田虫金造にやりと笑う。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

あらすじ
2040年春。77歳になった田虫金造に中2の孫娘きむこが尋ねる。「じいちゃんはどうやってオカネ持ちになったの?」きむこに告白する金造「ワシは詐欺でカネ持ちになった。おまえも知っとるやろ。ワシは刑務所におったんや」2024年。財政ファイナンスによる放漫財政がわざわいし、円安と物価高に陥った日本。純金価格が暴騰する。新たな偽造純金の製造販売を思いつく金造と従兄弟の琴玉。緻密に練られた計画により偽造純金詐欺は成功するも、逮捕される金造と琴玉。しかし逮捕も計画の内と金造。刑務所を出所後、金造は残りの計画を実行し巨万の富を得る。金造と琴玉の知恵に魅了されたきむこ。きむこは金造と琴玉に新たな計画をもちかける。

第一章 いい年してがっついちゃだめよ

2040年。
桜咲き、桜散る3月下旬もしくは4月。
本日は田虫金造77歳の誕生日である。
孫娘のきむこが金造の書斎にやってくる。
とんとん。書斎のドアをノックするきむこ。
「誰や」書斎の中から金造の声。
ドアを開けるきむこ。きむこのまぶたが大きく開き、白目が黒くなり、黒目が白くなる。
そして元は黒目であった白目の中心部から善人には見ることができない光線が放たれた。
テーブルの上にそれはもうお高そうなお誕生日プレゼントがずらりと鎮座マシマシている。
古伊万里の大皿にマイセンの巨大人形。カラヴァッジョの絵。キラキラ光る宝石ならびに宝飾品。ギラギラ輝く金銀プラチナパラジウムにアレやらコレやら。バイオリンまである。
にこにこと機嫌のよい金造。
「おう。きむこか。おまえもプレゼント持ってきてくれたんかい?」
黒目と白目の反転を一瞬で元に戻すきむこ。善良このうえない笑顔を金造に向ける。
「そうよ。お誕生日おめでとう。じいちゃん」
「なにくれるねん?」
「プレゼントはまだあげない。いい年してがっついちゃだめよ」
きむこは中学2年生。理由もなく自分はこの世で一番偉いと確信する生意気盛りの小娘だ。
ソファでゆったりとくつろぐ金造。金造の横に腰かけるきむこ。きむこが金造に笑いかける。
「じいちゃんはどうやってオカネ持ちになったの?まずそれを聞かせてちょうだい。プレゼントはそのあとよ」
鉄板をも射貫く眼差しできむこを見る金造。
負けじと金造をじぃっと見つめ返すきむこ。
黙ったまま互いの顔をにらみ合う金造ときむこ。
窓の外でしきりに鳴いていたひばりがいつしか鳴き止む。
金造の書斎に緊張が漲る。
口を開く金造。
「詐欺や」
「え?」
「ワシは詐欺でカネ持ちになった。おまえも知っとるやろ。ワシは刑務所におったんや」
「あーうんうん。おかあさんがそれとなく言ってたわ。詐欺がバレて捕まったの?」
「せや。懲役2年くろたわ」
「でもどうして?捕まって刑務所なんかにいたら、オカネ持ちになれないじゃん」
きむこをじぃぃぃっと見つめる金造。
「2024年のこっちゃ。コロナ禍がおちついたおもたら世界中が物価高になりよってのう」
てなかんじでハナシを始める田虫金造であった。

第二章 財政ファイナンス

「当時は純金の価格もえらい高騰しよった。世界中でや。そこでワシは偽物の純金を作って売ってひと儲けしたろとおもた」
目を閉じてそのころのことを思いだす金造。
「当時の日本は財政ファイナンス真っ盛りでのう。おまえ知っとるか?財政ファイナンス」と金造。
「学校で習ったよ。えーと、直接間接に関わらず政府が国債を日銀に売却し、その売却収入を歳出に充てる行為。だったかな?あれ?歳入だったかな?あれ?」
「政治家は増税でけへんねん。せやさかい国債をアホみたいに出しよる。その国債を日銀に買わせて新たに作らせたカネを政府の財源にするねん。これが財政ファイナンスや」と金造。
いぶかしげなきむこの顔。
「なんで政治家は増税できないの?」
ふんと鼻で笑う金造。
「増税しよったら支持率下がってもうて選挙で落選するやろ。国民は税金なんか払いたないからな。国債ってなんか知っとるかおまえ?」
きむこが自信ありげに解説する。
「ようするに借金。このカミを10万円で買えば1年後に1万おまけして11万円にして返します。なぁんて書かれた証書よ。そのカミをなんかうまいこと日銀に買わせて政府の財源にするのが財政ファイナンスね」
