つぶやきをふり返りめぐる季節をたどる
ここ note の街で、2歳の誕生日を迎えるまであとひと月ほどになりました。
先日さよならした「つぶやき」は句点や読点、改行も含めてぴったり140字におさめるパズルみたいな楽しみもありました。
週に1回ほどのんびり投稿して1年と11ヵ月、公開している記事は130くらいです。
数えてみたらその中のつぶやき記事は20ありました。
つぶやき機能が終了する週のタイムラインには、さまざまなつぶやきがいくつも、きらきらしながらつぶつぶと流れてきました。
お別れがちょっとさびしくて、自分がつぶやいた中から16記事をふり返ってみようと思います。
ひとつめのつぶやきは、
noteをはじめて半年後の春に。
イラストを載せようとはじめた note で、手探りで描いていたくまの絵を見つけてかわいがってくださったnoterさんに紹介してもらったお礼がはじめてのつぶやき記事でした。
児童労働反対世界デーのつぶやき
記事にする時間がないとき、どうしても言いたいことはつぶやけばよいのだと気がついた頃。
LIVEに行って泣いた日のつぶやき
武道館のシンディー・ローパー、遊佐未森さんの野外以来、本当に久しぶりにLIVEへ。
友だちから借りたペンライトをひとりで振って、高まった気持ちはつぶやきになるのだとわかった日。
自分の言葉を深く受け取ってもらったとき、
誰もが自分の傷と向き合っているとわかる。
スキを送り、思いきってコメントをしたり、いただいたコメントにお返事を書く。
自分の絵と言葉が note の街で誰かのもとへ確かに届いていると感じた日。
顔も見知らぬ誰かなのに、記事を読み合い、文通のようなやりとりは不思議とあたたかいつながりばかりでした。
当たり前ではない、note で手に入れた宝物です。
絵本でつながるつぶやき、夏の青い本棚。
絵本が好きで、本棚の絵本に囲まれていると落ち着きます。
きっと子どものままの自分がまだ残っているのだと思います。
絵本でつながる note では、お気に入りの本が同じだと知るのがうれしくて、記事をきっかけに古い絵本を読み返すこともありました。
フォロワーのみなさまに、甘えてしまった日のつぶやき。
悲しくても誰にも言えなかった夜、note で虹の写真を3つも見たのです。
甘ったれたつぶやきなのに、たくさんのコメントをいただいて、その言葉を抱きしめて眠りました。
こんな風に礼儀正しくて、やさしくて、クールで魅力的なnoterの方々と出会えるとは思いもかけず、天使の気まぐれなのではないかとさえ感じます。
もしも note の街に天使がいるならば。
つぶやきも作品のつもりだった、
もうすぐnote1周年のお月さま。
驚くほど月がよく撮れたので、自然と言葉がうまれてつぶやくことにしました。
いつも記事は長くなりがちなのですが、つぶやきは短くても記事と同じように気持ちをこめた作品にしたいと考えていました。
もらったしあわせに気づくお別れのつぶやき
寂しいけれど出会えたことはしあわせだったのだという声が、note のあちこちで聞こえた気がしました。
絵本が絵本を呼ぶつぶやき、秋の赤い本棚。
自分の絵本の背表紙の色を揃えて並べる遊びをしたら、絵本つながりのnoterさんに紹介していただきました。
多くを語らなくても絵本好き同士は言葉ではないところでつながっているのではないかと思えるのです。
はじめて作ったカレンダーをお迎えいただき、かわい過ぎるあみぐるみちゃんのお写真に使用許可をお願いしたつぶやき。
秋を過ぎて、イラストカレンダーを作りました。
購入したよ!とお知らせをいただくとうれしくてありがとう!とつぶやきました。
うちのくまそっくりのあみぐるみちゃんを発見。
かわい過ぎて胸がぎゅっとなりました。
いちごパフェと大晦日のご挨拶のつぶやき
年賀状は印刷しなくなったのに、年末のご挨拶のつぶやきのために食べ納めのパフェを真剣に撮影しました。
noteから100記事目のお知らせが来た日のつぶやき
各駅電車しか停まらない駅にある自家焙煎の小さなお店には、父の木版画展があるといつも訪れます。
隠れ家にしたいカフェ。
はじっこでくつろいでいたいのです、note の街でも。
咲く花を見てつぶやきたくなった春
お花見に行きたくても時間がなくて、それでもnote を開いてみたら満開の桜がいっぱいでした。
写真に見惚れ、いつかこの場所に行こうと力づけられた春でした。
末っ子が卒業式で花束を持ち帰ってきた日のつぶやき
懐かしい学ランのボタンは大事にしまってあります。
彼がこんなに花束を抱える日が来るなんて。
思いがあふれるとつぶやきたくなるものです。
イースターのうさぎのつぶやき
季節の行事を大切にしたくて、うちの中でうさぎを探してつぶやきました。
そうして追いつけないくらいの速さで季節はすすんでゆくのでした。
最後のつぶやきは飛行機雲
つぶやき機能がなくなるとのお知らせを読んで、これで終わりかもしれないと思って書きました。
それからあとふた月、つぶやくことはできたのですが、結局これが最後になりました。
✳︎
ふり返ってみた自分のつぶやきをひとことで表すと「ありがとう」になると思いました。
いろいろな記事を読みながら note の街をのんびり散歩する夜があり、毎回どきどきしながら指で抑えるよう投稿ボタンをタップする夜があります。
いつ届くかわからないカードのようなコメントを受け取ると、ずいぶん大人になったのにまだ知らない感情を抱いていそいそと返事を書きます。
こんな日々を送れているのは、note の中のやさしさでできている部分に包まれているからなのでしょうか。
くじにも抽選にもちっとも当たらない分、note で幸運を使っているのかもしれません。
みなさまの過ごす note の街が、どうかいつもいつまでも、クリエイターのためのクリエイターによる、自由でやさしい世界であらんことを。
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
思いのカケラが届きますように。