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いぬがしゃべりました ㉚【1200年隠された歴史】あと10話

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

<第30話>「1200年隠された歴史」


双子の八ツ橋さん姉妹に案内され、小さな集落を歩く。
あぜ道の細い川を渡ると、昭和にタイムスリップしたかのような古い日本家屋が並んでいる。今は閉まっているであろうすたれたお店には、ガラス戸の中がカーテンで覆われ、古い蚊取り線香の錆びたホーロー看板や、レトルトカレーの看板がぶら下がっている。ひそやかながらも、人々の穏やかな暮らしぶりをうかがわせた。
私たちがゾロゾロ歩くものだから、家から顔をのぞかせる人がちらほら。目が合うと、笑顔でペコリ。

民家の表札を見ると、

「『八ツ橋』、『八ツ橋』…、八ツ橋さんと同じ名前が多いですね。」

「この辺は親戚が多くてねぇ。今は農家だけやのうで、街に出てる勤め人もおります。ちなみに姉の私もここに住んで京都市内に小さい法律事務所をやっとります。」

「お姉さん、弁護士?すごい方なんですね。」

「いやん、もっとホメて。…ま、とにかく、ここは不便な場所やから、よそから来る人はほとんどおらへんのよ。」

” ワン!ワン! ”

どこかのお宅から犬が吠える声がした。よそ者の気配を察したのか、一斉にあちこちから次から次へと輪唱のように騒ぎ出す犬たちの声。

「犬?この町にはたくさんいるんですか?」

「ひぃ、ふう、みぃ…」指を折る。「今は10匹くらいやろか。私が子どもの頃の昔は、50頭ほどもおった時代もあったんやけど。ここではずっと、人知れずひっそりと『お犬さま』たちと暮らしてきたんどす。…1200年間。」

「1200年!まじか!」

「私たちの家系では代々、” お犬さま “ と呼ばれる特別な血筋の犬と共に暮らして、見守ってきました。だいぶ減ってしもうたけど。」

「もしかして、ここの犬はしゃべるんですか?サトーさんみたいな犬が他にも?」

「それはそれは賢い血筋でね。でも、ここにいる子はしゃべりはしまへん。さすがにサトーはんほど流ちょうに話す子は初めてどす。この1200年の中でも、ダントツ一番。…ああ、ここですわ。」

小さな古びた幼稚園。「やつはし神社幼稚園」とある。
塗装のはげたジャングルジムなど遊具があるが、園児の気配は感じない。ずいぶんと静かなたたずまいだ。

奥に、ずいぶんとこじんまりとした神社があった。全国にある神社保育の類らしい。

「これが神社の本殿どす。」
「え、これ?」

幼稚園舎の隣に並ぶのは、本殿というより祠というべきか。
前に張り出した瓦屋根と、正面に参拝するための階段こそしつらえてあるが、よれよれの紙垂に守られた小さな観音開きの格子戸からは、人が一人入れるほどのスペースしかなさそうだ。かなり年代を感じさせるほど、ところどころ朽ちかけ、黒ずんだ羽目板や柱は、正直期待していたよりみすぼらしく感じた。

「これが、八ツ橋神社…。」

私たちがずっと探し求めていたものは、意外なほど質素なものだった。
ここに一体どんな秘密があるというのだろう。

「ほなどうぞ園の中へ。人目につくさかいに。東京からあんたたちを嗅ぎ回ってる奴らがおるみたいや。」
そのまま園舎へとうながされる。
アルミサッシの引き戸に手をかけた。幼稚園らしくカラフルなかわいい切り紙がたくさんガラスに張り付けてある。

「すっかり子どもも減ったさかい、今は使ってないんよ。その代わり…。」

“ ガラガラッ “

開け放つ。途端に、白い犬が飛びかかってきた!

「わわっ!」
私がびっくりしていると、八ツ橋さんに飛びついてペロペロ甘える。

『オぅオぅ…ウぁウぁ。』
なにかを伝えようと必死に声を絞り出す。まるで言葉のようだ。

「あらあら、アラレちゃん。お友達が嬉しいんやね。」私たちに振り向き、「この子がここで今一番賢い子どす。可愛い女の子でっしゃろ。」

教室の中は新しく明るい雰囲気。都会のビルに入っている今どきの室内幼稚園のように小ぎれいに装飾されている。室内ドックランがあって、数匹の犬が思い思いに遊んでいる。
トーキングボタンを器用に前足で押しながら意志を伝える犬。タブレットで簡単なゲームをして『ウぉウぉ』と笑う犬。文字の書かれた積み木やオモチャを床に並べて遊ぶ犬。
ライカもすぐに溶け込んで、楽しそうに追いかけっこをしている。



八ツ橋さんは、舌を垂らしたアラレの首を撫でながら、
「親戚に工務店がおりましてね。リノベーションっていうんどすか、やってもらいましてん。ふふふ。」と少女のように茶目っ気たっぷりに笑った。

