いぬがしゃべりました ㊳ラスト前【さよなら、サトーさん】
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第38話>(最終前)「さよなら、サトーさん」
JR渋谷駅まえ。
ハチ公像。
となりに…
サトーさんの姿を模した手作りの像と花束が置かれている。
◆

一方、ここは長い長い廊下。
窓の外には、美しい夕日。
薄く広がる雲が一面オレンジに染まる。
遠くで小さくなっていくヘリの音が寂寥を募らせる。
激しく光を放ちながら太陽が名残惜しそうに沈んでいく。
「きれいね。」
琥珀色に頬を染めたママとパパ。
「知ってる?夕焼けって、快晴より程よく曇っている方が綺麗なんだよ。雲がスクリーン代わりになって黄昏色に染まるんだって…。」
2人で無理に明るい話題へと努めてくれているのはわかる。
だけど、とてもそんな気持ちにはなれない。
私はまぶしい太陽を眺めて、
「だけど、あのきれいに見える太陽の小さな爆発のために…。」
「そうだったね。」
パパは静かにため息をついた。
「菓子山桃々さん。15歳ですね。」
看護師さんがタブレット片手に名前を確認する。私の手術着を指先でつまんでチェックし、「よし。きれいに着れてるね。それではストレッチャーに移りましょうか。自分で移動できる?」
「はい。」
ママが私の背を支え、
「桃々ちゃん、ずっとそばにいるからね。心配しないでね。」
「私、手術受けたくない。」
「そんなこと言わないで。」
「サトーさんが帰るまで待つ。」
「無事だよ。…きっと。」
パパも力なく言う。遠くで話すみたいに距離を感じる。
ちょっと待って。なんでそんなに他人事みたいに言うの?それじゃまるで諦めてるみたいじゃん。
思わず、
「ひどいよ!知らんぷりして!パパもママも心配じゃないの!!」
張り上げた声が、ガランとした長い廊下に響く。
…あれから36時間経過している。
◆
サトーさんたちの気球に、人工衛星の残骸が衝突してからずいぶんと経った。
ニュースによると、太平洋地域各国の海空軍の協力で捜査は続くも、彼ら乗員たちの行方は今も分からない。安否なんてなおさらだ。ぶつかった衝撃で通信が途絶えてしまい、GPS位置情報も失った。気球の行方とキャビンの損傷についても、地上管制室は全く状況を把握できていない。
恐ろしいことに、衝撃時のものなのか、気球の一部と思われる破片が落下して海に浮遊しているのが発見されたという。もしかして…?
信じたくない。絶対に信じたくない。
確かにミッションは成功した。世界的大規模地震を誘発する太陽フレアの影響をこれで大幅に遅らせることができるのかもしれない。
だからって、サトーさんたちがいなくなっていいはずなんてない。
世界中のメディアでは様々な憶測が飛び交う。
” フィリピン海沖で墜落し、マリアナ海峡の奥底に沈んでいる? "
" 某国が極秘で回収し、サトーさんの亡骸を検証解剖している? "
命を懸けて任務についた英雄への、およそリスペクトに欠ける身勝手な憶測だった。
サトーさんの遺言どおり、渋谷のハチ公横にサトーさんを模した人形を飾って弔うなんていうあわてんぼうまでいる始末。
「無事だよ。」なんてパパの気休めが逆にむなしい。
私は、記者会見会場であの場面を目の当たりにした急激な心理的ショックで心筋発作を起こした。心拍機能が著しく低下したため、予定していた心筋神経組織の適合手術を急遽前倒しに行わざるを得なくなってしまった。
この手術はサトーさんがずっと準備してくれていたものなのに。
今、彼は見守ってはくれない。
◆
移動するストレッチャーに横たわって、流れる天井を見つめる。
灯された電灯がひとつふたつと過ぎてゆく。
カラカラと床をキャスターが転がる音だけが響く。パパもママも私の顔を見下ろしながら、何を言っていいか、思いつけない様子だった。
キュッと看護師さんの靴音が止まった。
「ちょっと待ってくださいね。」
スタスタと離れ、手術室担当の看護師さんらしき声と確認事項をチェックし始めた。前室の固いステンレス製ドアが横目に見える。
…やっぱりサトーさんを行かせるべきじゃなかった。
犬らしく首に縄でもムリヤリ括りつけて引き留めるべきだった。