「おう。ほな日銀ってなんやねん?」と金造。
そんなの知ってて当然よ。みたいな顔でしゃべるきむこ。
「通貨を作ることができるスペシャルな銀行よ。そこいらへんにポコポコある銀行とは違う。そこいらへんにポコポコある銀行の親玉よ。正しくは日本銀行」
「そうや。紙幣にデカデカと日本銀行券て印刷されとるからな」と金造。
俯いて考え込むきむこ。ゆっくりと顔をあげる。
「つまりこういうことね。政治家は選挙で落選したくないから税金を増やさない。そんかし国債を日銀に買わせてオカネを作らせる」
「ああ」うなずく金造。
眉をひそめて首をかしげるきむこ。
「財源にあてるとか言うけどさ。日銀に作らせたオカネを政治家は具体的にどうするわけ?」
両手をあげ、てのひらをパッと開く金造。
「国民にばらまくんや。鯉にエサやるみたいにの」
「へ?」
呆然とするきむこ。目をしばたく。
「政治家はいったいなんでそいうことをするんですか?」
にやにやする金造。
「選挙で当選するために決まっとるやろ。国民なんちゅうもんはパーッと派手にカネをばらまいた政治家に投票するあっさましい生き物や。と政治家さんたちは思っておられるんや」
開いた口が塞がらないきむこ。
「政治家は選挙に落選したくないから税金を増やさない。選挙で当選したいから日銀にオカネを刷らせて国民にばらまく。というわけ?」
「せやせや」と金造。
再び俯いて考え込むきむこ。おもむろに顔をあげて口を開く。
「あのさ。そういうことをするとさ。世の中のオカネが増える一方じゃないの?」
おのれの顔をきむこの顔にぬっと近づける金造。のけぞるきむこ。
「それや。おまえ見かけによらずかしこいな。そういうことをすると国民の生産力以上にカネができてしまうんや」
「生産力。えーと………。生産力ってなんだったっけ?」ときむこ。
天井を見上げる金造。きむこの顔をみる。
「おまえに作れるおにぎりの数は100個とするやろ。つまりそれがおまえの生産力や。たとえばやで」
ソファに深く座りなおす金造。
「ワシはおにぎり交換券を100枚発行する。おまえのおにぎり1個はワシのおにぎり交換券1枚で交換できるってわけや」
うなずくきむこ。
「ふむふむ。じいちゃんは日銀なのね」
うなずく金造。
「せやせや。ワシはおにぎり交換券を1000枚発行した。政治家さんたちにパーッとばらまいていただくためにな。せやのにおまえの生産力は相変わらずおにぎり100個や。となると交換レートはどないなると思う?」
即答するきむこ。
「おにぎり1個につきおにぎり交換券10枚!」
ふかくうなずく金造。
「そおやねん。それがインフレ。物価高や。物価が上がる。言い方を変えたらカネの価値が下がるってことや」
天井を見上げるきむこ。
「つまり、生産力は変わらないのにおにぎり交換券、つまりオカネばっかり増やしちゃうと、オカネの価値が下がるのね?」
何度も肯首する金造。
「せやせやせや。政治家が税金は増やされへんからと国債を日銀に買わせてカネ刷らせてバラ撒けばやな。当然のごとくカネの価値が下がってしまうわけや」
きむこの顔をじぃぃっと見つめる金造。
たじろぐきむこ。
「インフレになってまう理由は他にもあるねん。日本とアメリカの金利差や」と金造。

第三章 円安ドル高

きむこをにらむ金造。
「日本が低金利でアメリカが高金利やとな。日本円を持っとるヤツはそれを米ドルに交換したがるねん。なんでかわかるか?」
「金利の高いアメリカのオカネならアメリカの銀行に預けておくだけでたくさんオカネを増やせるからでしょ。でもなんで日本とアメリカで金利に差ができるわけ?」
「おおっ」と金造。
「えー質問や。ここでまた国債が登場するわけや。たとえばやな。1年後に1万円おまけを付けて11万円にして返します。と書かれた金造債券をワシが10万円で売っとるとせいよ。おまえは買うか?」
「うーん」と考え込むきむこ。
「買うかも」
「それやったらな。金造債券とまったく同じ条件なんやけど、見るからに怪しいがオッサンが見るからに怪しい債券を10万円で売っとる。おまえは買うか?」
「ふん」と鼻を鳴らすきむこ。
「買わない」
きむこにぐぐっと身体をよせる金造。
「ほなこの見るからに怪しいオッサンがやな。見るからに怪しい債券を5万円で売る言い出しよったらどないする? いま5万円出したら来年は11万円になって返ってきよるねんで?」
