彦坂尚嘉個展&その他ちょっと前にみたやつ
というのを見に行ったのでそのまとめ
ついでにまとめてなかったやつを自分の備忘録的にまとめるっす
彦坂尚嘉個展「PWP: Practice by Wood Painting」
ミサシンギャラリーで絶賛開催中!!
まだぜんぜん間に合う!
2023年10月14日(土)–11月25日(土)
開廊時間:火−土(日月祝休)12:00-19:00
オープニングレセプション:2023年10月14日(土)16:00-19:00
トーク:11月4(土)16:00-17:00 富井玲子(美術史家)事前予約不要
残念だが富井玲子氏の講演は終了済である
尚、わい氏は行った模様
例によってこっからすべて文中敬称略
ミサシンギャラリーへの道のり
大使館エリアにあってすれ違う子供の人種的多様性が高けえ地域
で、ここを攻めるとなるとルートは3つなんだが、たぶんどっから行ってもけっこうな坂になる
自分的には白金高輪から攻略した方がラクだったが、麻布十番から行ったことないのでそっちのがいいのかもしんない

ステートメントは公式参照
めっちゃしっかりしたステートメントなので公式よんでplz
ただ、一応GPT4君の要約も載せとく
彦坂尚嘉の個展「PWP: Practice by Wood Painting」では、1970年代以降の日本のコンセプチュアリズムを主導した彦坂の作品が展示されます。彼は美術表現の制度を根本から問い直し、絵画の可能性を絵画的でない手法で追求しました。展示される「プラクティス・バイ・ウッド・ペインティング」シリーズは、カンバスの代わりに木を支持体とし、アクリル絵具で覆った作品で、「ポスト絵画の絵画」としての実験を展開しています。1980年代から1990年代の作品12点が紹介され、ミニマルなフォルムと色調、異なる形状の支持体上の透明絵具による多彩な表皮やフラクタルな形が特徴的な抽象画が展示されます。
作家、そしてもの派と美共闘REVOLUTION
彦坂尚嘉 Hikosaka Naoyoshi
1946年、東京生まれ。美術表現の制度そのものを根元から問い直し70年代以降の日本のコンセプチュアル・アートを主導したアーティストの一人。1967年多摩美術大学油彩科に入学、1969年に堀浩哉らとともに「美術家共闘会議」を結成。1999年「Global Conceptualism: Points of Origin, 1950s-1980s」クイーンズ美術館(ニューヨーク)他アメリカ国内3カ所巡回、2001年「CENTURY CITY」テートモダン(ロンドン)、2007年「Art, Anti-Art, Non-Art: Experimentations in the Public Sphere in Postwar Japan, 1950-1970」Getty Center, Research Institute (ロサンジェルス)、2013年「あいちトリエンナーレ」愛知県立美術館、2015年「Re:play 1972/2015―『映像表現’72』」東京国立近代美術館など国内外の展覧会に参加。
という作家である
美共闘(美術家共闘会議)の中心人物としてしられているが、美術史では(というか千葉成夫は)後継団体の「美共闘REVOLUTION」(以下、美共闘R)を重視する
なんでかを説明するとすげえ長くなるが、、、
もの派がぶいぶい言ってた70年代初頭、彦坂たちは正面からそれに反論したほぼ唯一の存在だった点
で、論理だけじゃなく美術的実践でやったのが美共闘REVOLUTION
もの派(李禹煥など)vs日本概念派(松澤宥など)って状況
→これは「制作の喪失」の両極だってのが千葉解釈。ものしかない!が李で、オブジェなんかいらんわ!が松澤彦坂らはこの問題について、そもそも「美術という制度」自体を疑うところから始めてるので意義がある
ってことなんす、たぶん

