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いぬがしゃべりました ㊱【犬、地球を守る】あと4話

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

<第36話>「犬、地球を守る」



「桃々ちゃん、見て見て。サトーさんよ。元気にしてるのね。」
テレビの前でママが嬉しそうな声を上げた。

ニュース番組の『今日のサトーさん』というコーナーで、その後の生活が取り上げられていたのだ。

会えなくなってからずいぶんと経つ。不安と心配で眠れない日々が続いていた。だが彼の現在の生活は決して、私たちが恐れていた解剖だとか、身体実験ではなかった。

政府主導でさまざまな分野の研究を、サトーさんに自ら始めさせたのだという。知能レベルを検証する一環としてらしい。

まずは医学。

犬用の白衣を着たサトーさんが、外国の白髪のおじいさんとリモート会議で話しながらパソコンを叩いている映像が流れた。

『なんと難病の少女を救うため臨床実験の研究に入ったそうです。この高知能犬は人間らしい心も持っているようです。』と、ちょっとした美談として報じられている。

「少女…。」これ、私のことだな。

そしてさらに災害研究も。

『地震災害調査研究推進本部』で議論する光景が流れた。
サトーさんが長いテーブルについて、スライドを前足で指しながら学者たちに説明している。犬の本能を活かした災害予測だという。たくさんの大人たちが1匹の犬の話をフムフムと真剣に聞く絵はなかなかシュールなもんだ。まだオムツをはかされているのが不満なようで、しょっちゅう後ろ足で搔いている。

眉の間にシワを寄せたアナウンサーによると、サトーさんの研究によってある事実が明らかになったという。『太陽フレア』が、ここ数年で活発になっていることが判明したらしい。

「太陽フレフレ…?前に聞いたような…。」

パパもテレビの前にやってきて思い出すように言った。
「そうそう。いつだったか、サトーさんが言ってたやつだよ。太陽フレア。太陽の表面で爆発現象が起きることって。」

そういえば、ドヤ顔でヒゲを立てて語ってたっけ。
「太陽フレアが発生した時、陽子などの電気を帯びた粒子が放出されて、はるか離れた地球の磁場が乱れるんだ。」って。



テレビではCGアニメで説明している。
オレンジに光る粒が大量に太陽から地球へ飛んできて、豪雨のように一斉にバラバラバラっと降りかかる映像が流れた。そして怖めのナレーションがあおる。
『地球の磁場が狂い、地殻変動に影響を与えて、大きな災害を引き起こす可能性があります。』

その危険性があるエリアは、アジア・アメリカなど環太平洋地域の多くの国々や、ヨーロッパ・アフリカまでに及ぶそうだ。
確かにここ最近、世界各地で異常気象と地震が頻発している。

「怖い。ほとんど世界中じゃん。」
「それを防ぐ計画をサトーさんが提唱してるって。」
「へ?サトーさんが?防ぐ?どうやって?」

「太陽フレアの粒子から守るために、地球をまるごと覆うネットを作るんだって。」
パパが両手のひらで、地球に見立てたミカンを丸く包む。

「まるごと?ははははははは、バカみたい。映画かよ。ここにきて、そんなアルマゲ展開ありえないでしょ。ネットって。第一、地球がデカすぎだし。」荒唐無稽すぎる。

「ううん、それがさ、あながち冗談でもない。『電波で作ったネット』だって。」

「は?でんぱ?」

世界各国がこれまで宇宙に打ち上げた人工衛星は2000機以上。それを利用するのだという。
世界中から強力な電波を発信し、地球上空を回っているたくさんの衛星を経由させながら、電波の膜を作る。

「その電波のネットで360度、地球を覆うんだって。」



うーん。私は首をかしげる。

「わかってないでしょ?」
「ん?わ、分かってる。…んで、電波で防げるもんなの?」

「説明しても無駄だと思うけどなあ。」ニヤニヤ疑いのまなざし。
「は?うるさい。話してみれば。」

「宇宙からの電気粒子に対して、地球からの電波の周波数を反共振させて電気嵐を静めるってさ。もちろん自然現象の地殻変動を100%抑えることはできない。でも、太陽のジャマがなくなれば、災害予測しやすくなるって。」立て板に水の説明をされてみたものの、

「なるほど…………………。」

って、ぜんっぜん分かんない!!