金造をにらみつけるきむこ。にっと笑う。
「買うかも」
うなずく金造。
「金造債券の金利は11万円ひく10万円。つまり1万円やな。見るからに怪しい債券の金利は11万円ひく5万円。つまり6万円。どういうことかいうとやなな」
三白眼できむこを見る金造。
「債券価格の下落は金利の上昇と同じ意味いうことやがな」
頭の上に!を浮かべるきむこ。
「あっ。どこかで債券を売り買いできるウオイチバみたいなのがあれば、そういうことが起こる!」
「せや。債券市場ちゅーもんが現にあるんや」と金造。
金造を指さすきむこ。
「それよそれ!イチバではなくてシジョウよ。でもさあ。どうしてアメリカと日本の金利に差ができるの?日本は見るからに金持ちで、アメリカは見るからに怪しいっていうの?逆ならわかるけど」
「日銀がやな。国債の爆買いをやめられへんようになったんじゃ」と金造。
「え?」ときむこ。
横目できむこを見る金造
「政治家は選挙で落選しとうないから税金を増やされへん。そんかし日銀になにをさせよった?」
「日銀に国債を買わせて新たなオカネを作らせた」
「せやな。日銀はおのれでなんぼでもカネを刷れる。日銀が国債を買うとそのぶんカネが世の中に増えてしまうんや」
金造を見つめるきむこ
「それでどうして、アメリカと日本の金利に差ができるの?」
「アメリカのFRBはアメリカ国債の爆買いをやめたんじゃ。FRBいうのは米ドルを刷れるスペシャルな銀行。アメリカの中央銀行や。日本の中央銀行が日銀やな」
きょとんとするきむこ。
「おまえは債券を売り買いできるウオイチバみたいなのがあったら債券価格の下落、つまり金利の上昇が起こるいうたやろ。国債を売り買いする国債市場いうのがあるねん」
頭上に?を浮かべるきむこ。
「よっしゃ。よお聞けよ。国債市場で政府が国債を売る。ほんでその国債をそこいらへんにポコポコある銀行つまり民間銀行が買う。民間銀行はその国債をすぐ日銀に売る。日銀は国債購入の代金を日銀当座預金に入金しよるんや」
「はい!」と手をあげるきむこ。
「せっかく買った国債をすぐ日銀に売ったらびた一文儲からないじゃん。民間の銀行はバカなの?」
「おう。確かに民間銀行は国債の売買ではびた一文儲からん。せやけど国債を売った代金が日銀当座預金に入金されると儲かんねん」
「えーと………」思い出そうとがんばるきむこ。ダメだ。思い出せない。
「日銀当座預金てなんだったっけ?」
「日銀の預金口座。この口座にカネを預けられるのは民間銀行だけや。一般人はあかんねん。日銀がこの口座の預金、つまり日銀当座預金に利子をつけると民間銀行は儲かるやろ」
「あっ。それなら民間銀行は政府から買った国債を日銀に転売するだけで寝ててもオカネを増やせるじゃん。楽勝じゃん。そういうことかぁ」
苦々しい記憶がよみがえる金造。前歯で下唇を噛む。
「当時、日銀はゼロ金利政策だのマイナス金利政策だのとコザカしいことをやってはおったがよ。トータルで観ると日銀当座預金には常にプラスの利子がついとったんじゃ」
「えーと。なんのハナシだっけ?そうだ。なんで日本とアメリカに金利の差ができるかよ。アメリカのえーとFRBか。FRBは国債の爆買いをやめたのね」
「せや。FRBが国債の爆買いをやめると国債価格は国債市場のセリで決まる。債券価格の下落は金利の上昇を意味するんやったな」
うんうんうなずくきむこ。「そういうことか。FRBや日銀みたいな中央銀行が国債市場で国債を爆買いすると国債の値段は下がらない。つまり金利は低いまま」
「せや。ちなみに中央銀行が国債を買うことを買いオペと言う。中央銀行の国債爆買いは量的緩和や」
パチンと指を鳴らすきむこ。
「そう!量的緩和!FRBが量的緩和をやめると国債は国債市場の中だけで売り買いされる。そして国債が安く売り買いされると金利が上がる!」
「せや。ほんで日銀はどないした思う?」
きむこの目が輝く。
「日銀は量的緩和をやめなかったのね。だから日本は低金利のまま。それで日本とアメリカの金利に差ができた!」
「おいきむこ」と金造。
「ワシは感心した。このへんのハナシは車のエンジンの仕組みをクチでしゃべって説明するようなもんなのに、おまえようわかったな」
「てへ」ときむこ。
「ここらあたりのハナシは学校でみっちり教わるのよ。わたしが生まれる前に日本はひどい物価高になって、飢え死にする人まで出る大騒ぎになった。だからよく覚えておけ!って」