この「美術という制度」(=美術の根源的な制度性)ってのは、「美術にまつわる制度」じゃなくて

たとえばパープルームがかかげる「反美大」とか、そもそも最初に美共闘が多摩美封鎖中にいろいろ考えてたことが後者
一方で美共闘Rが問題にしたのは「いやそもそも俺たちが絵描いたり制作したりしてるけどそれ自体がいろんな制度で担保されてるものであって、まずれそれを打破しないといけないんじゃね?」っていう根源的ひっくり返しである
たとえば壁に対して垂直に掛かってる支持体とか、遠近法(透視図法)とか、あとは作品を目的とした制作行為(ポイエーシスからプラークシスへ)とか、そういうことを疑ってくってことだ
この辺のことは富井玲子の公演動画があるので興味ある人はみてもらえばよいと思う ノーカットなので長いが!
展示風景など
作品名メモってないので写真だけのストロングスタイル


入口横にあったこの2作品!
どうみても海だが、この作家がかつて発表した(今風にいうなら)写真のインスターレーション「アップライト・シー」を連想させる作品になってる
日本は四方を海に囲まれてるので、それが立ち上る壁のようになってる、というイメージを部屋にぐるって海の写真貼ったので表現した作品だった
引き続きテーマが連続してるのを感じられると興味深い

どうみても関係してる3つの作品
「買うならこれやな!」(by富井)という話だった
「マジで? いまいちピンとこないんすが」みたいなこと聞いたらいろいろ説明してくれたんだが、まずこの1作ですべてが入ってるということだった
木目が透けて見えてる
→これは一貫してPWPで行われてて自分もわかった横に入ってる線が575のプラクティスの反復である点
→これは気づかんかった
あと横に作品名が入ってて、それがなんか意味あるという話だったが忘れちまった・・・(すまん


自分的にはこれが好きだったっすね
透明性がはっきりでてて




講演で触れられてるフラクタルなパターンってやつがはっきりでている(もう1作品こういうのあったんだけど取り損ねてる

かんそう&まさかの峯村敏明
この70年代の彦坂の活躍についてはまだまだ書くべきことがあるがとりあえずこんなもんです!
また講演会中に和服着たすごいでかい人が遅れてやってきて、なんか偉い人だろうなと思ってたら峯村敏明だった!
うおおお70年代の美手帖の読者投稿欄でめっちゃ藤枝晃雄(尾崎信一郎が書いてて熱いので追悼文で)と罵りあってた峯村先生じゃんか!
せっかくなんで講演会後に話聞いたんだけど、やっぱ藤枝との論争から聞いてみたところ「議論は生産的じゃなかったけど、藤枝は嫌いじゃない」とのこと。なんでかっていうと「言いっぱなしのヤツは嫌いだけど、彼はちゃんと応答してたから」ってことらしい
当時の思い出として、彦坂の「五十一音のプラクティス」(っていう作品があった)については文字の方にいってもそっからは何も返ってこないんじゃないかと危惧していたそうだ
→まあ、あのころ林剛の「犬」に代表される文字ベースの作品多かった印象あるのでその流れだと自分は思ってた(柏原えつとむもやってた気がするけど見つからんかった)
正直、最近の作家でもやってる人(年号書いてる人とか)いるけど、50年前と同じってどうなんだぜ感ある・・・
また今回展示されてたものは峯村も初めてみるものらしく、その点を富井に尋ねていたが、(講演でも語られてるが)今回ならんでる作品は彦坂の自宅に残されてたもので、逆にいうと昔、東京画廊(の山本孝)がピックアップしなかったものっていうことだった
おそらくPWPのド本流みたいな作品が当時の画廊にならび、今回出品されてるような根底では同じなんだけどちょっと外れた作品は売れないってことでスルーされたのかもしれない
そのおかげでというか、美術館や昔の展評でみたものより、今回のやつのほうがずっとよく見えた
ちなサインももろたで!!

