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いぬがしゃべりました ⑱【嫉妬】

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

<第18話>「嫉妬」


数日後のある日、サトーさんの笑い声が部屋から聞こえた。

「ははははは。」

ん?サトーさん?誰と話してん…

「の?」
ドアのすき間を覗いたら、デスクにちょんと座るサトーさんの後ろ姿が見えた。
PCの画面モニターには、AI犬ライカが映っている。
え?こっそり?まじか。

「一度食べてみるといいよ、築地場外のあの店のサーモン握りは最高だから。」
「ウン、食ベニ行キタイ!行キタイ!(♪ポーン)グルメサイトでは、3.8、高評価です。外出は、ママの許可が必要です。私もいつか自由に外ヘ出かけてみたいです。」
「いつか一緒に行きたいね。」
「ウン!約束ダカラネ!(♪ポーン)楽しみにしています。」

楽しそう。背を向けた尻尾をプルプル振っている。
なんだなんだ?いつの間にか、ライカだけじゃなくアシストAIの方とも仲良くなっているぞ。



「サトーさん!?なにやってんの!?」

「はっ!」
こんなに驚いた顔を見たことがない。慌てて前足でオフに。「なんだよ。のぞき見するなよ。」照れ隠しに悪ぶる。

「あんたのことバレちゃうじゃない。」
「大丈夫。アプリでアバター加工してるから。向こうからはイケメンの2次元キャラにしかみえてないよ。顔出しNGって言ったら信じてくれてる。」

「ばっかばかしい。なにが築地場外のサーモンの握りよ。回転すしのテイクアウトしか食べたことないでしょうが。カッコつけちゃって。あー気持ち悪い。」
「いいだろ。別に。」

「ライカはね、世界中の何人とも話してるんでしょ。あんただけに向けた笑顔じゃないのよ。アイドルの握手会で浮かれるファンみたい。ばっかみたい。」
「推し活を蔑視する表現は良くないね。とにかくライカの会話レベルがどれだけこなれてきたか、チェックしてるだけだよ。近頃はライカとAIとのマッチングがナチュラルになってきたな。よしよし。」
とかブツブツ言ってる。

「ヘ理屈ばっかり。」
なんだか面白くない。無防備な浮かれ具合に少しイラッとする。
なぜだろう。

この頃、サトーさんはライカと話すのに夢中になっている。
こそこそ自分だけでチャットして、私がのぞくと慌てて隠して「ノックしてよ!」と怒る。
同じように話せるイヌとして親近感を感じるのか、初めて教養レベルの合う相手ができた事が嬉しいのか

……それとも女の子の犬だから?

「チャット再開するからね。余計なこと言わないで。」
余計なことだと?チッ、いちいち腹立つ。「はいはい。」

再びチャット開始。
映りもしないのにイケメン風スマイルをキラリ。

「ライカ、聞いてもいい?」
「イイヨ。ナンデモ聞イテ。(♪ポーン)どうぞ。嬉しいです。」
声が弾んでいる。なんだ?ライカもAIもまんざらじゃないじゃん。

「君みたいにしゃべる犬って、他にいると思う?」
「イタラ嬉シイ。会ッテミタイ…(♪ポーン)でも、犬は話すことはできません。私以外。…この質問は2度目です。」

「ちょっと気になっただけだよ。もしも、もしもさ、仮にしゃべる犬がいるとしたら、どんな可能性が考えられる?」

僕もしゃべる犬だよ、なんて正体は明かせない。
でもライカに聞けば、もしかしたら僕の話せる理由が分かるんじゃないだろうか…。サトーさんは期待を捨てきれずにいた。

「エッ!?イルノ?私ミタイナ犬ガ?会ッテミタイナ。(ポーン)仮定の話ですね?私と同じ、AIと接続されていると考えるのが、最も合理的です。」

「それ以外の可能性は?」
「知ラナイ…(ポーン)検索の結果、0件です。」
「僕は他の可能性もあるんじゃないかと思う。」
…なぜなら、きっと僕はAIじゃないから。きっと、そう。そう思いたい。

