「リゾート」という特別な場所
「羽目を外していい場所」の話
「リゾート」と聞くと、多くの人が、自然と肩の力が抜けるのではないでしょうか。
仕事の予定が入っていない朝。
目覚ましを気にしなくていい夜。
いつもより少し派手な服を着ても、誰にも変に思われない空気。
リゾートは、単調な日常を離れ羽目を外していい場所 です。
それが、最大の魅力だと思います。
日常ではできないことが、普通に起きる
リゾートでは、日常ではまず起きない光景が、当たり前のように成立します。
キャラクターと一緒に写真を撮る大人。
知らない人同士が、同じ景色を見ながら自然に会話を始める。
たとえば国や地域によって「ヌーディストビーチ」が特別なものではなく「そういう場所」として普通に存在を知られています。
千葉県のネズミのテーマパークでも、中年のおじさんが若い女の子に手を振る。違和感なく、向こうも笑顔で手を振り返す。
街中で同じことをしたら、おそらく空気が凍るでしょう。
でも、その場がリゾートやテーマパークなら誰も不思議に思わない。
そこでは、「楽しむために集まっている」という共通の前提があるからです。
リゾートは「非常識」ではない
誤解されがちですが、リゾートは無法地帯ではありません。
どんなに羽目を外せる場所でも、ちゃんとルールはあります。
ただし、そのルールは日常よりもずっと緩い。
仕事の場で求められる振る舞い。
家庭や近所で気を使う距離感。
そういったものが、一段階、外されている。
だから人は、安心してテンションを上げられるし、普段より大胆になれる。
リゾートとは、「何でも許される場所」ではなく、「許される範囲が広く設定された場所」なのだと思います。
もし、その範囲をさらに広げていいと言われたら?
ここで、少し私の世界観を。
もし、そのリゾートの運営者がこう言ったら?
「ここでは、 いつもより、もっと自由に楽しんでいいですよ」
「普段ならやらないことも、ここでは“体験”として用意しています」
強制されるわけではありません。
日常では禁止されていたものが、選択肢として提示される。
これは、単なる刺激ではありません。
「自分はどこまでなら楽しめるのか」
「何を越えて、何は越えたくないのか」
そういう感覚が、自然と浮かび上がってきます。
「黒猫ランド」と「淫魔リゾート」は、そこから生まれた
この発想が、
『黒猫ランド』と『淫魔リゾートへようこそ』
両方の出発点です。
黒猫ランドでは、夫婦やカップルがゲームや仕掛けを通して、
普段は踏み込まない体験をします。
淫魔リゾートでは、その案内役を、淫魔たちが担います。
どちらも共通しているのは、無理に引っ張らないこと。
選ぶのは、訪れた側です。
進むのも、止まるのも、すべて自分とパートナーで決める。
だからこそ、そこには安心感があり、同時にドキドキもある。
リゾートは、人の本音が出やすい場所
リゾートに行くと、人は普段より正直になります。
何を楽しいと感じるのか。
どこでブレーキをかけるのか。
誰と、どんな距離感でいたいのか。
それが、自然と行動に出る。
だから、リゾートは物語の舞台としてとても魅力的です。
現実に存在していて、誰もが経験したことがあり、しかも非日常。
この条件がそろっている場所は、実はあまり多くありません。
わたしが「リゾート」という言葉に惹かれ続けている理由は、そこにあります。
まとめ
最後まで読んでいただきありがとうございます。
リゾートという言葉が持つ魅力は、単なる贅沢や現実逃避ではなく、「羽目を外していい」と許される空気にあるのだと思います。日常では抑えている感情や行動が、安心できる枠の中で解放される場所。
それが「リゾート」です。
『黒猫ランド』や『淫魔リゾートへようこそ』は、その解放の範囲を意図的に広げ、「どこまでなら楽しめるのか」「自分は何を選ぶのか」を問いかけるために生まれました。壊すためではなく、楽しむための非日常。その感覚を、物語として描いています。
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