アートウィーク東京「平衡世界 日本のアート、戦後から今日まで」(会期終了)
保坂健二朗キュレーションというやつで、大倉集古館で3日間だけやってたので急いでいった
で、いきなり感想なんだが、なんつーか変な展示だった
3日しかやらないのにものすごい豪華な冊子
大倉集古館はいつもこうなのかもしんないが、ほぼフルカラーの冊子がついててビビった これなら2200円でもやむを得ないという気がするが、入館料下げて、こっちを800円とかで売って欲しい展示作品が全部買える
イッツ・アートフェアって感じだが、ぜんぶ画廊からの借り物だった冊子は豪華だが内容が薄い
カラー写真載ってんだけど、なんでこの作家がここにいるのか、みたいなのがまったくわからない。もちろん、展示側にもそういう説明一切ない。いったいどうしたいん?展示の区分が謎い
キュレーターの解説がもっとあればわかったかもしんないけど、ぜんぜんわからん・・・
展示風景
気になったものだけピック

後にプライマル・ストラクチャーの時代に抽象彫刻へたどり着く堀内正和の57年の作品
やっぱ時代なのかアンソニー・カロの影響がはっきりある

具体に所属してバリバリやってた女性
関東には「とりあえず田中敦子出しとけ」みたいな風潮が見え隠れしてる
それだけで「具体」・「女性作家」・「地方」で3翻つく
関東でももっと山崎、今中あたりを取り上げてほしい

こういう絵も描いてたんだ、ってなる1枚
よく見ると背景というか、この花の周り描かれてるのは非実在的な何かであり作家の個性が光る
桂の代表的作品については以下の記事にもある

当時の展評でみた記憶のある作品でテンションあがった!
70年代のあれこれを乗り越えてきた立体作品で、この時代は宮脇愛子もそうだが、空間を金属的な線で横断する作品が多く試みられていた

デザイナーとしても活躍してた岡本の作品
当時(50年代末~65年反芸術くらい)の流れの中でみると、岡本作品はなんか弱くみえ、そんなに高く評価できなかった
が、あらためて「現代」でこうやって岡本作品みると「意外と悪く無いのでは?」ってなるのがやべえ
確かに65年頃の絵画の世界は、ゾンビと恐竜がばっこしてたようなもんだから、場違いだったのかもしんない
岡本の作品はもっと絵画が弱くなってから見ると映えるような気がする

千葉成夫によると「真正もの派」に入る菅の作品
これも当時の展評で見たことがある。なおほぼ同じ時代に小清水漸はテーブルを作ってと思う
もの派の作品にしてはかなりコンパクトで保管しやすそうではある

会田誠の弁当もいっぱいあったで!!!
ミン・ウォン個展「宇宙歌劇」@オオタファインアーツ(会期終了)
例によってピラミデビルに行ったときについでにみたやつ
正直すげえよかったので、もっとちゃんと紹介すればよかったと後悔しとる
ちな、ピラミデビルについては以下で紹介してるのでそっち参照
まじで宇宙歌劇だった件
ステートメントあとで読んだ方楽しい思うので先に展示風景やってく

この外観からして期待が高まる!
横にインターフォンあって、それを押すと係の人が出てきて入れる、という仕組み
オオタファインアーツはかならず芳名帳に名前書かせるので、それを自動的にここで処理しちゃう仕組みだ 賢い

というわけで暗室になったギャラリー内に入ると、これが上映されてる
けっこう長かったと思うが、ちゃんと最後まで見れた(すごい
みた感じとしては、自分の民族と現代化、西洋化とのはざまで起きるアイデンティティの問題、また演劇という形式を再現してる通り、西洋文明風の人間を「演じている」ような気分を表してるのか、と思った
作中、時間が巻き戻るとか二重化されるような表現も多く、それがどういうことなのかはよくわかってない





