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🟡黄の章:砂漠の伝承 ― 古代の知恵を授けるもの 3



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 第三章 旅立ちの試金石

 夜が明け、地平線から顔を出した太陽が、再び砂漠にその熱を注ぎ始めた。

 レオンとホズミは、ムヒから受け取った古びた地図を手に新たな旅路へと歩みを進めていた。

ムヒは、岩陰から二人の背中を、静かに見送っていた。

彼の口元には、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいたが、その瞳の奥には、彼らがこれから直面するであろう試練を、すべて見通しているかのような深い知恵が宿っていた。

「さあ、行け。
お前さんたちの誇りが、この砂漠の風と、どう響き合うか……
わしは、ここから見守っておる」

ムヒの言葉は、まるで、二人の旅立ちを祝福する古代の呪文のようだった。

 レオンとホズミは、砂漠の広大な海へと足を踏み入れた。
昼の砂漠は、こないだまで歩いてきた橙の断崖とは、全く異なる顔を見せていた。
熱を帯びた空気が、肌を刺すようにまとわりつき、一歩進むごとに、砂が足元から熱い粒子となって、彼らの足にまとわりつく。

「わぁ……これが、レオンさんの故郷なんですね。
本当に、すべてが砂でできているようです」


ホズミは、この果てしない砂の光景に、驚きと、そしてどこか畏怖の念を感じていた。
彼は、これまでの旅で風の声を聴くことはできたが、この砂漠の命を試すような熱気には、まだ慣れていなかった。

レオンは、そんなホズミの様子を見て、微笑んだ。

「ああ。
俺にとっては、これが当たり前の景色だった。
ここじゃ、風が運んでくる砂の匂いを嗅いで、水のありかや、次のオアシスの場所を探すんだ。
ムヒが昔、教えてくれたんだ……
『砂漠では、砂が生きるための地図になる』ってな」

レオンは、そう言いながら、砂漠の風に、そっと耳を傾けた。
彼の瞳は、この砂漠のわずかな色の変化や、砂丘の模様を、正確に読み取っていた。
しかし、この砂漠の過酷さは、彼らの想像を遥かに超えていた。
日が昇るにつれ、気温は容赦なく上昇し、彼らの体力を少しずつ奪っていく。
ホズミは、慣れない熱気に、汗を流し息が上がっていた。
彼の小さな体は、この砂漠の熱気には、まだ耐えられそうになかった。

「はぁ……はぁ……レオンさん……。
この暑さ…少し…休憩しませんか……?」

ホズミの言葉に、レオンは周囲を見渡した。
日陰になるような岩も、オアシスになるような場所も、どこにも見当たらなかった。

「もうすぐだ、ホズミ。
この砂丘を越えれば、少し風が変わるはずだ。
ムヒの地図にもそう書いてある」

レオンは、そう言ってホズミを励ました。
しかし、彼の言葉とは裏腹に、空の色が少しずつ不穏な色に変わり始めていた。

それは、太陽の光が、何かによって遮られているかのような鈍い黄色だった。

そして、風の匂いが変わった。

乾いた砂の匂いではなく、微かに、硫黄のような、熱を帯びた匂いが混じっていた。

レオンの顔から、笑みが消え真剣な表情へと変わった。

「これは……まさか……」

「どうしました? レオンさん……」

ホズミの問いに、レオンは、ムヒが語った、古い伝承を思い出していた。

「……砂漠には、一度だけ、全てを飲み込む竜巻が現れる、と……」

レオンがそう呟いたその時だった。

地平線の向こうから、巨大な砂の壁が唸り声を上げながら、こちらへと迫ってくるのが見えた。
それは、ムヒが語った、『黄の記憶』を呼び覚ます小規模な、しかし彼らの命を脅かすには十分な砂嵐だった。

