安藤君はこの子達の面倒を見てね
都内にある、学問に力を入れているこの区でおそらく唯一、全学年1クラスしかない小学校に通っていた。
男子20人女子15人くらいの、40人弱でその6年間を過ごした。
もっと細かく分けると、男子のうち約5人、女子のうち約4人、いじめっ子がいた。初っ端から異様な負の空気感が滲み出ている特徴的なクラスで過ごした。
そしてこのクラスにはもう1つ大きな事情があった。
発達障害を抱えている子が男女計約5人いた。
これからそのクラスについて書くけれど、決してハッピーエンドが待ってるわけでもなければ綺麗な話でもない。
いち早く高齢化が進み、大人が最も偉い世界でのあまりにも長すぎる6年間の話。
「安藤君はこの子達の面倒を見てね」
小学1年生の時、校外学習の前日に若い女性の担任の先生から突然言われた。
学校を出発してから帰るまで、障がいを持っている子たちのグループの行動を管理するように頼まれた。
1クラスしかなく、副担任はいない、特別支援学級もない。そもそもこの地区では児童数の偏在と教員の不足は問題になっていたんだと思う。故に、こんな破茶滅茶なクラス構成は大人だけでは人足らず、割りかししっかりめな方であった俺が彼らとその日は1日過ごすことになった。
後からわかったことだが、このやり方はその先生独自のものではなく学校の方針だった。
つまりこの「障がいを持った子達の行動管理」というものが6年生までの間ほとんど続いた。川に落ちないように、山で転ばないように、車に轢かれないように、誤って虫を食べないように。
校外学習はもちろん、授業中もいつも彼らを気にかけるようになった。
大人の言うことは絶対に守るべきであったため、役割を全うした。大事故になってもおかしくない状況でも何とか彼らを守り抜いた。
昔の話だから覚えていないこともあるけれど、大変だった。でも、ずっと一緒にいたから彼らとは結構仲良くなった。意思疎通できないことが多かったけれど、笑って話したことは何度もあった。
記載が漏れていたが、何よりも大切な役割があと1つあった。
"彼らを、クラスメイトからいじめられないようにしてほしい"
昆虫が大好きだったサトシの話をする。
学習障害を持っている彼は入学してから、いつもからかわれていた。何か失敗すれば笑われ、うまく行った時はシカトされていた。
たとえば小学5年生の時、自由研究で彼は珍しい昆虫の絵を何種類も描いて1つの図鑑を作った。
夏休みが明けた時にみんなの自由研究の資料が展示されてクラスのみんなで見合った際、彼の作品は笑われた。
「絵が下手クソ」
「こんなの研究じゃない」
「そもそも趣味が悪い」
図鑑は彼らの言葉と落書きによって汚された。
サトシは泣きそうな目で、笑っていた。
俺からしたら立派な研究だった。知らない世界の興味深い絵がいくつもあって本当に感心した。心底腹が立ってそいつらを許すことができなかった。
こんな風に、大きな輪を作って弱者の努力を嘲笑うようなことが何度も何度も何度も何度もあった。彼らのことを守りたかった。それが俺の役割だったから。
こういったことが起きた時に俺がとる行動はいつも1つ。
傍観。
加害と同等であるそれをいつも犯していた。理由は単純で、標的にされたくなかった。そしてそもそもこういうのは先生が何とかしてくれ、ここまで俺に押し付けるのはやめてくれと思っていた。ただそれは大人からもらった"課題"がある俺にとってはあまりにも都合が良すぎる意見だった。自然、火元、調理、車からしか彼らを守れなかった。
小学生の俺には彼らの全てを守り切るその義務も責任も元々はない。
ただ、"何かに負けたんだな"という感覚が鈍器となり、140センチの体の内側にある小さくて大きい、柔らかくて硬い心に鈍い音が都度響いた。その"何か"の正体は後に中学、高校、大学になるにつれて少しずつ見えてきて、27歳になった今ようやくクリアになり始めているせいで、歳を重ねるごとに苦しくなっていく。
結局6年生の秋頃に俺は別件で標的になった。上履きに画鋲を入れられた翌日に仕返しでバナナを買って学校へ行き、剥いて彼らの上履きに詰め込んだことでこいつはやめとこうみたいになってそのままクラスのいじめは終わった。
それからはインフルエンザの流行による学級閉鎖、東日本大震災などの有事により、クラスのみんなとはあまり会わずにあっという間に卒業した。
あれから今年で15年が経った。
地元のパパスに寄ったらサトシがバイトをしていた。小さな声で、要領が悪そうな動きで、汗だくで一生懸命働いていた。
嬉しくなって声をかけた。
「安藤だよー、久しぶり。」
彼は俺のことを、もう覚えていなかった。
少し悲しかったけれどそれは一瞬で、よく考えたら俺のことを覚えているかなんてどうだっていい。彼らに今、少しでも幸せな時間があればよかった。
今だって胸が痛い。
人間は誰しも平等であるべきだが公平ではない。障がいを持っている彼らだけでなく、いじめっ子もその精神に辿り着いた環境があるなら一種の被害者だとも俺は思っている。見えやすい見えにくいの違いはあるが、みんな平等にハンデが与えられた上で、不公平な社会が待ち受けているんだと思う。
話が逸れた上につまらない持論を並べてしまってごめんなさい。
苦労話のように感じさせてしまったかもしれないけれど俺はあの時間は決して嫌いではなかったし、彼らのことは大好きだ。
無責任で烏滸がましいと思うけど、あなた達の尺度でこれからも笑ってくれたらいい。昔みたいに笑って話せる日は多分もう来ないけれど、あなた達の幸せをいつだって祈っています。
負けないでね。
※人物名は仮名です。