しかし時間が経つと、一気に熱した国民も冷静になったのだろうか、サトーさんの存在は世の中で賛否を呼び始めた。
残念なことに、もっぱら否定派の勢いが大きくなってきている。
国民のほとんどがいつものように無関心だからこそ、逆に声の大きい批判者の意見が世の中のムードを作っていく。どうして人間はいつもネガなエネルギーに動かされがちなのだろう。

きっかけは、
" 私は狂犬サトーに嚙まれた! ”
と告発するネット動画投稿だった。

『殺処分』と書かれたハチマキをひと目見て思い出した。アイツだ。包帯でぐるぐる巻きにした手を大げさに見せつけ、
「ほら見てください!私、アベカワは全治1か月です!あの犬は危険なんです!いたたたたた。」
わざとらしいパフォーマンス。間違いない、ネオサピエンス前で反対運動をしていた、黄色いダウンコートの天パーメガネ男だ。忘れたくても忘れられない。
「皆さん、騙されてはいけない!尻尾を振って油断させて、鋭い牙をむくヤツなんです!」と小太りの体を揺する。週刊誌やネットで『殺処分アベカワ』という名はちょっとした有名YouTofuerとなっていた。

そのせいで世間では批判的な声があふれた。

“ 犬の言うことを信じるな!”

“ 偉そうに医療行為だなんてあり得ない!”

“ 災害対策をケモノに任せるなんて ”

『AI犬ライカより危険な存在になる。駆除しろ。』という意見が大勢を占め、反対運動が激化していった。



YouTofu の有識者討論会『高知能犬を考える』の配信でもひどいものだった。

「さて、はじまりまし…、」
MCのオープニングトークを遮って、「あ、いいですか。」
特別ゲストの『殺処分アベカワ』が口火を切る。

「ペットはカワイイ。それは自分たちより劣っているから愛せるのだ。彼らが人間を凌駕するほど賢くなったら?反論したら?論破されたら?それは本当にカワイイと無邪気に愛せるんでしょうかね?」

鼻息が荒い。ハチマキを固く結んでしたり顔。すっかり治ってるのに、いつまでも腕に包帯を巻いている。

「アベカワさん、まあまあ穏やかに。」

MCが参加者の与党議員に水を向けた。
「与党は、犬に人権を認めようとお考えですか?」

「えー…ま…あの、慎重な議論が必要なことでありまして。新たな労働力や納税者の確保という観点からも完全に消し去ることは早計かと。」

アベカワは芝居がかった声を上げ、
「とんでもない。人権なんか認めたら、どんどん繁殖して大変な事態を招きますよ。国民の土地を奪って居住地として生活させるのか?食糧不足は?人間の失業率が上がったら?さまざまな問題が山積みだ。」

与党議員は困り気味に、
「まあまあ、サトーさんは人間のために研究を頑張っているとも聞いておりますし。」

…なんだイイ人かも。この議員のオジサン、かばってくれてるじゃん。政府もサトーさんの大切さが分かってきたのかな。

「そうじゃないんだよ。」と、パパがため息をつく。「この議員さんだって天才犬を利用しておきたいから、生かさず殺さず歯切れが悪いだけなんだよ。」

そうか、ここには私たちの味方などいない。

アベカワが包帯の手を振りかざし、唾を飛ばす。
「傷害事件や誘拐事件をお忘れですか?私ゃ被害者なんですよ。まだネコをかぶっているかもしれない、イヌだけど。考えてみてくださいよ。あんな奴らとあなたは友人になれますか?ああ気味悪い。ね、考えられないでしょ?」

ひどい。

つい最近までまるでパンダの赤ちゃんのようにサトーさんをもてはやすムードだったのに。すっかり世論は手のひら返しだ。
どういうこと?サトーさんはみんなのために頑張っているのに。ひどいよ、ひどすぎる。

…そんな中でも、数は少ないけど私たちを応援する擁護派の人々だって、ちゃんと存在する。

サトーさんの応援をする人々の姿を最後に見たのは、スマホのネット動画サイトだった。新橋駅前SL広場で、動物保護系の団体が少人数でチラシを配っている動画がたくさんアップされていた。

” 拉致被害犬を救おう "
" 犬にも人権を "

と書かれた看板を掲げ、

「今すぐサトーさんのご家族への返還を!不当な拘束を解いてください!動物愛護法では、『犬は物』ではないと守られているんです!」
通行人たちに訴えかけるも、誰も立ち止まる者はなく、関わりたくなさそうに足早に通り過ぎてゆく。