私たち家族が彼を自由にするためにどんなに訴訟で国と戦っても、死んだら元も子もない。
なんだよ。カッコつけて勝手にいなくなって。あんたには私たち家族しか味方がいないんだから、言うこと聞いとけよ。
…そう、そうだよ。
私しか味方がいないんだ。のんびり寝てる暇はないんだ。
サトーさんを待たないと…。
「私、やっぱり手術受けない!!」
力の入らない体で起きようとした、
その時だ…。
ママとパパがふと何かの気配に誘われるように、視線を上げた。
廊下の向こうに素敵なものでも見つけたような表情。
私の顔と交互に見比べながら笑顔がこぼれた。
やがて2人の手がストレッチャーをすうっと離れ、私の視界から消えた。
「なに?どうしたの?」
後ろ手に肘をついて上半身を起こした。
夕焼けに染まった廊下の遠く先。リノリウムの床に影が長く伸びる。
パパとママが、光にゆらめきちょこんと座る小さな何かに駆け寄った。
「……?」
光あふれるシルエットは、小さな三角の耳をピクリと動かし、
ふさふさとした尾っぽをゆっくり揺らしている。
それを目にした時、何が起こっているかすぐに分かった。
「サトーさん!!」
久しく会っていなかった、本物のサトーさん。
手術用のスクラブ着からのぞく頭から首にかけての毛先を、
夕日に透かして黄金にキラキラ光らせながら、私を見てニコリと笑った。
「どうして………?」
言葉がでない。生きてるの?
「よ、久しぶり。」
「軽……なにそれ。」
胸がいっぱいで涙があふれそう。「もぉ…来るの遅いよ。」
「渋滞でさ。」
「ふざけないで。…心配したんだから。」
「まあまあ。この手術だけは僕がいないとダメだから。特別な恩赦で5分だけ会わせてもらえたよ。」
サトーさんが鼻先で指し示す先には、黒いスーツで身を固めた外国人のSPが4人待機している。
でも、どうして……?
◆
そう、サトーさんは宇宙空間から生還していた。
あの時……。
高速で落下してきた宇宙デブリ。
衝突ギリギリのところで、気球のキャビンを緊急方向転換してかわした。
少しこすったものの、そのまま太平洋沖の海上へと通過していったという。
ただその衝撃は大きく、キャビン内の航行機能と通信システムに甚大なダメージを与えた。地上のミッションコントロールセンター管制室との通信は完全断絶されたため、クルーたちは長い間、不安と絶望の時を過ごした。
気球は、やがてどんどん高度が落ちていき暗闇の空を漂い続けた。クルーたちが復旧を試みる作業は夜を徹し、日付をまたぎ再び朝を迎えたころには見知らぬ海上に着水していた。

救命用に流していた海面発光着色剤が海面に浮かぶ様子を発見したのは、海上空母から捜索していたアメリカ空軍機だった。サトーさんの気球は、強い偏西風に流されて南大西洋オーストラリア沖まで移動していたという。
救助後、サトーさんは、私の手術が早まったことを聞きつけた。
疲労困憊にもかかわらず、米軍にお願いして特別に日本国内へ帰国させてもらった。米軍横田基地を経由して在日アメリカ大使館の協力を得て外交官保護下の元、ここまでたどり着いたのだという。
「日本政府の邪魔が入らないよう極秘裏にこっそり潜伏するの、大変だったよ。」
とサトーさんは笑う。
◆
手術室前の廊下。
ドタバタと足音がやって来る。
「ああ、もう聞きつけちゃったかな。」とサトーさん。
内閣情報室の葛切が息を切らして駆け込んできた。続いて災害担当課長の白玉さんも。ともに驚きの表情だ。
米国のSPが前に立ちはだかり、2人と同行の私服警官たちを制した。
察した白玉さんは汗をふきふき、ホッとした様子。睨み合うSPと私服警官を後ろ手でいなし、私に満面の笑顔でOKサインをくれた。太った体を丸くして、両親に誠意の込もったお辞儀をしてくれた。
葛切もやれやれとため息をつき、負け惜しみ交じりの安堵の微笑みを送りながら、前髪をぺろんとかき上げた。
サトーさんは、ふわりと、私が横になるストレッチャーに飛び乗った。
前足の感触が私の脇腹に感じる。見上げた顔は、本物の彼だ。
私を見下ろすその顔は、公園で寝転んで会話したあの頃と同じだった。

「怖いかい?」
「ちょっとね。サトーさんも手術立ち会うの?」
