ムヘイ降臨。#1──「割り箸をもらえなかっただけの話」
昼、腹が減った。
特別なことがあったわけじゃない。
ただ、腹が減ったからコンビニに行った。
いつものように、
なんとなく唐揚げ弁当を選んで、
「温めますか?」って聞かれて「はい」って答えて、
ピッて払って、袋を受け取って、車に戻った。
⸻
車の中で、
シートを倒して、
運転席で弁当を開けた。
温かい湯気が出てきた瞬間、
「あ、今日の選択、間違ってなかったな」と思った。
けど──割り箸が、入ってなかった。
⸻
え?と思って、袋を何度も確認した。
底も見たし、レシートも手をまさぐった。
でも、なかった。
完全に、忘れられてた。
⸻
それだけの話や。
それだけのはずやのに、
俺はすぐにはコンビニに戻れんかった。
⸻
別に、怒ってたわけやない。
クレームを入れるほどのことでもない。
でも、なんか、無理やった。
「すみません、箸が……」って、
もう一度、同じ店員に声をかけるのが、
何よりも難しかった。
⸻
1回出てきた俺が、また戻ってくるのが、
「変なやつ」みたいに見えそうで。
声のトーンとか、表情とか、
言い方間違えたら
“クレーマー風”になるんちゃうかって
いらん想像ばっかり働いてしもて。
⸻
結局、
車を走らせて、
5分先の別のコンビニに行った。
その店では何も買わずに、
割り箸だけ1膳くださいって言った。
なんとなく飲み物も手に取って、
「すみません」って笑って、
やっと箸を手に入れた。
⸻
車に戻って、
ちょっと冷めた弁当を食べた。
まぁうまかったけど、
どこか静かな敗北感が残った。
⸻
怒ってへんかった。
泣きたいほどでもなかった。
でも、しんどかった。
あの“戻れない感じ”が、
ずっと胸のどっかに張りついてた。
⸻
きっと、
誰に話すようなことでもない。
笑い話にするには地味やし、
深刻にするには小さすぎる。
でもあった。
たしかに今日、その感情は“在った”。
⸻
なんか名前が欲しかったから、
これもムヘイにしてええかなと思った。
⸻
今日、俺はムヘイやった。
割り箸ひとつで、
心が黙ってしまった日やった。
⸻
ムヘイ降臨。#1──完
無限ドロップ
