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妻のお荷物

妻の前世は、ピラミッド建設の功労者に違いない。

私の寝室に引っ越し用ダンボールが日に日に積まれていく。後付けの壁収納とシングルベッドを除けば六畳一間の寝室には何もなかった。何もなかったからこそ、ダンボールは積まれていくのだろう。断捨離を同時並行で進めている妻のお眼鏡に叶い、生き残った物たちの安息地。

この寝室で眠りにつく私もまた妻のお荷物だ。

ダンボールに詰められていないということは、私はまだ選別前という認識でいる。ダンボールに詰められた荷物は次なる拠点の新居へ入ることを許された。

結婚3年目の私は今でも妻のお眼鏡に叶うだろうか。


3年前、妻は北陸移住して間もない私を結婚相手に選んだ。

妻はアプリがダメだったら結婚相談所に行くつもりだったらしい。結婚間近だった元彼と破局したのち、意を決して婚活を始めた。最初の電話で理路整然と自身のことを語った。「他にも何人かと連絡していて平等に検討してます」と正直に言われて、私は面接会場に迷い込んだ気分になった。

結婚相手に関しては「逃げない覚悟がある人がいいです」と言い切る。面接会場がピリつく。妻の圧迫面接に他の男はどのように切り抜けているのだろうか。振り切った態度が面白くて、私は妻のことが気に入り毎日電話をするようになった。


初対面は魚河岸の一角にある小さな古びた食堂。駐車場がわからず窓全開の車でウロウロしていたら妻が駆け寄ってきて案内してくれた。私がモタモタしていたので開店直後一巡目のお客さんで店内はいっぱいになってしまった。

順番待ちの列に夏の日差しが照りつける。妻は持っていた日傘をさした。用意周到だ。第一印象はしっかり者の長女。実際、妻は長女だし、私は次男だからか自然と馬があった。

店内の壁にかけられた木札を見てふたりで海鮮丼を注文した。北陸の海鮮は美味しいはずなのに、あまり記憶に残っていないということは緊張していたのかもしれない。食べ終わった後、私は妻をドライブに誘った。

そして断られた。

北陸で初めて迎えた夏。私が買った中古車のエアコンは壊れていた。試乗した時、売り手のおっちゃんが「冷たい空気出てますね」と言っていたのは、冬の外気だった。夏場は窓を全開にして走り抜ける。時々、送風口からトンボが入ってくるがご愛嬌。私はそれを自然のエアコンと呼んでいた。ユーモア満載の乗り物だが虫嫌いの妻が乗るはずもない。

お言葉に甘えて妻の運転で港の展望デッキやカフェを巡った。車社会に慣れていて土地勘のある妻にエスコートしてもらったのは正解だったと思う。一度も迷うことはなかった。

スムーズな初対面の帰り際、薄暗い立体駐車場で助手席に座る私は、妻にプロポーズされた。おしゃれな夜景などはなく、光っているのはどこにでもあるような白い蛍光灯。もちろん赤い薔薇も婚約指輪もない。適切な交際期間を経てということもなく、アプリで知り合って二週間。私が妻にしたことといえば、毎日の電話と少食な妻が残した海鮮丼を食べたことぐらいだ。


妻は私のユーモアを気に入ってくれていると思う。自分でユーモアというのもなんだが、自分なりに面白おかしく生きてきた。私は合理的に検討したり深刻に悩むよりも、サクッと面白くなりそうな道を選ぶ。

車の冷房が壊れていても窓を全開にすれば涼しげなオープンカーだし、都内IT系の仕事に飽きていた私は真逆の地方農家に転職したら何を感じるだろうかと興味本位で北陸移住した。

逆プロポーズなんて面白い。即答で引き受けた。直感で面白くなりそうな道をバカみたく大股で歩くのが私だ。


一方の妻は策士だ。

目的や理由を明確に計画を立ててコツコツ努力する。妻の成すことひとつひとつには目的があって、力強く一本道を歩んできた人だ。マッチングアプリでの圧迫面接も初対面でプロポーズするのもいかがなものかと思うが、妻の中では計画的に進んでいるのだと思う。

妻は国家資格を持っている。

精神科の作業療法士として、精神異常と診断された患者や認知症患者のリハビリを職務としている。妻が医療職を目指したのは高校生の頃。母方の祖父母がどちらも全盲で、祖父はさらに認知症を患った。妻は祖父母と関わるうちに精神的なことに興味を持つようになり、高校生で自分の将来を決定し揺るぎなく医療の道へ進んだ。

