感動的な成長ストーリーだと思ったら結局うんことおならかよ
たとえば、ついこの前買ったばかりのズボンが、ツンツルテンの七分丈になっているのを発見したとき。
あるいは、食卓に出したご飯がものの数分で消え去り「は?私の分は?」と愕然とする瞬間。
どこで覚えてきたのか、生意気な口の利き方をされて「どこでそんな言葉覚えてきたんだよ」と心の中でツッコミを入れるとき。
このような「目に見える変化」に追われながら、日々育児をしている。
そしてそれは、日時が昨日から今日に変わっただけのはずなのに、気付いた時にはとても大きな変化に感じるのだから不思議だ。
我が家の八歳、五歳、二歳の三兄弟を見ていると、もっと別の、目には見えないけれど確実に変化を起こしているある領域に、ふと気づかされる瞬間がある。
そしてそれが私は嬉しい。
今回は、そんな我が家の本棚をめぐる、ちょっとした日常の話をします。
始まりはいつも、バブ期。
育児書を開けば、「読み聞かせをしましょう」「胎教にいいですよ」「生まれてからも一緒に寝転がって読んであげて」なんて書いてある。でも、実際にやってみるとどうだろう。
こっちは生後数ヶ月の我が子を前に、もしくは顔もわからないお腹の中にいる子に対して、優しく声を震わせて絵本を読むことになる。
対する我が子はといえば、ただぼーっと見つめてよだれを垂らしているか、羊水にぷかぷか浮いているわけで、最悪の場合、私の顔面や子宮に容赦ない裏拳を繰り出してくる。赤ちゃんは結構手足の力が強い。
正直なところ、幾度となく「これ、意味ある?」と思った。
本当にエビデンスのある話なんだろうか。胎教なんて特に。だって、赤ちゃんからしたら、声は絵本を読んでなくても聞こえてるわけでしょう?
結果三男には一度もやらなかった。
次男は気持ちちょっとやった。成果があるのかどうかなんて、いまだに全然分からない。
全くもってリアクションのない、打てば響かない壁だと思った。ペラペラ見るのが楽しいなら、声を出す必要もないし、私は結構普通に赤ちゃんに話しかけるタイプだったので、わざわざ絵本話通して話す必要もない。雨が降ってきたら「あめふってきたねー」と話しかけ、変な人がいたら「あの人怖かったね〜」と完全な独り言を子どもに向けていた。
なので、この時期の読み聞かせはあまり必要性を感じなかった。
私たちの本にまつわる生活は、そんな不毛(に見える)地点からスタートしているのである。
それが、いつの間にか簡単な絵本を「読んで!」とせがむようになる。そして、自分でページをめくって絵をじっと眺める時間ができてくる。
五歳にもなれば、ひらがなを指で追いながら「じ、ぶ、ん、で、よ、む」なんて言い出す。
そして小学生にもなれば、児童書や漫画の世界へ入っていく。
つい最近、本屋好きの夫と子供たちを連れて、いつものように大型書店へ行った。
いつもはみんなで同じ棚か列にいた長男が、一人で児童書コーナーへと歩いていく。
暫くすると、いつもなら長男と一緒にいるはずの夫も、一人で技術書コーナーに向かった。長男が一人で黙々と、選んでいて、暇を持て余したようだ。
長男は私の目が届くところにいたので、次男三男を見ながらチラチラと長男の様子を探る。
彼は、棚の前に立って、ただ真剣な目で背表紙を追っているようだった。
あ、これ面白そう、と思ったのか、一冊を手に取る。ペラペラと数ページをめくり、ふむ、と納得したように棚に戻す。そして別の本を手に取り、また吟味する。
次男と三男は体験コーナーで遊んだり何度も色々な絵本コーナーをうろちょろしていたことを考えると、結構な時間を費やしていた。
そして、最終的に「これ、買っていい?」と、誇らしげに一冊を抱えてこちらに戻ってきた。
やってること、私と一緒じゃん、と驚いた。私と同じように、あらすじや冒頭や中身を読んで、厳選する。そして「今日はこれにしよう」という一冊を選ぶ。
あの、隣に寝転んで絵本を読み聞かせても、途中手足を振り回して遊び出し、顔面に裏拳を食らわせてきた赤ちゃんが。
今や自分の意志で、自分の脳内世界を満たすための一冊を選んでいる。
一方で、次男も負けていない。
最近の次男はゲームブックにハマっている。
眺めているだけだと思っていたゲームブックを、ちゃんとしていることに驚いた。ゴールは同じなのに、選ぶ選択肢によって途中経過が変わるアレ。
読み終わった後に「どうだった?」と聞くと「きょうはマグマにおちなかった」とかいうので、おそらくちゃんと理解している。嘘だろ?と成長に驚きを隠せない。
それだけじゃぁ、なかった。
図書館で借りてきた、私がまだ読んでいない絵本を、自分でお腹で読んで(つまり黙読。五歳にして黙読!すごい!)、そのあらすじを私に嬉しそうに話してくれたりもする。
ただ説明はまだ上手くないので、ちょっと何言っているか分からないな、と思いつつ「そっか面白そうだね」と返している。ごめん。
ネタバレの配慮はまだ一切ないけど、次男の中に、確実に物語の構造が組み立てられているようだった。
そして三男。
三男は今、まさに絵本をじっと眺める段階にいて、時折一人で喋っている。
兄たちが読んでいると、自分も真似て眺めることが多い。アンパンマンの絵本をめくって「かびるんるん、いまちたー」「きんちゃんいましたー」と一人で喋って、ウケている。非常に可愛い。
上の二人も、かつてはこうしてひとりで絵本で遊んでいた。
つまりこの三男も、あと数年すれば、本屋の棚で頷いたり首を傾げながら本を選ぶようになるのだろう。
親の知らないところで、彼らの頭の中にはどんどん豊かで広大な世界が広がっている。
服のサイズや食べる量、話し方、進級。
子供の成長を感じる瞬間は本当にたくさんあるけれど、私はこの「物語の理解がどれくらい自分でできるようになったか」ということに気付けた瞬間が、何よりも一番、彼らの精神的な自立と成長を感じて、嬉しい。
子どもたちと同じように、物語を共有できるようになることが、とても嬉しい。私が読んできた本やマンガを、共有して、あーだこーだ言えるようになる日が近い気がして、嬉しい。
なんて思った次の日、今度は図書館に家族で足を運んだ。
雨だったので、人もおらず、ゆっくりと過ごす。長男は、検索システムを使って選書していた。
しばらくして、長男が「ママちょっと予約したいんだけど」と言ってきた。
どんな話が入っているんだろうと、ちょっと楽しみだった。
サッカーが好きなので「サッカー」とかで検索したのかな?と思いつつ、予約かごを覗き込む。
その中には『うんこしりとり』と『おならしりとり』があった。
結局、うんことおならかよ。しっかり予約して帰宅した。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願い致します。いただいたチップはクリエイターとしての活動費・勉強費に使わせていただきます。