「せや。ワシはあのころ刑務所におったおかげでメシはちゃんと食えた。囚人にメシを食わせないとたちまち暴動がおきよるからな」
「でもどうして?どうしてFRBは量的緩和をやめたの?つーか、そもそもどうして量的緩和をやってたの?」ときむこ。
「コロナ禍や。コロナ禍で世界中の経済がマヒしてもうた。せやさかい世界中の政府が国債を発行し、世界中の中銀がその国債を買うてカネを作り、世界中の政府がそのカネを国民にバラまきよったんじゃ」
「ああっ!生産力に釣り合わない大量のオカネを作ってバラまいたせいで物価が上がったのね!それでFRBは『ヤバイ物価高を止めなきゃ国民が死ぬ』と量的緩和をやめた。アメリカの国債は国債市場の中で売り買いされるうちに値段が下がり、アメリカの金利は上がった」
驚く金造。
「おまえたいしたもんやなぁ。よーしそれでやで。日本も量的緩和をしとるから当然物価が上がってもた。にも関わらず日銀は量的緩和をやめへんかった。なんでや思う?」
うーんと目玉が上を向くきむこ。
「政治家が日銀に、おまえがカネを刷らないとおれはカネをバラまけない。カネをばらまけなきゃオレは落選する。だから量的緩和はやめるな!って指図したから?」
「もちろんそれもあったけどな。日銀は金利を上げたくても上げられへんかったんじゃ」
ため息をつく金造。きむこを見る。
「金利が上がって困るのは借金を抱えた連中やろ。日本で巨額の借金を抱えてるのは政府と日銀。日銀当座預金は日銀の有利子負債やし、国債は当然政府の有利子負債やからな」
必死に考えるきむこ。きむこを見つめる金造。金造がゆっくりと話す。
「日銀は国債の償還で得た金利収入を日銀当座預金の利子にあてることができる。せやのに量的緩和をやめたせいで金利が上がり、日銀当座預金の利子も引き上げざるを得なくなるとやな。これがアカン。逆ザヤに陥ってしまう」
「逆ザヤって?」ときむこ。
「国債償還の金利収入より日銀当座預金への利払いの方が多くなってまうことや。収入より支出のほうが多い。債権より債務のほうが大きなる状態や」
真剣な顔の金造。
「金利が上がると日銀も政府もとっくに借金だらけやさかいすぐに債務超過や。そうなると日本は世界中のみなさん方から『怪しいオッサン』とみなされてしまうわけや」
「日銀も政府もとっくに借金だらけ…ということは、日本はコロナ禍の前から財政ファイナンスをやっていたのね」ときむこ。
「ああ。アベノミクスいう財政政策がそれじゃ。日本はコロナ禍が始まる7年前から財政ファイナンスをしとったんじゃ。アベノミクス第一の矢いうのが、なんと大胆な金融緩和やで」
「えっ!アベノミクスって財政ファイナンスなの?」
あきれ顔できむこを見る金造。かぶりをふる。
「知らんかったのかおまえ。この期に及んで文科省はまだ政治に忖度しとるんやなぁ。政府主導の金融緩和やで。胸を張って安倍さんがそう宣言したときワシは卒倒したわい。せやけど表立ってそう指摘して騒ぐヤツは誰もおれへんかったなあ。まあそんなこんなで日銀は量的緩和をやめられず、やめられへんどころか異次元の量的緩和にバージョンアップさせてもうてやな。安定かつ鉄板かつ進撃の低金利が続いたわけや」
腕を組むきむこ。
「でも日本とアメリカの金利差が縮まらないと、日本円を持ってる人はドルに交換したがる。学校で円売りドル買いとか円安ドル高とかって言葉はそりゃもうたくさん憶えさせられたけど、そういういろんな出来事はこうして起きたのね」
「そういうことや。日本は食料の6割とエネルギーの9割を輸入に頼ってんねん。食料の6割とエネルギーの9割やで。1ドル100円の交換レートが1ドル300円、400円となれば、食料とエネルギーの値段は爆上がりする一方やろが」
唖然とするきむこ。
「それで日本は飢え死にする人まで出るめちゃくちゃな物価高になった…」
「そういうこっちゃ」と金造。
きむこを凝視する金造。金造を凝視するきむこ。
田虫金造のカナツボまなこがギラリと光る。
「物価高のブツのキングオブキングスが純金や。コロナ禍じゃ戦争じゃいうて世界中の純金価格が暴騰しよったがな。おまけに日本じゃ純金は輸入品や。円安いうだけで輸入品の値段はイヤでも上がる。せやさかいワシは偽の純金をこさえて売って、大儲けしたろとたくらんだんじゃ。ハレルヤ!」