くやしいから泣かないよう気丈にがまん。シーツでこっそり頬を拭う。
「もちろん。安心して、準備は完璧だ。会見での君の勇気を見て世界中から優秀な医療チームが有志として集まってくれたようだしね。麻酔で眠っている間にすぐすむさ。」
「ね?そのあとは?サトーさんまた会えるの?」
「目が覚める頃には、またいなくなってる。」
遠くを眺めた。
「なんで?なんでよ!」
「僕は再び国に拘束される。この手術と引き換えに。この後も打ち上げ計画もあるし。」
「だったら、逃げて。」
誰にも気づかれないよう耳元でささやいた。
「え?」
「私のことはいいから。あのSPさんにお願いして。」
「そうはいかないよ。これ以上は国交問題になっちゃう。」
「ダメ!逃げて。」
「この手術からは逃げない。」
「また会えなくなるよ!利用されて、犠牲になって…。そもそもさ、なんで勝手に気球に乗ったのよ!?心配させて。私まだ怒ってるからね!」
「いいじゃん、生きて帰って来れたんだから、ね。許して。」
「だめ!昔ロケットで死んだロシアのライカと同じじゃない!」
「そう…かな。」
「あんなにかわいそうって言ってたじゃん。あんた、これからも人間に利用され続けていつか死んじゃうかも。だからもう行かないで!」
「違うんだ。何も知らず犠牲になったライカとは違う。」
「なにがよ。」
「これは、僕の意志なんだ。だから嬉しいんだよ。みんなのために生きられて。」
「なに勝手に決めてんのよ!あり得ない!」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「言ってません!!こんなときにふざけんな!バカ!」
「言ったでしょ。」
「だから言ってないって…」
「言ったよ…」
陽を背負ったサトーさんは全身の毛先を美しく光らせながら、私の瞳を見つめた。
「『僕は桃々ちゃんを守る。そのためならなんだってできる。』って。」
「あ…。」
「記者会見の動画見たよ。僕を取り戻すために訴訟を起こしてくれたんだね。ありがとう。パパもママもありがとう。」
パパは頭をかく。「ううん。こちらこそ、お礼を言いきれないよ。」
ママも笑って、「私たちの方が感謝しきれないわ。」
「あんたを取り戻すからね!絶対に裁判に勝ってやる。だから必ず帰って来なさいよ。」
「ありがとう。これ…それまでの、お守り。」
四ツ葉のクローバーを小さな胸ポケットからくわえて差し出した。
「これって…。」
ポケットの中でしなびたクローバーは申し訳なさそうに頭を傾けていた。
指先でそっと受け取ると、幼いあの時、雨の中ずぶぬれの小さなサトーさんが私に差し出してくれたのが思い出された。
「苦労したよ。道中、クローバーが少なくてね。それから…、」
背中のリュックに鼻先を突っ込んで、
「これ。」
取り出したのは、フエルトでできた小さなイヌのぬいぐるみ。
「いつだったかボロボロにしちゃったでしょ。訓練の合間を利用してね、作ってみたんだ。けっこう再現できてるでしょ。正直言うとね、こんな前足だから、クルーにも手伝ってもらったけど。大切な人のためにって言ったら、みんな快く協力してくれたよ。今回のミッションのお守りとしてキャビンに飾ってたんだ。」
優しく笑った。
手先が器用じゃないのに…。
愛らしいまるいボタンの瞳が私を見つめる。家に来たばかりの赤ちゃんだった頃、震えていた小さなサトーさんと重なった。
「……もう、バカ。」
いつまでも覚えててくれてる。あんたらしいね。
胸がいっぱいになって、目から涙があふれ出した。まつ毛にたまった雫のせいで、かすんでよく見えない。窓の光が目の前のサトーさんをキラキラ揺らめかせた。
「僕は、君のお兄ちゃんだよ。いつまでも。ずっとね。」
「お兄ちゃんって。まだ4歳のくせに…。」
うん、ありがとう。サトーさん。
目尻からぽろり涙の粒がこぼれ落ちた。
夕陽はビルの角に削られ、やがてどっぷりと日が沈む。
すうっと、薄い紫色のレースのカーテンが街を一面覆うように。
その時だ。
サトーさんがふと窓の外に気づいた。
「ほら見て。」
薄暗くなりかけた病院の構内。2階から見下ろす。
なぜだか中庭の芝生や駐車場にたくさんの人々が集まっている。
え?