という感じで作品のパネルが周囲を埋め尽くす特異な空間となっとったです
ステートメント
立派なステートメントがあるのでそれは公式見てほしい
ここでは一応GPT君にまとめてもらった版を載せておく
シンガポール出身でベルリンを拠点とするアーティスト、ミン・ウォンの作品がオオタファインアーツ東京での2度目の個展で披露されます。広東オペラ(京劇)とSFを融合させた作品群は、映像、写真、コラージュを通じて、文化やアイデンティティ、ジェンダーの概念を探求します。象徴的な「Wayang Spaceship」インスタレーションでは、伝統と現代が交錯するシンガポールの歴史を宇宙船に見立てたステージで表現。また、「Astro Girl」写真作品や新しいコラージュプリントシリーズでは、京劇のアリアや古典的な中国のドローイングにSF的要素を組み合わせ、過去と未来、現実と想像の境界を探ります。
で、ついでにどんな意図がありそうかGPT君に聞いてみた結果が以下となる
ミン・ウォンの作品は、彼女の文化的背景と、グローバルなポップカルチャーへの洞察を反映しています。彼女の意図は複数の要素を包含していると考えられます:
1.文化的アイデンティティの探求: ウォンはシンガポールの文化的アイデンティティを、歴史的な広東オペラ(京劇)と現代のSFを組み合わせることで探っています。京劇は中華圏の人々にとっての伝統的な表現であり、SFは未来のビジョンを象徴しています。この二つを融合させることで、彼女は過去と未来、伝統と革新の対話を作り出し、文化的アイデンティティに関する新しい理解を提示しようとしています。
2.時空を超えた物語性の探求: ウォンの作品には、時空を超えた旅がしばしば登場します。これは、文化が国境や時間を越えてどのように伝播し、変化していくかを探るものであり、同時にジェンダーの固定観念を超えた表現を試みています。
3.社会構造への批評: 彼女の作品は、映画言語やポピュラーカルチャーを通じて、社会構造や権力関係を探り、これらのテーマを視覚芸術に取り入れることで、観る者に対する洞察力と批評精神を促しています。
4.テクノロジーと文化の相互作用の探求: ウォンの「Wayang Spaceship」などの作品は、テクノロジーが文化や社会に与える影響を示唆しています。彼女は現代のテクノロジーを利用し、新しい文化的表現を創造しています。
5.多文化的レイヤーの表現: 彼女のコラージュプリントは、異なる文化的要素の重層性を強調しており、シンガポールのような多文化的な国での生活の複雑さと豊かさを体現しています。
ウォンの作品は、これらのテーマを視覚的に魅力的で思索を促す方法で探求しており、観る者に対して、文化、アイデンティティ、そして表現の多様性について考えるきっかけを提供しています。
だいたい自分が見た時の感想とおんなじような感じだ
ただ、「演じる」について言及がないので、ここは直接みないとわからんとこかもしんない
こういったフィルム、ビデオ作品はなんか東南アジアで盛んなような気がするんだけど、気のせいなんかな・・・
まえに小山登美夫ギャラリーでみたクゥワイ・サムナンとかもこういう形式だった
松谷武判個展「Matsutani Hardedge 1970’s」(会期終了)