一気に喋って息を切らす金造。
「あーのど渇いた。おいきむこ。すんまへんけどちょっと茶を汲んできてくれへんか」

第四章 純金モナカ

きむこが金吾堂の草加煎餅と急須と湯呑を乗せた盆を持って金造の書斎に入ってくる。
湯呑にじょぼぼぼと茶を注ぐきむこ。湯呑を持ち上げてずずずと茶をすする金造。
静かに湯呑を置く金造。
「ワシのいとこの琴玉やけどな」
ほほ笑むきむこ。
「琴玉ちゃんてわたしが物心ついたときからいつも家の前をほうきで掃いてるよね。近所の人たちは令和のレレレのおじさんって言ってるよ」
遠くを見る金造。
「今でこそあないなってもうたが、あの琴玉はほんまは凄いやつでな。純金モナカ作りの名人じゃ」
「純金モナカ?」ときむこ。
「見た目は純金インゴットやけどそれはソトヅラだけ。アンコつまり中身はタングステンや。純金インゴットの偽物じゃ」
「タングステン?」
湯呑の茶を見ながらゆする金造。
「比重が純金に近い重たい金属や。タングステンの比重は19.25。純金の比重は19.32。比重は同じやけど値段がぜんぜんちゃうねん。純金と比べるとタングステンはめちゃくちゃ安いねん」
草加煎餅をつまみあげ、しげしげと眺めるきむこ。
「そのタングステンの塊の表面に純金を薄く貼りつけて純金インゴットの偽物を作るのね」
ずずずと茶をすする金造。
「せやねん。けどな。純金とタングステンは硬度がぜんぜん違うんや。タングステンの硬度は3430HV。純金の硬度はわずか22HV。数字だけで硬さの違いがわかるやろ」
草加煎餅をかじるきむこ。
「ぼりぼりぼり。オリンピックの選手が金メダルをかじるのは本物の金かどうかを硬さで調べたのが始まりなんだって。純金なら歯型がつくけどタングステンは歯が立たない。ぼりぼり」
机の上にちらばった煎餅のカスを手で払う金造。
「タングステンをおもいきりかじったら歯が欠けてまう。せやから純金のインゴットになら打たれとってしかるべき深い刻印が、タングステンの純金モナカには打たれへんねん。ふつうはな……。ぼろぼろこぼさんと食わんかいおまえ」
ぼり。金造を見るきむこ。
「ふつうは……。あ。琴玉ちゃんはタングステンの純金モナカにも深い刻印を打つことができたのね」
湯呑を傾けて茶を飲み干す金造。
「ありゃたいしたもんやった。情け容赦ないくらい深い刻印がタングステンのアンコに刻まれとったわい。いかんせん生産性がなぁ。生産性があかん。100グラムのインゴットを1個作るのに1か月かかってもうてな」
草加煎餅をかじるきむこ。
「ぼりぼり。それはちょっとコスパに難ありね。ぼりぼり」
「それにな。タングステンの純金モナカも売れるいうたら売れるんやけどな。転売されたらもうあかん。転売先が貴金属メーカーやと一発でしまいや。貴金属メーカーは買い取ったインゴットを溶かして鋳直しよるからな。そんなもんよう茶も飲まんと食えるなおまえ」
目玉をきょろきょろさせながらベロの先っちょで奥歯の間に挟まった煎餅をほじりだすきむこ。
「タングステンモナカを売っらろらばれれ琴玉ちゃんは刑務所にいれられらろ?」
「タングステンモナカを売ったのがばれて琴玉ちゃんは刑務所にいれられたの?というてるならそうや。あいつが初めてムショにいれられたんは令和になって間もないころやったなあ」
遠くを見る金造。
「ほいでな。あいつが出所したのはコロナが5類になった年やった。あのころワシは怪しいアンティークコインやうさん臭いエラーコインを売買する古銭商をやっとったが、ムショをでたばかりの琴玉は行くとこあらへんいうて、ワシの家に転がり込んできよったんじゃ」
急須の茶を自分の湯呑に注ぐきむこ。ぐびぐびといっきに飲み干す。
「ぷはー。そのころからじいちゃんと琴玉ちゃんは一緒に仕事をするようになったのね」
うなずく金造。
「ああ。琴玉から純金インゴット偽造のやり方を聞いたワシは、琴玉が作るタングステンアンコの純金モナカは生産性が悪いことを知った。そしてワシらは、純金モナカの生産性向上に挑んだ。風の中のす~ばる~♪」
「はいはい。で?」ときむこ。
急須の茶を湯呑に注ぐ金造。急須はからっぽだった。静かに急須を置く金造。
「問題はタングステンの硬さや。アンコはもっと柔らかくないと容易に打刻できしまへん。それと比重やね。アンコの比重も純金と同じやないとハナシになりまへん」