初めて資格証を見せてもらった時、私はその威厳に圧倒された。高校生から継続した努力が顕現している神々しい持ち物だ。そして、この資格証のおかげで家を建てられたという意味でも神々しい。

私は住宅ローンの事前審査に落ちた。

今は年収や勤めている会社の情報を入力するだけで簡単にWebで事前審査ができる。私の入力した農事組合法人と年収では信用に足らなかった。結果はメールで届いたが、お祈りメールなんて就活の不採用通知だけだと思っていたぞ。

昨今、ペアローンを組む夫婦も多い。共働きで2本ローンを組んで夫婦で返していく。私の場合は単独で借りられないのでもちろんできない。だから妻との収入合算で1本のローンを組み、なんとかマイホームを建てられた。私がマイホームというのも厚かましい。妻の信用を使ってローンを組んだに過ぎない。

私は男としての存在意義を示すために、妻に「田んぼで力を出すと書いて男と読む」と力説した。日々、田んぼで力を出している私こそ真の男。妻の笑顔が心にしみる。

この時、私は「妻のお荷物になる覚悟」を決めた。妻は結婚相手に対して「逃げない覚悟」を求めたが、私は引きづられていく所存だ。逃げも隠れもしないし、多少の傷は厭わない。

妻は策士で力強く一本道を歩む人だから、お荷物として引きずられる私も必然的に一本道を行くことになる。実際、北陸移住してからたったの3年で、結婚に子供に家と大人の定番パターンを踏襲できている。

このお荷物としての生存戦略は、妻に手放されない限り有効活用していきたい。


お荷物には取手が重要だ。

引越し用ダンボールに手をかけられる凹みがないのは中身を保護するためなのかもしれないが、やはり取手があった方が持ち上げやすい。

その原理で言えば妻のお荷物である私は社会的信用がないという深い深い凹みがあって、さぞ持ちやすかろう。

持ちつ持たれつ。弱みは助け合いのきっかけにしていくべきだ。お荷物といえど私にも出番はある。


妻の弱みは料理。

一人暮らしだった妻のキッチンには、賞味期限切れの調味料が多かった。「死にはしないから大丈夫」と妻は言う。賞味期限が切れても味が落ちるだけだから使う派。パン粉の賞味期限は二年前。同棲してすぐに妻が料理下手であることがわかった。

妻の調理動作は熟練の主婦さながらに見える。味噌汁のお湯を沸かしながら、蓮根の挟み焼きを用意して、レンチンでできるもやしの副菜なんかも作る。同時並行が苦手な私からすると手際の良さには感心する。挟み焼きは中火で焼くこと4分。

「え!!なんでぇ」

妻の料理は家庭科よりも理科に近い。スティックコーヒーのお湯もきっちり計量する人だから、中火で4分とレシピに書いてあったら、きっちり指定通りに焼く。レシピによっては焦げる。嘆いている間に味噌汁は吹きこぼれ、それぞれの料理は終着駅を目前にして緊急停車を余儀なくされる。また実験失敗か。

週二ぐらいの頻度で失敗作を笑いながら食べる。初めのうちは健気な妻を可愛らしく思っていたが、賞味期限云々とか関係なく死ぬんじゃないかと思って、帰宅後、妻より先にキッチンに立つようになった。


妻は半生を生きづらかったと語る。

他人との違いに思い悩んできたそうだ。 理由や目的を徹底的に追求するあまり、他人と衝突することが多かったらしい。マッチングアプリでの無差別圧迫面接事件がいい例だ。鋭い質問や正論をぶつけ、連絡していた他の男に「人間性で負けている気がする」とまで言わせたらしい。男が不憫でならない。この際、ぜひともアプリ内での圧迫面接は規約違反にしてほしいものだ。

レシピの文字通りに料理して焦がしてしまう姿も、この正論やルールを厳密に扱いすぎるという誠実さが裏目に出ている。妻は、人生に遊びや余白を作るのが少しだけ苦手なのだ。

だからこそ、私の出番がある。

私は思いつく限りのユーモラスなおふざけや戯言を仕掛け、妻の心に遊びや余白を持たせる。正論で凝り固まった妻の頭に、突飛なユーモアを吹き込み、堂々と社会的信用のない手を差し伸べては笑われる。

新居に向かうダンボールの山を眺めながら、私は思う。これからも妻のユーモラスなお荷物として引きずられていこう。



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