🌈虹の橋を架ける者たち 9

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9話 黒い裂け目ーまだ閉じていなかった
夜のオーロラランドは、深い静けさに包まれていた。
生命の樹の周囲を巡る風は、昼間の喧噪を拭い去り、すべてを吸い込むような静寂を生み出している。
再生を始めた世界は、まだ眠りの途中にあるかのように、その息遣いをどこか深く潜ませていた。
生命の樹の幹を流れる淡い光も、昼間よりはるかに淡く、まるで巨大な存在が目を閉じて「考え事」をしているようにも見えた。
三人は、生命の樹の根元から少し離れた平地に、小さな焚き火を囲んで円を作って座っていた。
焚き火の炎は、再生を始めた世界の中にあって、唯一、熱と動きを持つ焦点だった。
長く続いた沈黙を破ったのは、アルジェリーナだった。
彼女は膝を抱え込み、顎をその膝の上に載せている。
その声は、昼間の挑戦的なトーンを潜め、何か重いものを吐き出すかのように、小さかった。
「……あたいさ」
珍しく、語尾が力なく短い。
「ここに来る途中で、
見ちゃったんだよ」
レオンは、焚き火に薪をくべる手を、ゆっくりと止めた。
彼の縦に割れた瞳孔が、炎の揺らぎを捉えながら、静かに少女を促す。
「何をだ」
「空でも、地面でもない場所。
世界と世界の境界線が、滲んでるところ」
ホズミは、無意識に胸元の星図の石に触れた。
その石は、この世界を旅する中で、あらゆる異変と歪みを記録してきた、彼の羅針盤であり、知識の源だ。
「……それは、
“裂け目”ですか?」
アルジェリーナは、小さく頷いた。
その表情は、恐怖よりも、何か理解不能なものに触れてしまった戸惑いを宿している。
「真っ黒だった。
光を吸い込むみたいにさ。
昼間なのに、そこだけ夜みたいに色がなくて、吸い込まれそうで」
彼女は、その時の情景を思い出すかのように、目を閉じた。
「一番変だったのは、風。
周りの風は普通だったのに、
そこだけ……逆に流れてた」
レオンの目が、鋭く細まる。
彼の脳内で、その現象が意味する重大さが計算されていく。
「逆流する風……」

「……時の裂け目」
ホズミの声は、震えていなかった。
それは、彼の知識と経験が導き出した、あまりにも冷徹な確信だった。
しかし、その確信は重く、この場に静かな圧力をかけた。
「ねぇ、
“時の裂け目”ってさ」
アルジェリーナは、焚き火を見つめたまま言った。
その声は、まるで恐ろしい童話を読み上げているようだ。
「入ったら、
二度と、元の時間には戻れないやつ?」
「……可能性はある」
レオンが、ためらいなく答える。
彼の言葉には、曖昧な慰めはない。
それが、この場に必要な厳しさだった。
「ふーん」
アルジェリーナは、少しだけ唇を尖らせ、その答えを消化する。
「でも、
まだ生きてたよ、あれ」
その言葉が、二人の心臓を揺さぶった。
「……生きて、いた?」
ホズミは、驚きに息を呑んだ。
「うん。完全に閉じてない。
時間の傷が、まだ完全に塞がってないって感じ。
“残骸”みたいな感じだけどさ」
ホズミは、星図の石を握りしめた。
「……残骸が残っているなら、
そこから奥へ通じる“繋がり”も、残っているかもしれません」
レオンは、静かに腕を組み直した。
もう、話は「裂け目」の危険性ではない。
「その裂け目を利用するかどうか」という、決断の段階に移っている。
「お前は、
そこに近づいたのか」
とレオンが聞く。
「うん」
アルジェリーナは短く答える。
「……危ねぇ真似を」
レオンは低い声で、責めるよりも、その無謀さに呆れているようだった。
「だってさ」
アルジェリーナは、その背負った翼の存在を誇示するように、胸を張って顔を上げた。
「呼ばれたんだよ」
その瞬間、焚き火が、ぱちりと大きく弾けた。
「“来い”って…」
「……!」
ホズミは、小さく息を漏らした。
「声か」
レオンが問う。
「声っていうか……
風?」
アルジェリーナは少し考え込む。
「でもね、
嫌な感じじゃなかった。
攻撃的じゃなくて」
彼女は、焚き火の炎に顔を寄せる。
「助けて、って言ってた」
その言葉が響いた瞬間、ホズミの胸元の星図の石が、淡く、共鳴するように震えた。
「……エルダ様…」
ホズミは、目を閉じて、その震えを受け止める。
レオンは、ホズミを見る。
「確信か」
「はい」
ホズミの答えは、揺るぎない。
「時の裂け目は、
強い『願い』に引き寄せられます。
それが空間を歪ませる」
彼は言葉を続けた。
「そして、
強い後悔は――
時そのものを、歪ませる」
アルジェリーナは、膝を抱え、顎を乗せたまま、二人の理論に食いついた。
「じゃあさ」
「その裂け目って、
エルダの“失敗した時間”に
繋がってるってこと?」
「……可能性は、極めて高いです」
とホズミがアルジェリーナを見つめながら言う。
レオンは、長く、深く息を吐いた。
その溜息は、重い決断の前に訪れる、静かな覚悟の音だった。
「つまり」
レオンの瞳が、炎の色を映して輝く。
「俺たちは、
過去に行けるかもしれねぇ」
焚き火の炎が、まるでその言葉を試すかのように、一瞬、逆向きに揺れた。
「……そして、
行ったら最後」
レオンは、ゆっくりと、しかし確信を持って言いきった。
「今の世界が、
“同じ形”で残る保証はない」
深い沈黙が訪れた…
世界は、この三人の決断を待っている。
もし彼らが過去に干渉すれば、この、やっと戻り始めた再生の過程すら、存在しなくなるかもしれないのだ。
最初に沈黙を破ったのは、アルジェリーナだった。
「それでもさ」
彼女は立ち上がった。
その翼は畳まれたままだが、その姿には、既に飛翔するような決意が満ちている。
「あたいは、行きたい」
彼女の目は、焚き火ではなく、その先の闇を見据えていた。
真っ直ぐな、一点の曇りもない目。
「だって……
見ちゃったから…」
「見たまま、
知らなかった顔するの、
あたい、嫌いなんだ。
特に、それが『助けを求めている声』なら」
ホズミは、アルジェリーナを見上げ、そして微笑んだ。
彼の優しさは、弱さではない。
「……わたくしも、同じです」
レオンは、二人をじっと見比べた。
ヒョウモントカゲモドキとハリネズミ。
そして、飛ばない翼を持つ大鷲の少女。
種族も、サイズも、性質もバラバラだが、その瞳の奥にある炎は、完全に一致していた。
レオンは、やがて空を見上げた。
夜空には、かすかなオーロラの名残が揺らめいている。
「……風は、何て言ってる」
レオンは、アルジェリーナに問いかけた。
アルジェリーナは、目を閉じ、全身で大気の流れを捉える。
「“今しかない”って」
彼女の表情が、硬い決意に変わった。
「“閉じる前に来い”ってさ」
レオンは、静かに、しかし力強く頷いた。
「……決まりだな」
彼は立ち上がると、焚き火に最後の薪をくべた。
炎が、勢いよく燃え上がる。
その火は、
この世界に別れを告げ、過去へ向かうための、静かな合図のようだった。
大いなる決断をした3人。
これから、物語はどう進むのか…
わし(ムヒ)のnoteだけが知っている😁
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