壁に飾られるたくさんの写真。
さまざまな種類の犬たち。広場で遊んでいたり、園児たちと無邪気に触れ合う写真など。おそらく最近撮ったであろう新しいショットから、写真機が貴重だった時代の白黒写真まで、この地の長い歴史を感じさせる写真がたくさん飾ってあった。確かに50匹ほどの集合写真や、筆をくわえて書初めをする者も。
「あ、これ…。」
私たちが持っている ” 狛犬の像 “  の写真も飾られている。明治時代の写真だという。



サトーさんは気になっていた。「僕のお母さんもここに?」

「そうどす。名前はキナ子っていいましてん。あんたはんにそっくりでしたわ。ほら。」

指さした一枚。
写真には賢そうな、サトーさんと同じ白とベージュのブチの犬がいた。美しい切れ長の目と鼻筋がよく似ている。

「あんたのお母さんどす。」

「これが…お母さん?」思わず立ち上がって壁に前足をついた。目をうるませながら、「母は、しゃべれたんですか?」

「いいえ。あんたほどではおまへん。そやけど、ほんまに賢い犬やった。私らの話す言葉を少し理解してたし、文字もひらがな程度は少し読めてはった。」

「だから、あの大文字山のマークが描けた…。会ってみたかったな、一度でいいから。」
懸命に鼻を伸ばし、写真を嗅ごうとする姿が切なかった。匂いなんてするはずもないのに。

写真を眺めながら、パパがふと疑問に思った。
「どうしてここの犬は知能が高いんですか?八ツ橋さんはその理由を?」

「いえいえ、私らはなにも知りまへん。賢い理由についてもあまり探ることはしてきませんでした。わたしら八ツ橋家の務めは、代々お犬さんと一緒に暮らすことだけ。ただひとつ決まりがあって、決してこの子らが賢いことは世の中に知られてはいけない。それだけどす。」

「どうして?理由は知りたくなかったの?」私は不思議だった。

「知らん方がええこともあります。うちの家に伝わる言葉で『知らずは、災い知らず。』といわれてきました。秘密を知らなければ、災いに巻き込まれることもない。」

続いて案内されるまま廊下の一番奥へついていくと、“ 職員室 “ というプレートが表示されていた。
カギを取り出し、南京錠を開けながら、

「ここが資料室どす。…おっと、気いつけて。」
「な、なんですか?」
「ここから、説明ゼリフが多発しまっさかい。」
「はあ…。」

電気を灯すと、中は職員室の面影はなく、図書館のように古い本棚が並んでいた。今は姉の八ツ橋お萩さんが、ここの管理を続けている。長い間閉め切っていただろう遮光カーテンをシャッ、シャッ、と両手で開けていく。長年空気がよどんでいる、そんな古い紙類の匂いが漂う。

「これまでの記録を密かに保存しています。1200年分あります。もともとは隣の本殿に詰まっとったんですが、雨漏りがひどくてね。カビが生えるもんやから、20年前にここへ移しましてん。どうぞ、好きなだけ見てってください。あんたはんなら、お犬さまの血筋の秘密にたどり着けるかもしれへん。サトーさんにはその権利がおます。その時が来たんどす。」

八ツ橋さんの話によると、賢い犬の記録は、古くは飛鳥時代から残っているという。
聖徳太子のパートナーとして、会話したとされる犬『雪丸』の伝説から始まり、日本書紀やそのほか多くの文献で、頭の良い忠犬の記述が残されている。

ふぅっとホコリを吹き飛ばし、棚から古い本を取り出した。皮の表紙に真言宗の歴史書とある。親指を下唇でペロリと湿らせ、ページを手繰る。

「京に都が移ってからですわ。うちらのご先祖さんがここに住んだのは。その時、飼っていた犬がたいそう賢かったそうどす。2匹おって、白と…」

「黒?もしかして、空海の?」サトーさんがピクリと耳を立てた。

二匹の犬と空海の出会いを描いた、高野山の奉納額絵のページを私たちに見せ、



「ようご存知で。平安時代初期。弘法大師、空海を導いたとされる白い犬と黒い犬。お察しのとおり、2匹の犬はここの子らの祖先です。ほーんまに頭が良かったそうでね。人の言葉を理解したと言われとります。連れていた猟師ちゅうのは、うちらのご先祖はんどす。」

以来、ご先祖は代々、この血筋の犬と暮らし続けた。
長い年月の間には、ごくまれにとても賢い “ お犬さま “ が生まれることがあった。言葉を少し発し、文字を理解することができる優秀なタイプ。そんな” お犬様 ” は疫病がまん延した時、地震・水害の時、飢饉の時、人々に知恵を授けてくれた。
八ツ橋家は、この犬たちと共に生きることで生かされてきたという。

