オーロラに導かれし者 ホズミ 7

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第7章:名を呼ぶ声、再び
風の呼び声、古の塔へ
雪嵐がぴたりと止んだ翌朝、昨日までの猛威が嘘のように静まり返っていた。
しかし、その静寂は、ホズミの心臓の奥底で脈打つ、確かな高鳴りを隠すことはできなかった。
彼は凍てつく空気を切り裂くように、静かな足取りで北の谷へと向かっていた。
雪原を抜けたホズミは、風と共に歩いていた。
カーボーイハットのツバを抜ける風の音が、絶えず彼の耳に囁く。
「…ホズミ…」
確かに、自分の名を呼ぶ声があった。
けれどその声は、どこか遠く、時を越えて届いてくるようだった。
優しく、だが拒むことのできない力で彼を「その先」へと引き寄せるような、抗いがたい運命の震えだった。
胸元の星図の石は、その“声”と共鳴するように微かに発光を続け、まるで道しるべのように同じ方角を指し示している。
それは、遥か彼方に広がる雪原の先――
古の伝承にのみ語り継がれてきた、風の塔(トゥルヴィア)と呼ばれる聖なる地だった。

幾重にも積もる雪を踏みしめ、凍てつく風に身を晒しながら進むこと、どれほどの時間だっただろうか。
ホズミの視界の先に、古びた石の門が、まるで太古の遺跡のように悠然とそびえ立っていた。
辿り着いたのは、岩と氷の峡谷。
その中央に、巨大な石柱のような記憶の塔があった。
塔には風が集まり、常に微かに鳴っている。
まるで風が古い歌を奏でるように、長く引き延ばされた笛のような音が響いていた。

門は分厚い氷と雪に覆われ、その表面には、かすかにニヴァルの紋章が彫り込まれているのが見て取れる。
そして、その中央には、まるで彼の到着を待ちわびていたかのように、小さな窪み――「鍵穴」のような、彼が持つ星図の石にぴたりと合う形状の窪みがあった。
ホズミが、導かれるように星図の石をそっとそこに触れると、古びた石の軋むような微かな音と共に門がゆっくりと、しかし確実に開き始めた。
その隙間から、何世紀もの間閉じ込められていたかのような、白く凍りついた空気が、冷たい吐息のように流れ出す。
同時に門の内側からは、低く震えるような、しかしどこか懐かしい風の音が聞こえてきた。
それは単なる風の音ではない。
それは音であり、
そして“声”だった。
風が語り、星がささやき、火が囁く――
そんな、太古から響き続ける壮大な三重奏のような古の言葉が、ホズミの魂に直接語りかける。
「…戻ってきたのね…
ニヴァルの子よ…」
アマヤ 星の声を読む者
塔の中は思いのほか広く、天井には天然の光が差し込んでいた。
ホズミが、その声に誘われるようにそっと中に足を踏み入れると、奥には予想通り小さな焚き火の跡が残されていた。
その跡は、つい最近まで火が燃えていたかのように鮮やかで、微かな灰の匂いが漂う。
そして、その炎のそばに、彼はその存在を見た。
星の瞬きのような光を全身に纏った一匹のハリネズミが、背筋をすっと伸ばし、まるで彫刻のように静かに立っていた。
彼女の白銀の針毛には、雪解け水が朝日に反射して、宝石のようにキラキラと輝いている。
その瞳は深く、まるで満天の星空をその内に抱いているかのようだった。
その視線が、ホズミを真っ直ぐに見つめ返す。
「…アマヤ…」
ホズミが、その名を、まるで長い間待ち望んでいたかのように、無意識に口にした瞬間、彼の胸に熱いものが込み上げてきた。
それは、この場所で初めて出会うはずの存在なのに、どこか途方もなく懐かしく、魂の深淵で繋がっていたような感覚だった。
記憶の奥底に眠っていた星図の線が、いま、この瞬間に完璧に繋がり、彼の運命の輪が回り始めたかのように思えた。
「お前の足音が、遠い風の中から聞こえてきたよ」
アマヤの声は低く、そして限りなく柔らかだった。
その声には、長い年月を孤独に過ごした者だけが持つ、深い諦念と、それでも失われることのない温かさが混じり合っていた。