「しまった!
油断していた……!
ムヒの爺さんは、これを試金石だと言っていたのか……!」

レオンは、自分の油断を悔いた。
故郷の砂漠だからといって、その危険を甘く見ていた。
彼は、すぐにホズミの手を握り、近くのわずかな起伏の岩陰へと駆け込んだ。

砂嵐は、あっという間に彼らを飲み込んだ。
空は、完全に黄色に染まり、砂の粒子が彼らの体を容赦なく叩きつける。
ホズミは恐怖に震え、レオンに強くしがみついた。

「レオンさん……!
これが……ムヒさんの言っていた、黄の記憶……?」

ホズミの声は、砂嵐の唸り声にかき消されそうになるほど弱々しかった。

「いや、違う。
これは、まだ序の口だ。
ムヒの爺さんの言っていたのは、もっと巨大な、本物の竜巻だ。
これくらいで倒れていられるか!」

レオンは、そう言って、ホズミを強く抱きしめ、砂嵐の風に、自分の体全体で抵抗した。
彼の硬い鱗は、砂の粒子が叩きつける痛みを、いくらか軽減してくれていた。

しかし、砂嵐は彼らの体力を奪うだけでなく、彼らの精神にも深く影響を与えていた。



砂塵に混じる微かな声。

それは、幻聴のように、彼らの耳元で囁きかける。

「――お前たちは、この地の者ではない……。
この砂漠の記憶は、お前たちを拒む……」

ホズミは、その声に恐怖を感じ身を震わせた。

しかし、レオンは違った。
彼は、その声を、冷静に聞いていた。

「……ムヒの爺さんが言っていた、謎掛けか。
この砂漠の風は、人を試す……。
だが、俺はこの砂漠で生まれた。
この地の風が俺を拒むはずがない!」

レオンは、そう言って砂嵐の中で、目を閉じ風の流れに意識を集中させた。

彼の心には、ムヒが昔教えてくれた、砂漠での生き方が鮮やかに蘇ってきた。

『砂漠では風を読め。
風は時に砂の壁を作り、
時に砂の道を拓く。
風の流れを読めれば、この砂嵐の中心も、危険な場所ではない……』

レオンは、ムヒの言葉を思い出し、風の流れが変わるわずかなタイミングを見極めようとした。

そして、その瞬間は突然訪れた。

砂嵐の風が、一瞬だけ弱まり風の流れがわずかに、しかし確実に変わった。

「今だ、ホズミ!」


レオンは、ホズミを抱きかかえ風の流れが変わった方向へと、一気に駆け出した。

彼らが駆け出した先には、砂嵐の中心から風が渦を巻くようにして、静かにしかし力強く、外へと流れ出ている空間があった。
そこは、砂嵐の中にもかかわらず、風の流れが穏やかで、砂塵もほとんど舞っていなかった。

「これが……風の目ですか……?」

ホズミは、安堵の息を吐きながら、その光景に、驚きの声を上げた。

「ああ。
ムヒの爺さんが言っていたんだ。
どんな嵐にも必ず穏やかな目がある、ってな。
……危なかったぜ。ホズミ無事か?」

レオンは、ホズミを優しく地面に降ろすと、安堵の表情を見せた。
ホズミは、レオンの無事を確かめるように、彼の顔を見つめ頷いた。

「はい……。
ありがとうございます、レオンさん。
わたくし…怖くて……」

「大丈夫だ。
俺が必ず守る。
この砂漠は俺の庭だ。
危険な場所も、安全な場所も、全部知っている。
ムヒの爺さんに教えてもらったからな」

レオンは、そう言ってホズミに力強く微笑んだ。

彼の瞳には、この砂漠の危険を乗り越えた、確かな自信と、ホズミを守るという強い決意が宿っていた。

砂嵐は、やがて彼らを通り過ぎ、遠くの砂丘の向こうへと去っていった。
空は再び、澄んだ青空を取り戻し、太陽の光が、彼らの道を静かに照らし始めた。

彼らの目の前には、遠くに、砂に埋もれた古代の遺跡が、蜃気楼のように揺らめいて見えていた。

ムヒの地図が示した、旅路の目的地だった。

「……ここから、本格的な試練が始まる、ってことか。
ムヒの爺さん相変わらず手厳しいな」

レオンは、そう呟き、ホズミと顔を見合わせると、二人は、新たな決意を胸に、再び、その足を踏み出した。



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