「そやけど、不思議なことが多くてね。言葉を理解するほど頭のいい “ お犬さん ” は、100年に一度しか生まれへんかったんどす。」

これらの血筋はなぜか1回の妊娠で1〜2匹しか生まれず、身体も弱いためすぐ死んでしまう子犬もおり、1200年の間、それほど増えることもなかったそうだ。放っておけば貴重なお犬さまの血が絶えてしまう。

だから、ひっそりと犬の交配をくりかえして、100年の世紀ごとに一度訪れる賢い犬の登場を見守ることを八ツ橋家の秘密としてきた。代々の犬の名を記した系譜も資料として残っている。

しかしなぜか、現代に近づくにつれ頭のいいお犬さまが生まれるペースが上がっている。江戸末期の最近になって50年ごとになり、30年前に1匹、15年まえに1匹、そして2年前にサトーさんが生まれた。

「このことって、世の中には…?」

「知られんようにしてきました。お犬さんは最初は喜ばれるんどす。外敵から畑や家を守ってくれて、台風やら地震を教えてくれるさかい。そやけどそれも、最初だけ。」

これまでの歴史を顧みると、はじめは物珍しさでもてはやされる。
しかし、やがて気味悪がられ、『悪霊だ。』などと呼ばれて人間にとって脅威となるものとして殺されてきた。

「ひどい…。」

「人間はいいように利用して、ポイですわ。そやから八ツ橋家では、そんなことにならんように、お犬さんを守ってきたんどす。私ら姉妹も、物心ついたときからお犬さんを守るよう育てられました。」

ずっと秘密にし、脈々と静かに守られ続けた。この『左大文字山』のふもとで神社を隠れ蓑として、犬神さまを崇めていると装うのが一番安全だったのだ。

「左大文字山のふもと…。」

サトーさんのヒゲがアンテナのようにピクリと反応した。「もしかして、大文字山の山頂に1か所だけ、昔の火床のあとがありましたが、それって…?」

「そうどす。さすがサトーはん、よく気づかはりました。」姉の八ツ橋お萩さんは満足そう。

「大文字焼きの『大』という文字は、一説には両手を広げた人の形を模したとされてますけど、実は…。」

おもむろにお萩さんが壁にかかっている黒板いっぱいに白いチョークで、コンコンコンと『大』の漢字を大きく綴った。そして、

「もともとは、ここにひとつ、点があったんどす。」
と、ゆっくり『大』の文字の肩に点を置く。その文字こそが…、


『犬』だ。


「そう。大文字山には元々…『犬』という文字が描かれておったんどす。弘法大師さんを導いた『犬神様』を祀るために護摩焚きが行われていました。」

思わず見直した黒板には、堂々としたチョークの筆運びで『犬』が映えている。
黒板がまるで漆黒の山に思え、夜空に揺らめく2つの『犬』の火文字を私は想像した。
「ぷぷっ、犬文字山。」と、うっかり吹き出して、「桃々、しっ。」とママにたしなめられて首をすくめた。

「だから、大文字山は2つ必要だった…。」サトーさんがつぶやいた。

「はいな。察しがよろしいこと。白い犬と黒い犬。2匹の犬を表していました。そやけど、何百年も前に、点の部分にあたる火床は撤去されました。この土地を人目から隠すために。お犬さまを守る一心で。」

たしかに今日、大文字山の頂上で、サトーさんが妙な場所に火床の跡を見つけ、不思議がっていた。

「そういえば、あの東京の深川にある神社は?サトーさんが拾われた『飴宮神社』。ここ八ツ橋神社とどういう関係なんですか?」

「あそこは、また別の血筋のお犬さんが祀られています。」

妹の八ツ橋団子さんが不敵に口角を上げながら、「それについてはこちら。」と、本棚の下の大きな箱にかかった布をするっととった。「飴宮神社の資料どす。」

「あっ!消えた箱!」ママと私は思わず声をそろえた。

江戸資料図書館で跡形もなく消えてしまった飴宮神社の資料だ。なんのことはない。司書の八ツ橋さんが自作自演で隠していたのだった。



「あのときは、サトーはんが本当に血を引いた子孫なのか?影響が出るほど賢いのか?確信が持てへんかったんで、私が安全なここへ運びました。」

「防犯カメラも?」

「はい。自分で消去しましたわ。千巻さんにバレんようにするんは骨を折りましたわ。」

「あれが演技だったって。八ツ橋さん…。」ママがあきれたように笑った。

「てへぺろどす。」いたずらっ子のように舌を出した。「さあ、ここからは、サトーはんのお話をせなあきません。一体どういう境遇で生まれ、どうして今まで孤独やったんか?とても悲しいお話どす。」

悲しいお話?
思わず私はサトーさんの顔を見た。
毛で覆われた彼の目は、少し緊張の色をにじませていた。



(つづく) あと9話…


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