「ようやく、火を絶やさぬ者が来てくれた」
ホズミは口を開こうとしたが、言葉が出なかった。
目の前に立つアマヤの威厳と、彼女が背負ってきたであろう永い歴史の重さに、彼はただ圧倒されていた。
彼女の瞳に映る自分が、あまりに小さく、未熟に思えて、何を語れば良いのか分からなかった。
「私はお前の祖母――リツの姉だよ。
かつてこの地で“星の声を読む者”として、この焚き火の前に座り続けた者さ」
アマヤは語った。
その声は、遥かなる過去からの響きだった。
かつて、ニヴァルの民は火を囲み、星を読み、風と語る“ニヴァルの巫”として、この世界の“声”と深く繋がって生きていたのだと。
しかし時代は変わり、人々は“声”を聞く術を忘れ、その力は衰退していった。
そして、多くの“声”は凍りつき、火も冷えていった。
アマヤは、その“声”を守り、未来に再び現れるであろう「火を絶やさぬ者」――
ホズミのために、自らをこの塔に封じ、永い孤独の中で待ち続けてきたのだという。
「それが、私の残された役目だったのさ」
アマヤは小さな手を、目の前にある焚き火の跡にかざした。
すると、まるで彼女の意志に応えるかのように、火がふたたび灯り、パチパチと音を立てながら穏やかな炎が洞窟全体を暖かく照らし出した。
その光は、ホズミの心にも温かさを灯す。
「声を聞く者は、ただ耳を澄ませるだけでは足りない。
心の火を絶やさぬこと。
星を見上げ続けること。
風に自らを預けること――
それが、ニヴァルの民が歩むべき、そしてお前が歩むべき道なのさ」
記憶の交錯、新たなる誓い
ホズミは一歩、焚き火のそばに近づいた。
炎の熱が、彼の心に宿る迷いを溶かしていく。
胸元の星図の石が、それまでになく強く光り輝き、カーボーイハットのツバを風が優しく撫でていく。
そのとき、まるで時が逆流したかのように、幾つもの記憶が、一気に彼の心に押し寄せてきた。
祖母リツが語ってくれた、遠い昔の物語。
真冬の星空の下で、彼の魂に響いた小さな声。
凍れる森の焚き火の奥にいた“何か”の気配。
そして、吹雪の中で見つけた、見知らぬ旅人の帽子。
──すべてが、“ここ”へと導いていたのだ。
ホズミは、胸の奥にある迷いと、それでも抗しがたいほどの探求心を、勇気を出してアマヤに打ち明けた。
「アマヤ…
ぼくは、まだ半分も分かっていない。
この星と火と風が、何を伝えようとしているのか。
ぼくは何をすべきなのか……
でも──知りたいんだ。
“声”の正体を。
この世界に眠る全ての声の意味を」
アマヤは、ホズミの言葉に静かに、そして深く頷いた。
そして、その表情に、凍てついた雪が春の陽に溶けるような、あたたかな笑みが広がった。
「その言葉があれば充分だよ。
声はいつも、心を開いた者にしか届かないからね。
お前には、その覚悟がある」
アマヤは、ホズミのカーボーイハットにそっと手を置いた。
「その帽子は、時の声を聴いた旅人のもの。
そしておまえが今、それをかぶっているということは、すでに道が選ばれた証でもある」
火がぱち、と爆ぜた。
アマヤの背後に、微かな光の粒が舞う。
星の瞬きのようなそれは、空気を通して語りかけるようだった。
アマヤは、その小さな手から、ひときわ古びた石板をホズミに手渡した。
それは、文字ではなく、感覚と記憶で読むとされる“無言の星図”。
ニヴァルの巫だけが解読できる、真の道しるべだった。
「星の声を聞く者にだけ、道は浮かび上がる。
この先、お前は“境界”に足を踏み入れるだろう。
火と風が交わる場所――
そこが、次の扉さ。
この石板は、お前を導くはずだ」
ホズミは、その石板を大切に胸に抱きしめた。
すると、その【無言の星図】は光出し、【星図の石】と共鳴し合い【星図の石】と一体化した。
目を閉じると、彼の耳の奥で、確かに風が語っていた。
それは、未来への希望に満ちた、新たな旅の始まりを告げる声だった。
オーロラの導き、名を持った者として
塔を出たとき、夜空にはうっすらとだが確かなオーロラの光が漂っていた。
それは、彼が森で解放した「時の残響」が、今、空へと還り、祝福の光となって彼を導いているかのようだった。
冷たい風が、彼の顔を撫で、カーボーイハットのツバを揺らすたびに、再び“名を呼ぶ声”が、彼の心に深く響いてきた。
「ホズミ…ホズミ……」
それは、未来のどこかで、彼の助けを待ち続ける者たちの声なのかもしれない。
あるいは、彼自身の魂が、真の“ニヴァルの巫”として覚醒した証なのかもしれない。
星と火と風の記憶をその身に受け継いだ旅人として、ホズミの歩みは、いま、確かに
“名を持った者”として始まったのだ。
彼の目は、オーロラが揺らめく夜空の向こうを見つめていた。
その瞳には、かつてないほどの決意と、未来への希望が宿っている。
新たな旅路が、今、始まる。
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