それだけではない。目を移すと、敷地の外にも多くの人があふれていた。そういえば、さっきから表が少しざわざわしている。
どうやらサトーさんたちの無事が公表されたらしい。
「なんだろう?」
たくさんの皆がこっちに向かって笑顔で手を挙げている。
掲げた手にはそれぞれスマホを握って。
夜のとばりが下り始めた薄暗い中、個々の光るスマホ画面をよく見ると、
…文字が!
“ 桃々さん頑張れ “
「えっ?どういうこと?」
画面にはっきりとした大きな文字が表示されている。
他にも…、
“ 桃々さん、早く良くなってください ”
“ サトーさんありがとう!”
“ 応援してるよ “
“ 助けてくれてありがとう! ”
“ 2人ずっと仲良く!”
“ サトーさん、桃々ちゃん、 LOVE♡感謝です! ”
思い思いの言葉で、数えきれないほどの感謝と応援のメッセージを掲げてくれている。何百人どころではない。
中には愛犬を抱きかかえながらの人もいたり、TVの取材レポーターやカメラマンも笑顔でスマホを腕いっぱいにのばして掲げてくれている。

すると、人々の中から黄色いダウンの男が姿を現した。
例の殺処分ハチマキ男、アベカワだ。走り回り、「やめろ!やめろ!あんな犬…。」と制止するも、増え続ける人々に突き飛ばされた。偽の包帯がスポッと抜け落ち踏まれていく。「こらっ、踏むなっ……ああっ……。」
やがて次から次へと訪れる人々の波に飲まれて消えてしまった。
夜の中、病院前の通りの向こうにも。人々が集まってきている。
無数の光がどんどん広がって、どんどん大きくなって…。
「皆が応援してるよ。」
サトーさんが私に微笑んだ。
「ありがとうだって。みんな分かってくれたんだよ。認めてくれたんだよ、サトーさんのこと。」
嬉しくなってサトーさんの肩を揺すった。
私なんかより、あなたの方が嬉しいはず。今まで、ずっと悩んできたよね。
『どうして僕はみんなと違うんだろう。』『僕は何者なの?』『なんで秘密にしなきゃいけないの?』『いつかは誰にもとがめられず暮らせる日が来るかな。』……。
サトーさんが、たったひとりで背負ってきた孤独な十字架から、やっと救われたんだよ。もうだいじょうぶ。
「サトーさん。サトーさん。」
私は興奮して名前を呼び続けた。
まだまだ広がる光の海。止まらない。
皆が笑顔で手にはスマホの灯りを掲げて。
それらをサトーさんは無言で眺めた。
「…………。」
黒目がちな瞳に無数の灯りが映っている。
そこに初めて見る雫の玉。つうっと毛先を伝って転がっていく。
パパとママが笑顔で見守る。
「なんだかサトーさんの背中が樽斗に見えるの。」
「本当だな。生きてたらこんなお兄ちゃんになってたかもな。」
「そうね。ふふふ。」
パパがママの肩にそっと手を置いたのを見逃さなかった。
「あれ?パパ?」
私が気付くと、
「おっと。」すぐ手を引っ込めた。
するとママがおどけた表情で、パパの手を掴んで自分の肩に回した。
くすぐったいような、嬉しさがこみ上げた。
そして、パパママも私たちを背中から両手で抱きしめてくれた。
ありがとう。
目にたまった涙がごぼれ落ちそう。
涙越しに見える無限に広がるきらめく光があまりに美しかったから。
サトーさんがまた去ってしまう寂しさ。
そして、今日が最後の日になってしまわないか、という不安が胸を締め付け、思わず言いたくなった。
「サトーさん。」
「うん?」
「私ね。」
「うん。」
