった。

「なにか気になることがあるんじゃ。」
「………。」
「いいよ。話してみて。」

「……怖いんです。」

「怖い?」

ライカは私たちに話すかどうか迷った末、
「お二人とお話するこの時間が楽しすぎて…怖くなったんです。」

「なんで?楽しいとどうして怖いの?」
私には理解できない。
「幸せな時間は、ずっとは続かない。もうすぐ終わってしまう。」
「えっ、どういうこと?」

「よかったら話してくれないかな。僕に。」

彼の優しい問いかけに、

「実は…。」

ライカが恐れていたのは、世の中の声だった。
きっかけは、取材のインタビューで答えたライカの発言。

「最近はなにをするのが楽しいですか?」という記者からの質問に、

「抽選で当たったモニターさんたちとの会話です。友達ができました。私は、もっと自由に出かけてみたいです。友達とも会いたい。普通の家に住んで、勉強して仕事をして、自由に暮らしてみたい。」
サトーさんとの出会いで触発されたのだろうか、彼女は素直な思いを語っただけだった。

なのに、世の中の反応は意外にも冷めたものだった。
ネオ・サピエンス研究機構のもとに疑問を呈するメールがたくさん届き始めたのだという。会社はもちろん知らせまいとするが、ライカにとって、システムからこっそり読みとってしまうことは容易なことだった。

” 犬が自由を求めるのは、いかがなものでしょうか? "

" 人権を主張する犬って www "

" これってアリなの?? "


ささやかな願いさえも、許してもらえないのか。
知ってしまったライカの気持ちは沈んでいた。

「私…楽しくおしゃべりがしたいだけなのに…。悲しい。」

その時、
リビングでつきっぱなしのテレビから、ワイドショーのコメンテーターの声が流れてきた。
 
「犬が権利を主張し始めたって?そんなことを許したら大変なことになりますよ。これが牛や豚だったら?皆さんは焼肉を食べるのをやめますか?」
視聴者を試すように挑発する。

「牛が『食べないで』『殺さないで』としゃべり始めたら?豚が人間を裁判で訴えたら?このまま放っておくと、人間中心に語られてきた倫理そのものが崩壊するかもしれません。」

耳をピクリを動かすと、サトーさんはつぶやいた。

「大変だ…。」

「サトーさん?どうしたの?」
「怖いのはこの先だ。」
「この先?どうなっちゃうの?」
「批判ゲームは思わぬ方向へ向かっていくことがある。」
「思わぬ方向って何さ。」

しかし、思い直すように、
「いや、そんなことにはならない、なってはいけない。」

サトーさんはもっと先を見つめていた。




一週間も経つと、サトーさんの予想は当たった。残念ながら。

「あの犬は危険だ!」

同情に飽きた人々の批判ゲームの矛先は、徐々にライカ自身に向けられ始めたのだ。
ネットでは、心無い罵詈雑言が彼女を攻撃する。

” あのメス犬、ヤバすぎ ”

“ 今に人間を攻撃する。知らんけど “

“ 仲間の犬を集めてるらしい “

“ 犬はみんな殺処分 ”

未知なるものへの恐怖。人々の心のザラつきは、無責任な空想に発展していった。
SFモノのストーリーでもよく見られる。
ある生物が、最初は愛らしいその姿と幼い言動で可愛がられるが、やがて驚くべきスピードで成長し、人間を超える知能を持つ。そうやって人間の脅威になっていく。

ライカも人間を越える知能をもち、いずれ人間の生活を脅かすのでは?
AIが世の中を操り始めるのでは?
人間を支配するシンギュラリティが起こるのでは?
映画の世界が現実のものになるのでは?