机の上の煎餅のカスを人差し指の腹にくっつけてなめるきむこ。
「そんでそういうアンコを探したけれどもなかなか見つからずに苦労したわけね」
きむこを見る金造。
「いや。アンコはすぐに見つかった。はいお待たせしました。こっからが本題です」
抽斗から竹鶴17年を取り出し机の上にドンと置く金造。ボトルのフタを指で弾き飛ばし湯呑に酒をダボダボと注ぐといっきに飲み干す。
「くぁーっ!にっにっにっ!ぷぁぷぁぷぁっ!か~あ。インディアン。ふ~」と金造。
また愚かなことを。と目で断言するきむこ。「アンコはなんだったの?」
「プラチナや」と金造。
固まるきむこ。
「えっ。純金モナカのアンコをプラチナにしたの?プラチナは純金と並ぶ貴金属の代表格でしょ?純金が貴金属のキングオブキングスならプラチナはロードオブローズじゃないの?」
「せやがな。どういうわけかあのころは純金と比べてプラチナの値段が異様に安うてな。2024年の時点でプラチナは純金の半値以下やったわ」
「あら………そうなの」
「プラチナの比重は21.45。硬度は50HV。タングステンと比べると純金とまったく同じといっていい柔らかさなんや」
窓の外を見るきむこ。門の前を琴玉がほうきで掃いている。
「で、プラチナアンコの純金モナカを琴玉ちゃんに作らせてみたのね」
金造も窓の外を見る。
「ああ。琴玉は『こんなもんタケノコを煮るより簡単だ』なんていいよってな。ほんの1時間で純金モナカを作ってみせた。タングステンやと1か月かかっとったもんがたったの1時間やで」
身をのり出すきむこ。
「プラチナは純金の半値以下だったのよね。めんどうなので半値で計算するよ。純金が100グラム100万円のときにプラチナは100グラム50万円。100グラムの純金モナカを作るのに必要な材料代はプラチナの45万円と純金の10万円で55万円。こんなかんじ?」
身をのり出す金造。
「そのとおりや。材料の比率がぴったしやないか。おまえすごいなあ…」
「それを『純金でーす』と偽って100万円で売れば45万円の儲け」ときむこ。
「そうやがな」と金造。
「そんでじいちゃんと琴玉ちゃんは、こりゃいける。と偽造純金モナカの製造販売を開始した!」
腕を組む金造。
「まだや。急いてはコトをし損ずる。モナカを売るには店がいる。先ずは店の確保やがな」
「あー。そうよね。確かに」ときむこ。
「店に必要なのは信用や。純金にはJBMAっちゅう国際的な認定機関があってな。その認定を受けた店やったら怪しまれずに商売できるいうもんや」
「お墨付きが必要なのね。でも、そんな国際的な認定を受けるのはちょっとたいへんじゃない?」
「せやからな。JBMAを持ってる店を手に入れることにした。おあつらい向きにええ店があってなぁ。その店の経営者は株で大損して店を畳もうとしていることに琴玉が気づいたんや。うん。琴玉はあらゆる貴金属メーカーの様々な情報を掴んどってな。いや。そのハナシはまた後でする」
きむこが金造の湯呑に竹鶴17年をどぼどぼと注ぐ。
湯呑を持ち上げる金造。
「ワシはその経営者を尾行し、偶然を装って飲み屋で接触した。そしてそいつと仲良うなってな、そいつが持っとるJBMAの店とワシが持っとる古銭売買の店を交換したんや」
満足そうな金造。湯呑をかかげて酒をすする。
「そういった次第で晴れて田虫貴金属が開店したわけですよ」と金造。
読者を見るきむこ。「田中貴金属さんとはぜんぜん関係ありませんよね」
読者を見る金造。「はい。田中貴金属さんとはぜんぜん関係ありません」
「モナカ量産の目途がたちました。JBMAのお店も手に入りました。あとはじゃんじゃんばりばり純金モナカを売りまくるだけね!」ときむこ。
金造の顔がほんのりと赤くなる。
「いやまだじゃ。肝心なのはこれからや。プラチナアンコの純金モナカも貴金属メーカーに転売されりゃアウトやさかいな。溶かされてしもたら一発で偽物とバレるがな」
「あっ。タングステンアンコの純金モナカと同じ運命じゃん。それじゃすぐに捕まっちゃうよ」
「で、考えたのが等価交換券やがな。純金などの貴金属は小売り価格と買取り価格に差があってな。買い取り価格は小売り価格より安いんよ。貴金属を売買する店はこの価格差で食うてんねん」
「それ知ってる。外貨両替やFXも同じよ。その価格差のことをスプレッドって言うんでしょ。そんで等価交換ってことは、その時の小売り価格で純金モナカを買い取ってあげるわけね」