「やめろやめろ!」

突然、誰かが浴びせる罵声。
よく見るとアベカワたちだ。こんなところにまで!?仲間が増えたのだろうか、全員でハチマキをして、性懲りもなく邪魔をしている。スマホ画面なのに私はあの夜を思い出し怖くなって顔をそむけた。

「犬はどこまで行っても犬だぞ!人権は人間だけのものだ。お前ら、そうやって募金をせしめようとしてんだろ!」
寄ってたかってスマホを凶器のように突き出し、撮影し続けた。

「皆さん、人間界を乗っ取ろうとする犬の味方をしていいんでしょうか?いいわけないですよね!賛同する方!チャンネル登録お願いしまーす!」


人間の小競り合いをよそに、今、地球的規模で大きななにかが起こっていた。
今日、TVのニュースキャスターがいつになく深刻に伝える。

「政府の発表によりますと、今年に入って太陽フレアの動きが活発になり、地球の地殻変動に大きな影響を与える恐れが出てきました。マグニチュード8以上の巨大地震を1年以内に引き起こす確率が80%に引き上げられたことが分かりました。皆さん、地震や災害への備えは十分でしょうか。」

国連による対策も報じられた。
各国の人工衛星2000基を利用した『電波ネット』の計画を急ぐため、インド宇宙機関ISSRの有人気球を利用して高度4万キロ上空の成層圏で試運転を行うことになったという。

「それに搭乗するのは…、」と画面いっぱいに映ったのは、なんと…、

サトーさんの写真。
ナナメ45度に鼻を上げ、すました表情でヘルメットを抱えている。



「えーーーっ!!!」ソファから飛び起きた。

「サトーさんが乗るって?」ママが心配そうにレンコンの皮むきをしながらテレビの前に座る。

「これって?」

「早まったんだね。」
帰ってきたばかりのパパも、急いでコートを脱ぎながらソファに座った。「大地震が起こらないように、太陽フレアの粒子を防ぐんだよ。」
さっき報道部の同期から情報をゲットしてきたようだ。

「そうじゃなくて、なんで気球にサトーさんが乗んなきゃならないの?」

「装置の操作が難しいんだって。粒子の量も一定じゃない。それに合わせて適切に電波周波数を調節するには、サトーさんの知能と動物特有の超感覚が必要なんだそうだ。」

「言ってる意味が分かんない。地面からじゃだめなの?」

「上空4万キロ以上の成層圏がいいのさ。大気層が安定していて、雲も発生しない。そこまでいかないと電波の動きをクリアにコントロールできない。」

「……ちょっと待って!超危険じゃない!」

こんなの、ライカと同じだ。旧ソビエトの人工衛星打ち上げロケットに乗せられて死んだっていう。サトーさんが同じ目に。あんなにかわいそうって言っていたのに。
確かに小っちゃい頃、『宇宙飛行士になる。』って言ってたけどさ。こりゃ意味が違う。きっと、ムリヤリ言うことを聞かされて犠牲になろうとしているんだ。
許せない!ひどい、ひどすぎる!

…私は、そう思い込んでいた。
あとに続くサトーさんのインタビューを見るまでは…。

「あっ!サトーさん!」

画面にはやや衰弱した彼の姿が映し出された。胸にNASUのワッペンが印象的なトレーニングウエアに身を包み、訓練施設でインタビュアーがマイクを向ける。

「………。」赤いスポンジのマイクヘッドを嗅いだかと思うと、ガブッと噛みついた。

「わっ!サトーさん!」

「ハハハ、冗談ですよ。ちゃんとわかってます。」とスポンジを戻した。

パパは「相変わらずだな。」と苦笑し、
ママは「ちょっと瘦せたかしら。やつれているように見えるけど大丈夫なの?」と胸をおさえた。

インタビュアーが続ける。
「少しお疲れのご様子ですね。」

「家族の手術の準備と災害研究、それに成層圏で活動する訓練。いろいろ重なりましてね。だけど元気です。」

「今回、このミッションに自ら志願された、ということなんですが。」

えっ!?志願したの?自分で?
どうして?

「ええ。まあ。死んだら渋谷駅の前のハチ公の横に並んで像でも立ててください。」
「は…?」
「冗談です。」

また!心配してるのに、サトーさんめー!