「サトーさんのことね。」
「うん。」
「本当はサトーさんのことね…ずっと…、」
「ん?」
「やっぱいい。」
「フフ、どうしたの?らしくないね。半覚醒かな、麻酔はまだ投与してないはずなのに。」
「っるさい。」
彼はふざけ顔から真面目なまなざしを見せて、
「…桃々ちゃんは大切な人だ。だけどね、」
「だけど?」
「僕は犬だ。」
「あれ、私、告白してないのにフラれた?」
「そうじゃない。犬の寿命は15年。桃々ちゃんが大人になったころいなくなってしまう。」
「ずるいよ。いなくならないで。私のあとに生まれたくせに。」
「僕らの人生は、君たちとは別々の時間軸にあるんだ。桃々ちゃんの結婚式までは生きてたいなあ。時間かかりそうだけど。」
「ひどい。意外にモテます。同級生の大福くんが最近LIMEしてくるの。」
「ははは。」
「だから、一緒にいて。ずっと。」
「うん。一緒にいるよ。それまで、ね。」
「………。」
「………。」
私たちは言葉を発することなく、互いの目を見つめた。
あとは、言葉は必要なかった。
無言で瞳を交わせば、心が通じた…ような気がした。
” サトーさん。私のこの先の人生を思って、あえての優しさなんだね。
でもいい。あなたがいてくれたから、しあわせだった。
あなたと過ごした何気ない時間が大好きだった。
サトーさん、本当にありがとう。お別れじゃないって信じたいけど。”
” 僕もだよ。いつも一緒にいてくれたね。
この先、幸せになってね。僕は世界一幸せな犬だったよ。
桃々ちゃん、君はちょっとマヌケでおバカだけど、とても可愛い素敵な妹だよ。”
” ありがとう。あなたは私の人生にとって素敵な贈り物だよ。
恥ずかしいから、言葉にできないけど。いいよね、妹が言っても…、
…大好き。
だけど、そんなのを超えた存在。”
なんだか涙があふれて止まらない。
私はストレッチャーの上、黙って大きく腕を広げた。
彼がもふもふの首を差し出してくれたから、思いっきりハグした。
耳元でサトーさんが誰にも聞こえないように、私だけにささやいた。
「大好きだよ。桃々ちゃん。」
「私も大好きだよ。サトーさん。」
今までの想いがすべて報われた気がして、こぼれ出した涙。
ふかふかの首にこすりつけた。
サトーさんが前足で目を拭い、ぽつりと言った。
「さあ、行こう。少しの間、眠ってて。」
「次、早く会ってね。」
「もちろん。」
「絶対、絶対に…帰ってきて。でないと私…。」
「泣かないで。わかってるよ。帰ってきたら、”ムーンケーキマンごっこ” 付き合ってあげるから。」
「うるさい。バカ犬。」
涙を拭いながら、笑うサトーさんの胸をたたいた。
窓の外には、
白、黄色、青、赤、オレンジ…さまざまな愛にあふれた灯りたち。
どんどん、どんどん増えていく。
街の向こうの住宅やビルの窓からもスマホの灯りがまたたく。
ずっと広がっていく優しい光の粒たち。
東京の夜景がメッセージであふれんばかりの勢いだ。
もっともっと広がっていく。数千人、いや数万人…。
無数の灯りたち。まるでそれは夜空に現れた星座群のよう。
ひとつひとつに一人一人の気持ちがあふれている。
美しく、いつまでもいつまでも、きらめいていた。
いつまでも、いつまでも……。
「さよなら、サトーさん。またね。」
(つづく) 次回、最終話…
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