絵画
あまりにも贅沢な絵画だった。
朝日が照りつける中で深く大きく息を吸った。空気が美味しいとか、どうだとかは解らないがきっとこれが美味しい空気なんだろう。
ズボンの右ポケットにしのばせた携帯電話の重さだけをずっしりと感じる。
私はこの道が好きだ。大きなカーブを描いた下り坂だ。道の両端には立ち並ぶ一軒家がどんどん奥に小さく見える。
そのまた先には、朝日の反射だろうか白く光る小さな波が見えた。目をわざとらしく細めるとキラキラと揺れる細やかな波を映し出してくれた。
下り坂から見下ろし、私の前を追い越して進む車、人々がそのキラキラへ飲み込まれていく様に見えた。どんどん頭が見えなくなっていく姿をただ突っ立って見下ろしていた。なんて贅沢な揺れる絵画なのだろう。
私はふとポケットの重さに嫌気が差してしまい、坂を下らずに右へとつま先を向けて進んだ。細い道にはバランスが悪く似合わないクリーニング屋の旗が私の顔を優しく撫でた。
これくらいがちょうど良いのかもしれない。
私がこのことに気づく日は来たのだろうかと今も思い出してしまう。もし私が下り坂を進もうが、あのキラキラには辿り着けないのだから。
坂の最終地点とあの波までの道のりは私には見えなかった。ただ、美しかった。
一本道の絵画は、あまりにも贅沢すぎるのだから。