だいぶ前だがぜひ見たかった展示!
MOT展のまとめが大変だったのでこっちを記事にしなかった事情あるが、かなり参考になる展示だったので適当にまとめておく
ちな、場所はピラミデビルである
ステートメント
松谷武判
Matsutani Hardedge 1970’s
2023.9.22 - 10.21
1937 年大阪生まれ、パリを拠点に制作活動中。1960 年具体美術展に初出展したのち、木工用ボンドを用いた抽象絵画作品を吉原治良に認められ、1963 年、具体美術協会会員となる。1966 年フランス政府留学生選抜第1 回毎日美術コンクールでグランプリを受賞し渡仏。以降、平面、立体、パフォーマンスなど多彩な作品を発表し続けている。国内では西宮市大谷記念美術館や神奈川県立近代美術館などで個展を開催。近年はパリのポンピドゥー・センター国立近代美術館に作品が収蔵されたほか、2017 年のヴェニスビエンナーレではセントラルパヴィリオンの企画展「Viva Arte Viva」に参加するなど国際的な活躍でさらなる注目を集めている。
1966年に渡仏した松谷は1967年、Stanley William Hayterの主宰するAtelier17で助手として働きながら銅版画やシルクスクリーンでの制作を行う。1950年にNYからパリへ拠点を移したHayterのアトリエは国際的なアーティストの交流の場となっており、ルイーズ・ブルジョア、サルバドール・ダリ、マックス・エルンスト、ジョアン・ミロ、ジョーン・ミッチェル等の制作にも影響を与える存在であった。30歳になったばかりの松谷にとってそこは様々な芸術活動の実験的実践を目撃する刺激的な場所であり、アメリカのミニマリスム、とりわけエルスワース・ケリーに大きな影響を受けたという。1970年代には短期間ではあるものの松谷はNYで暮らし、そこでも当時NY界隈の画廊で全盛期を誇っていたHard edge paintingを目にすることになる。これまでも取り組んできた有機的な形態への探求にこれらの新たな刺激が加わり、色彩豊かな色面構成と即興性や偶然性を排除した緻密な構図のバランスを特徴とする松谷の「ハードエッジ」絵画はこのようにして生まれたのである。
TARO NASUでの初めての個展となる今回は、1960年代から1970年代にかけて松谷が精力的に取り組んだ「ハードエッジ」シリーズのペインティングを中心に、近作を含む約20点の作品を展示し、その後の作品群へと続く作家の思考の展開を読み解くことを試みる。
ちと長いのでまとめると
具体美術協会の人
木工用ボンドを用いた抽象絵画作品をやってた
渡仏、Atelier17で銅版画やシルクスクリーンでの制作
70年代には短期間NYで暮らし、Hard edge paintingを目にする
という感じだ
ハードエッジペインティングは66年のベネチアくらいからアメリカを中心に全盛となる様式で、代表的作家にエルスワース・ケリーがいる
ケリーは写真もやってて、それが絵画と一貫してるという指摘
加藤豪氏@_5925263769112との対話で知ったエルズワース・ケリーの写真。たしかに一貫している。魅力的。 pic.twitter.com/eQaKv5yJfs
— Yudai Deguchi (@nas740) October 18, 2023
ちなみに自分はエル「ズ」ワースと書いてんだが、ステートメントではエル「ス」ワースなのでそっちにならっておく
で、それがどう松谷と関係するのかという話だが、とりあえずボンドを使った作品がどんな風に制作されてたのかは他のギャラリーの記事だがこれみてもらうとわかるはず
展示風景とか
あんまりちゃんと写真撮ってないので適当である
例によってキャプションもメモってない・・・







かんそうなど
めっちゃきれいな作品が多かった
一方でケリーとかと比較するとあっちが強烈な発色でフォルムをみせるものなのに対し、松谷の場合はそれとはぜんぜん違っている
何しろちゃんと「四角い」
で、これはギャラリーの人から教えてもらったんだが、そもそも松谷はハードエッジをやろうと思ってこうなったわけではないらしい(だろうな
ヨーロッパで版画やってるときに、たまたま昔のボンドの作品を見せたら「おもろいやんけ」ってなり、なら勉強した版画でやってみるか → 松谷的ハードエッジ爆誕 だという
なので「すべてつながってる」と松谷は述懐してるそうで、めっちゃいい話だと思ったっすね
あと、モチーフの話も聞いたんだけど、これは忘れてしまった(まじでよくない
ちなみに松谷はもともと日本画やっていたそうで、そういうのがハードエッジをやるときに役立ってるか、みたいな話もギャラリーの人は聞いたことあるそうなんだけど、「どっちも延長線上にあるもんじゃない」という意見だったそうだ(つまり無関係っとこと
アンフォルメルとかハードエッジとか、日本の伝統絵画の特性が活かせる!みたいにいう批評家もいたが、まあやる方としてみればそんなうわべの話されても困るってことなんだと思う
・・・という感じで終わる