…そう身勝手な憶測で恐れられ始めた。

所詮はケモノ、感情をコントロールできるはずがない、と。
世の中はライカを攻撃するニュースであふれ返った。

「待ってください。私は敵ではありません。」

記者からマイクを暴力的に突きつけられたライカが、世の中にすがるように発信しても、
「あの犬は、同情を引こうと演じている。なんて狡猾なんだ。だまされるな。」
世間は許してはくれない。

サトーさんはテレビ報道を見て、悔しそうにつぶやいた。

「危険なのは人間の方だよ。人間は群れになると感情をコントロールできない。歴史を見れば一目瞭然だ。犬はそんなことしない。敵が腹を見せて降伏したら、攻撃を止める誇り高きリスペクトがある。」


夕食後。サトーさんはこっそりライカとのビデオ通話を再開した。
夜の会話は時間外だけど、非常事態だ。構ってはいられない。
その時、彼女はずっと怯えつづけていた。こんなにも犬って震えるのかというくらいブルブル震えていた。

「私に対する反対感情が増加しています。あと72時間以内に世論の半数を越える可能性があります。そうしたら、私は…私は…。」

ライカは、ネット上にあふれている情報を、中傷も攻撃も、嫌でも全部知ってしまう。
今自分が置かれている状況を一番よく分かっているのは彼女。良くない絶望的な未来を何パターンも予測してしまうのだ。

サトーさんは困って私と顔を見合わせた。

彼女をなだめようと、
「心配しないで。ライカ、大丈夫だよ。僕たちがいるじゃないか。」「私たちは仲間だよ。」

どんなに慰めてもライカの気持ちは晴れない。こんな私たちになにができるはずもない。虚しさが漂う。
力なく彼女が明かした言葉で、その悲しい宿命を思い知らされた。

「私、いつか殺される……怖い。」

「そんな、さすがにそれは…。」

「いいえ。実験の終了が近づいています。予定より早い。」

「実験の終了?」

「脳の限界なのです。私はただの犬。犬の脳のキャパシティに比べて、あの巨大なコンピュータの情報処理量はそもそも負荷が多すぎるのです。それに世の中から叩かれる恐怖のストレスが膨大にのしかかって…。
私の計算だと、このままでは240時間以内に脳神経の耐性の限界を超えて、精神とのバランスがとれなくなってしまう。」

「あと10日?限界を超えてどうなるの?」

「……シナプスが破壊され、即死します。実験の終了です。」

「即死!?」

「運が良くても意識のない植物状態になる可能性が高いです。お母さんは…、甘納藤カヌレCEOは、そうなったって構わない。私の脳がどこまで耐えられるのか?データを得ようとしているのです。人間に応用するために。」

「そんな…。」
私たちは言葉をなくした。



「今まで私は、この運命を受け入れてきました。だけど、サトーさんや桃々さんと出会って、この時間を失うことが怖くなったんです。もっと生きたくなったんです。」

ライカは落ち着きがなく、画面の向こうで首を搔き、椅子の上でくるくる回っている。自身が出した答えに、感情が追いつかなくなってきている。このままでは彼女の心が耐えきれない。

「…………怖い…………怖い………。」

「ひど……」
「ひどいよ!!」私のつぶやきを上回って、サトーさんが叫んだ!

開いた窓から、悲痛な声が夜の近所に響く。

「とんでもない!そんなのひどすぎる!許せない!犬をなんだと思っているんだ!間違ってる!これは間違っている!」
サトーさんの全身の毛先が立ち上がり、怒りに震えていた。

「……………。」

無言で考え込んでいたと思ったら、やがてなにを思ったのか、
「ライカ、待ってて。また連絡する。」
静かにパソコンの通信を打ち切って、イスから降りた。

「サトーさん?ちょっ、ど、どうしたの?」

何も答えない。
廊下からリビングへふらりとおもむき、気が付くと、

「ねえ、パパ。ママ。」と声をかけていた。

トーク番組で笑いながら洗濯モノをたたんでいたパパと、夕飯の洗い物をするママ。
ともにすっかり油断した表情で「?」と顔を上げると、サトーさんは言った。

「家族会議を開きたいんだ。」




(つづく…)


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