サトーさんの気持ちはわかる。
そんな事情を知らないライカは、
「…………。」
どう答えていいか分からない顔で首をかしげた。

私だって話しに入れてよ。割り込んでやる。
「ね、ね、しゃべる犬が他にいるとするならさぁ…誰かの生まれ変わりとかは?」
私は私で、サトーさんは亡くなったタル兄ちゃんの生まれ変わりなんじゃないか、と心のどこかでまだ信じていたかった。

「またあ、その話?」サトーさんはうんざり顔。

「生マレ変ワリッテ何?(♪ポーン)生まれ変わりは、宗教的、哲学的な概念です。科学的には証明されていません。」

「ほらほら、邪魔しないで。飛躍しすぎ。」鼻であしらわれた。
「邪魔?あーあ、悪うございましたね。」のけ者にしやがって。くそ。

「じゃあライカ、『話す犬』に関しての事例は?記事や論文など探してみた?」
「世界中探しても、見つかりません。」

横からもう1回。

「ねね、パパが言ってたよ。ボタンを押して飼い主と会話する犬がいるって。『ごはん』とか『散歩』とかボタンがたくさんあって…。」

「ああ、トーキングボタンでしょ。あれは議論が分かれる。そう、ライカの解釈は?」
「ソウネェ…(♪ポーン)私が思うには…」
うんうんとうなずくサトーさん。

「ちょちょサトーさん、2人だけで盛り上がんないでよ。」



「トーキングボタンは、研究では否定的な見方が多い。」
サトーさんによると、犬は言葉の意味を分かっているわけではなく、ボタンを記号として記憶しているに過ぎない。そんな見方が優勢らしい。「僕も同意見だ。犬は分かっていないよ。楽しいオモチャとしては素晴らしいけど。」

「じゃあさ、あとパパが言ってたよ。韓国でしゃべるゾウがいたって。」
ねばる私。

「それも同じことさ。オウムと一緒。変わった鳴き方に過ぎない。飼育員が喜んだりご褒美がもらえる鳴き方をただ繰り返していた、という見方が優勢だ。動物は飼い主の微妙な表情の変化や反応を実によく見て行動を変えている。言葉を理解はしていない。そう考えるのが自然だ。」サトーさんは残念そうに付け加えた。「僕だって話していると思いたいよ。そりゃ。」

「がっかり…。」

ライカがAIなのに場を取り繕う。
「ソウソウ、知ッテル?(ポーン)こんな実験があります。犬の脳をMRIでスキャンしたところ、人間の言葉を聞き分けていることが判ったそうです。」
写真を表示した。



「ああ、ハンガリーの研究チームだね。『おすわり』とか『待て』とか聞き分けていることがわかったそうだ。あれは興味深い。」

「え?なになに?ちょっと、二人で盛り上がらないでよ。」

サトーさんは嬉しそうに、「それに、動物同士ならコミュニケーションすることもある。シジュウカラやプレイリードックだって、鳴き声を使い分けて、近づいた敵の特徴を仲間に伝えていることが分かっている。生き残るためにね。だから可能性はある。」

「すごい!ね、ね、人間と話せる動物はいないの?」

「興味深いのは、手話ができるローランドゴリラのココだね。」
「聞イタコト、アルヨ。(♪ポーン)ゴリラの『ココ』。彼女は興味深いですね。」ライカがうなずいた。

なにそれ?ココ?

画面に、金髪の外国人女性と向かい合う立派なローランドゴリラの写真を表示した。大きな手の平を優しく女性の頬に添え、彼女も親しげに手を握り返す様子から、二人の信頼し合う関係がうかがえる。