「ああ。せやけど小売り価格で買い取ったるのは田虫の刻印が打たれた純金インゴットのみ。更に等価交換券を持っているお客さまだけいうことに一応しておいた。一応やけどな」
うなずくきむこ。
「田虫と刻印された純金インゴットであれば田虫貴金属は小売り価格で買い取ってくれる。所有者は必ず田虫貴金属に売るにくるから、田虫の純金モナカが他の貴金属メーカーに流出するのを防げる。ということね。でもさ。等価交換券はなんで必要なの? 田虫の刻印入り純金インゴットであれば無条件に小売り価格で買い取ってあげればいいんじゃない?」
人差し指を立てる金造。
「等価交換はスペシャルサービスってことにしとかんとあかん。なんでもかんでも小売り価格で買い取りよったら『田虫はどないして食うてんねん』て他の店に怪しまれるからな。せやから商店街の福引のガラガラあるやろ。モナカを買うてくれた客にはあれを回させたるんや。すると必ず一等の金玉がでてきてな。客に『おめでとうさん』いうて等価交換券をやるんや」
真剣な表情で金造を見るきむこ。
「等価交換だからスプレッドは無視するよ。純金が100万円のときにモナカを作って売れば45万円の儲けだった。純金が200万円に値上がりしたときもプラチナ価格は純金の半値だったとする。そのモナカを200万円で買い取ればモナカの本当の価値は110万円だからマイナス90万円。最初の儲けの45万円マイナス90万円で45万円の赤字じゃないの?」
かぶりをふる金造。
「ちゃうがな。純金が200万円のときにモナカをいちから作ると材料代で110万円かかるやろ。それが45万円で作れたいうこっちゃ。買い取ったモナカは加工せずにまた売れるんやからな。そのモナカを買い取った値段と同じ200万円で売ったとしても200万円マイナス45万円で155万円の儲けやがな。純金価格が100万円に値下がりしてからそのモナカを売ったとしても、100万円マイナス45万円で55万円の儲けや」
「あ。そっか。いやでも………うーん………」と唸ってテーブルに突っ伏すきむこ。
「でもさ。『田虫貴金属は純金インゴットを売りに来たお客に福引のガラガラを回させて金玉がでてきたら小売り価格で純金インゴットを買い取ってる』と他のお店、つまり貴金属メーカーの人が耳にしたらさ。『臭う』とかなんとかいって田虫貴金属に純金インゴットを買いにくるんじゃないの?それが本物の純金かどうかを溶かして調べるためにさ」
何故かきむこに小声で語りかける金造。
「それがやなぁきむこ。琴玉の本職は実はITエンジニアでな。それもセキュリティシステム専門じゃ。あいつはむかし全日本貴金属連合ちゅう日本のあらゆる貴金属メーカーから成る組合から統合セキュリティシステム作成の発注を受けてな。そのシステムを作ったご本人なんや。そういう経緯で貴金属メーカーのヤツとも仲良ようなってな。『こんど一緒に飲もうやないか』てなこというてな。酔っぱらったその貴金属メーカーのヤツからタングステンモナカの作り方をことこまかぁに教えてもろたんがそもそもの始まりなんや。もちろんその統合セキュリティシステムは琴玉がタングステンモナカを作ってパクられたときに全面改修されたわい。せやけどあいつが自分で作った統合セキュリティシステムのサーバーに巧妙なバックドアを作っておかなかったわけがないやろ。それどころかその統合セキュリティシステムを踏み台にしてあらゆる貴金属メーカーのシステムに侵入しよってやな。あらゆる貴金属メーカーのサーバーに直接出入りできるバックドアを作りよったわけや。そんなんで田虫貴金属を立ち上げる際にあいつが先ずやった仕事はやな。あらゆる貴金属メーカーのサーバに侵入して各々のメーカーの全従業員の顔写真入りデータをパクってきて田虫データーベースを作ることやったわ」
身体を起こして背筋を伸ばすきむこ。
「ああっ!その田虫データーベースの顔写真と田虫貴金属に純金インゴットを買いに来たお客の顔をAIで照合したのね!」
「そういうこっちゃ。ほんでな。客のフリをした貴金属メーカーが来た場合は本物の純金インゴットを売って金玉なんかひとつもでてけえへんガラガラを回させてな。あとは残念賞のティッシュを渡してバイバイや」と、てのひらをひらひらさせる金造。
「じゃあさ。リピーターのお客はどうすんの?何度ガラガラを回しても必ず金玉がでてきたら、あれ?って思うんじゃない?」
