生成AI時代の創作活動:効率化と楽しさの新たな調和
近年、生成AIを活用した文章生成やコード自動生成が急速に普及し、作業効率が飛躍的に向上しています。これ自体は非常によいことですが、その一方で、私自身は、「創作の過程」で得られる従来の楽しさが失われたような気がしています。私自身の体験や考えを交えながら考察してみました。
生成AIによる効率化
文章作成では骨組みを入力するだけで完成文が生成され、チェックと修正だけで作業が完結するため、時間短縮という効率面では革命的な進歩です。読者の方の中にも、Noteの記事作成支援に生成AIを活用している方もいらっしゃると思います。
プログラミングも同様で、プログラマが「何をしたいか」を言葉で生成AIに伝えると、生成AIがコードを自動的に作成します。このような開発手法はVibeコーディングという呼ばれているようです。ちなみに、Vibeというのは「雰囲気」という意味です。
楽しさは?
では、「自分で書く」ことと、「生成AIが書いたものへのチェック・修正をすること」のどちらが楽しいでしょうか?
私にとっては「自分で書く」の方が圧倒的に楽しく、「生成AIが書いたものへのチェック・修正をすること」はどちらかというと楽しくありません。これは文章作成でもプログラミングでも同じです。(プログラミングについては最近はやる機会がないので、過去の体験に基づく意見です)
なぜ「自分で書く」方が私にとって楽しいかを考えてみました。
根本的に文章を紡ぐ過程で言葉を選ぶ緊張感や、コードを組み立てる試行錯誤を楽しく感じる。
現在の生成AIでは、必ずしも思った通りのもの(文章やコードなど)が生成されるとは限らないので、何度も試行錯誤した上でチェック・推敲しないといけないことがある。
バランスを探る
重要なのは、効率化と楽しさのバランスを見極めることかもしれません。より上流の作業(企画創出、アーキテクチャやシステム全体の設計など)に重点を重点を置いてそこで「楽しさ」を得つつ、より具体的な作業は生成AI+人間によるチェック・修正で「効率化」を目指すようなスタイルが良いのかもしれません。
このバランスのとり方を突き詰めていくと、「生成AIが更に進化・普及したときに、人間しかできないことは何か?人間はどうあるべきか?」という深淵な議論に行きつきそうです。
読者の皆さんはどうお考えですか?
AIの進化と人間の創造性の関係は、これからますます重要なテーマになるでしょう。効率化と楽しさのバランスについて、皆さんはどのようにお考えでしょうか? 今回の記事が、効率化と楽しさのバランスを考えるきっかけになれば幸いです。