「そうそうライカ、君の見解を聞かせてよ。どう思う?」
「ソウダネ、(♪ポーン)私の見解は…」

もう!また2人の世界!
「ねえ!ねえ!なにそれ!?ゴリラが手話を?」

「そう…。」

1971年にアメリカの動物園で生まれたメスのゴリラ。
ココと呼ばれ、心理学者に手話を教えられた。なんと1000種以上の手話を理解できたという。

「霊長類はズルいよな。手が使える。」
グチって私に肉球を見せた。

ココは「猫」の絵本が大好きだった。ペットのネコをプレゼントされると、手話で『猫』『好き』『柔らかい』と表現して可愛がった。

「だけど、車にひかれてネコが死んだときには、『ネコ』『泣く』『さようなら』そして『ココ』『愛』と伝えたそうだよ。」

「なにそれ、泣ける…。」
「だけどゴリラにも限界がある。構文や適切な文法は使えない。ま、サルなんてせいぜいそんなもんさ。ましてや言葉を発声するなんて…。」

「じゃあ、じゃあ、しゃべる犬の話は?」
私は食い下がった。これぞ核心だ。ここにサトーさんの秘密があるに違いない。

「シャベル犬ガイタラ、友ダチニナリタイ。デモ…、(♪ポーン)でも、犬が話した例はありません。」
ライカは申し訳なさそうに首をふる。「でも、私が分かるのは限界があります。」なぜなら彼女が調べられるのはネットで検索できるものだけ。ネットなどのデジタルデータにアップされていない情報は探せない、と。

だけど、思い出したように、
「昔の話ですが…。」と切り出した。

「おっ、なにかあるの?」
「江戸時代、寺小屋で犬が人間の子どもたちに教えたという…。」
「えっ!寺小屋?人間の子どもに教えてたの?」

「そんな浮世絵があります。」

「なんだ、浮世絵か。」がっかり。
「興味深い点としては…、」
「いいよ、絵でしょ。」
「はい。架空の話なら、たくさんあります。」

ライカが言うには、おとぎ話や映画では、犬が話す物語は世界中にたくさんある。
アニメやCMでもしゃべっているし、古くは桃太郎の犬だって「お腰に付けたキビダンゴ、ひとつ私に下さいな。」と言ってのけた。

「人間は犬と会話することを夢見てきた歴史だと言えるね。」サトーさんはアゴをさすった。
ライカのネットワークをもってしても、犬がしゃべる事実は確認できないのか。

ライカは首をかしげ、
「サトーサン、(♪ポーン)話す犬に興味があるようですね。ナゼですか?」
しつこく質問するもんだから、怪しんだか?

「えっ?それは…、」

サトーさんは、一瞬たじろいだが、何かを決心するように画面のライカを見つめ、言葉を絞り出した。

「今まで言えなかったけど…本当のことを言うと…、」

えっ?
もしかしてバラしちゃうの?自分が話せるっていう秘密を?

「…実はね、僕は…、」

ちょっと待って!
だめ!サトーさん!だめーっ!

「…とても興味があるんだ。ライカ、君に。」

え?『興味ある』?『君に』って?

「…嬉しい。とても。(♪ポーン)私モデス…。」

『私もです』って??あれ、ライカの目が乙女になったぞ。
画面の向こうで、恥じらいの表情と、大きな尻尾をブンブン振るのが見え隠れした。

サトーさんも照れ笑い。こっちも尻尾ブンブンだ。

あっきれた!ふざけんな!
こんな電気メス犬に浮かれてるなんて寒すぎる。
なんだよ。一生やってろ。プー



その後、サトーさんとAI犬ライカの秘密のやりとりは、幸いにも誰にも知られることはなかった。

それとは別に、ちょっと気になる不安材料が出てきた。
世間でライカのことが徐々に問題視されはじめたのだ。
かつてはメディアに『未来への希望』と持ち上げられていたが、一転、取り巻く環境はどんどん変わっていった。

” 動物実験ひどい!"
" 虐待だ!"
" 倫理的にどうなの?"

批判の的はもっぱらライカを作った企業ネオ・サピエンス研究機構であり、CEO甘納藤カヌレ代表へ向けてのものだった。
ライカに同情し、可哀そうだと擁護する声で世論が染められた。

サトーさんはネットを眺めながら、「ここまでは想定内だ。」とつぶやく。「まだいい方さ。怖いのはこの先だ。」

「この先に何があるの?]
「標的が変わらなきゃいいけど…。いや、なんでもない。取り越し苦労さ。」

なんだよ。ライカ、ライカって…。サトーさんが悪いわけじゃないけど…なんだか面白くない。
こんな事を気にしている自分も、なんだか好きじゃない。





(つづく…)


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