空気を読まない生意気な犬に、困って苦笑いのインタビュアー。
「今回、どうして気球なんでしょうか?ロケットは?」

「ロケット?いえいえ、有人ロケットを作るには実際は最低でも5~10年はかかります。SF映画みたいにはかないんです。だけど運よく、ちょうどインドで宇宙気象観測用の有人気球の計画が進んでいたんで。」

「なるほど。」インタビュアーは咳払いをひとつして、「ところで、ちょっとお聞きしにくいのですが…。」

「どうぞ。」

「世間では、サトーさんに対して不信感をもつ意見もあるようですが。本当に人間の敵じゃないのか?って。」

「無理もありませんよ。それこそSF映画なら、人間を征服しようと仲間の犬を引き連れて暴れ出す…なんてありそうですよね。みなさんが信用できない気持ちは分かります。それを観客が望んでるからです。よほど人間の方が好戦的だと言えますよね。いつまでも人間同士で殺し合ったり、環境破壊を続けている。バカげた集団自傷行為だ。でもね、僕はそんなことしませんよ。」

「どうしてそう言い切れるんでしょう?」

「僕たち犬は人間と一緒に生きてきました。人間を助けるため、進化した。だから、僕たちは人間が好きなんだ。DNAレベルで刻まれている。人間と生きたいんです。人間を助けたいんです。だって、人間が好きだから。いなくなったら寂しいから。ことわざにあるでしょ?3日飼った犬は3年恩を忘れないって。僕たち犬は、3万年も人間と暮らしていますからね。」と笑った。

「人間が裏切っても?」

「皆さん次第です。虐待されたり無視された犬は人間を信用できなくなります。だけど、人から愛され、家族として愛情を注がれた犬は、一生その人を愛し続けます。死ぬまで。」

「………。」テレビの前の私たちは、その言葉を黙って聞いた。

インタビュアーが、労いの言葉をかける。

「ありがとうございます。是非、ご無事に戻ってきてください。」

「はい、必ず戻ってきます。大切な家族の手術もあるんでね。」
力強くうなずいて、カメラを見つめたので、目が合ったような気がして私はドキッとした。

「僕には大好きな家族がいるんです。最後まで家族のために生きる。責任をもって愛する大切な人を守ります。命の続くかぎり。だから、必ず帰って来ます。」

その瞳は、生まれたばかりで家に来た頃、私たちを見上げた瞳そのままだった。

なんだか急に寂しくなって、切なくなった。
「あーーーーん。あーーーーーん。行かないで!」ポロポロ涙がこぼれた。

悲しくてたまらない。良くない想像がふくらんで、
「もしかしたら…戻ってこないんじゃ。このまま会えないかも…。」
嗚咽が止まらない。

「桃々、サトーさんが喜んでくれるのは桃々が泣き叫ぶことじゃないよ。今、言ってたじゃん、もうすぐ桃々の手術も控えてるし、強くなってほしいんじゃないのかな。」パパの慰めも空しい。手のひらで涙を拭う。

強くなるって?どうすりゃいいかわかんない。
私は人前で話すことさえもできない肝っ玉のちっちゃい、しがない中2。できることなんてないよ。
いくらパパとママがいるって言ったって、ただの一般人。家族たった3人で、世間が逆風の中できることなんてありはしない。
サトーさんを取り戻す方法なんてわからないし、もし戻って来れたとしても、心無い人々に狙われてしまう危険だってある。どうすりゃいいのさ。

だけど…

そうだよな。サトーさんは命を懸けてここまでしてくれている。
かつて家族を地震から守り、タル兄が亡くなった寂しさを埋めてくれた。私が学校に行くよう背中も押してくれた。私の身を守るため噛みついてまでも戦い、今も私を病気から救うため身を粉にしている。サトーさんは言ってくれた。「桃々ちゃんを絶対に助ける。家族を守ること。それが僕の使命なんだ。」

それに比べて私はどうだ?ずっと前向きに生きられず家に引きこもっている。なにやってんだよ私。情けないよ、バカ。私たちが黙って見ていていいのか?いいわけない。
最後の言葉が頭をよぎった。

「家族として愛情を注がれた犬は、一生その人を愛し続けます。死ぬまで。」

………決めた。

そうだよ、そう。
サトーさん、あなたが私たち家族を守ってくれたように、私も覚悟を決める。

パパとママの袖を引っ張った。
「パパ、会社の記者の人に電話して。それからママ、京都に電話して。八ツ橋さんの双子のお姉さんに。それから…、」

「え?いいけど…」「どうしたの?」

「家族会議をはじめるよ。」




(つづく) あと3話…


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