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石上神宮の神剣渡御祭(通称・でんでん祭)

石上神宮で毎年6月30日に執り行われる神剣渡御祭(しんけんとぎょさい)。
通称は、「でんでん祭」というかわいい名前。

神事の流れの説明は、以下に公式ページからのコピペを貼ります。

「境内末社の神田神社(こうだじんじゃ)に御神剣が渡御になり、神田神社の例祭を奉仕した後、神前に設けられた斎場にて田植の神事を行う祭で、明治以前には国宝の七支刀が御神剣の代りとして用いられていました。明治12年頃から中断しましたが、大正4年に御大典記念事業のひとつとして復興され現在に至っています。
渡御の行列が太鼓を「でんでん」と打ち鳴らしながら進むので「でんでん祭」とも呼ばれています。御田植神事では、作男(さくおとこ)・牛役と早乙女(さおとめ)2名とが、田おこしから田植までの農作業を模した所作を行います。
神事に用いた苗は害虫除け・疫病退散・除災招福の苗として参列の人々が取り合い持ち帰ります。」

この神事は神宮の持つ鉄の記憶、そして農耕儀礼が一体となった非常に興味深い歴史を持っています。
現在では神社行事の一つのような位置づけになってしまっていますが、この祭祀の特筆すべき点は、明治時代以前には現在使われている御神剣ではなく、国宝「七支刀(しちしとう)」が渡御していたという点にあります。

百済から献上されたと伝わるあの独特な形状を持つ鉄剣(七支刀)が、年に一度、本殿(当時は神庫)から出されて外の御旅所(神田神社)へと向かう。
これは、武器庫・神庫としての出自を持つ石上神宮において、「鉄の霊力」を土地に循環させる極めて重要な意味を持っていました。

この祭りは、本殿から境内末社である神田神社(こうだじんじゃ)へ御神剣が渡御し、その前で「御田植神事」を行うという、一見すると不思議な構造です。

これは、「鉄」自体が「神」や「神器」になる時代に始まった神事だと認識しなければ、いまいち理解できない事なのですが。

なぜ神剣が田に向かうのかというと石上神宮の強力な「力」の象徴、つまり鉄剣(七支刀)の「断ち切る力」が、ここでは「害虫除け」「疫病退散」「災厄を切り払う」という防衛的な力へと反転し、田を守護するという構造。

さて、通称「でんでん祭」の方ですが。
神剣が渡御する際、太鼓を「でんでん」と打ち鳴らしながら進むことから、地域では古くから「でんでん祭」として親しまれてきました。
太鼓の音は、雷鳴(=雨をもたらし稲を育てるもの)の擬音、あるいは邪気を払う音としての意味を内包しています。
雷神の絵なんかを思い浮かべると、「なぜ」雷神が太鼓を持っているのかがわかりますね。
雷神が打ち鳴らす太鼓=雷

パントマイムにも似た御田植の黙劇は見ていても面白いですから日が合えば行ってみるのも良いかもですね。
神田神社の前で行われる神事では、作男や牛に扮した人物、早乙女による田おこしから田植えまでの農作業を模した黙劇が行われます。
ここで使われた苗は、持ち帰ると最高の「魔除け・無病息災のお守り」になるとされ、かつては参列者による激しい奪い合いが見られたそうです。


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