「リピーターの客にも3回に1回は金玉のでてけえへんガラガラを回させた。それになきむこ」
「うん?」ときむこ。
「田虫の刻印が入った純金インゴットを売りたいんやけど等価交換券を失くしてしまいました。なんて客も来よるんじゃ。そういう場合はどうしたらええと思う?」
「あっ。そういう場合もお店にきたお客に必ず金玉がでてくるガラガラを回させて小売り価格で田虫モナカ買い取ってあげなきゃダメよ。なにより田虫モナカの回収が最優先だわ」
「そういうこっちゃ。等価交換券なしで田虫の純金インゴットを持ってきたのに小売り価格で買い取ってもらえた客は大喜びで帰ったで。更にやな。田虫の刻印のないインゴットを売りに来た客にはどないした思う?」
ああっ!と金造に人差し指を突きつけるきむこ。
「そういうお客にも必ず金玉がでてくるガラガラを回させて小売り価格でインゴットを買い取ってあげたのね!そうやって純金モナカを作る材料を手っ取り早く手に入れた!」
うなずく金造。
「おおむね正解や。プラチナを売りに来た客には必ず金玉がでてくるガラガラを回させて小売り価格で買い取たった。客はえらい喜んどったがな。せやけど純金インゴットを売りに来た客に金玉を出したるんは10回に1回だけや。純金はそないに必要あらへん」
金造を見つめるきむこ。茶をすする。
「じいちゃん。あんた悪党ね」
眉を上げる金造。
「ワシは詐欺師や。琴玉が量産しよるプラチナアンコの純金モナカと金玉しかでてけえへんガラガラを駆使して儲けまくったカネは、すべて本物のプラチナと純金に換えたった」
何度もうなずくきむこ。
「あのころの日本は鉄板にして進撃の物価高だったから、儲けたオカネはぜんぶ本物のプラチナと純金に換えたのね。そんでその本物のプラチナと純金はどうしたの?」
「琴玉の友達のいとこの友達のいとこの友達からこっそり借りた郊外の家の床下に穴を掘って埋めた。最終的にプラチナだけで1000キロ。それに純金100キロと琴玉のモナカが200キロあったでえ」
「なんかすごくうまくいってたみたいね。でも、なんでバレちゃったわけ?」ときむこ。
淡々と語る金造。
「純金モナカを買うた客の家が火事で燃えてもうてな。客が焼け跡で純金を探しとったらプラチナを見つけたんや。プラチナの融点は1769度。純金の融点は1064度やからモナカの外側の純金だけが溶けたんやな」
肩を落とすきむこ。
「そーかあ………。運の尽きね」
おだやかな目できむこを見る金造。
「ワシも琴玉もボチボチ捕まり時や思っとったから別に驚かんかった」
驚いて飛び上がるきむこ。
「えっ!もしかすっとじいちゃんも琴玉ちゃんも、最初から捕まるつもりだったの?」
涼しい顔の金造。
「ああ。捕まるのも計画の内やさかいな。捕まった後のこともあらかじめ準備しておいた」
「何をどう準備しておいたのよ?」
きむこを見る金造。
「ワシは友達の友達から借りた家の床下に大穴を掘ってな。その穴に100グラムの純金と100グラムのプラチナと100グラムの田虫モナカを7つか8つほど放り込んでそのままにしておいた」
「それから?」ときむこ。茶をすする。
「ワシと琴玉は捕まったらまず黙秘してやな。警察から『おまえらの友達の友達の家の床下を調べろ。と女の声でチクリがあった。そんでそこを調べてみたら大穴が掘られていてよ。純金とプラチナとおまえらが作ったモナカが出たぜ』とかなんとかほのめかされたら『おのれ富士みね子め!』と大騒ぎしたろな。と口裏を合わせておいたんや」
息を飲むきむこ。きむこの頬がふくらんで爆発し茶が噴霧された。
「ぶはははははは!それで今でも富士みね子の指名手配ポスターが駅や交番に貼られているのね!」
きむこが噴霧した茶を顔面に浴びた金造。
「うわきったなっ………。つーかなんやこれ?」
顔に吹きかけられた液体の臭いを嗅ぐ金造。
「酒やないか!こらきむこ。ワレいつの間にワシの竹鶴17年をおのれの湯呑に注いどるんじゃ!」
腹を抱えて涙ながらに笑い続けるきむこ。散々笑って笑ってやっと笑いがおさまると金造に真顔でこう尋ねた。
「富士みね子の指名手配ポスターの顔写真はモンタージュでしょ。じいちゃんと琴玉ちゃんはどうやって架空の女の顔の造りまで口裏を合わせることができたの?」
ブツブツ言いながら顔を拭いていた金造が何故か急に機嫌をなおす。
「おお!よう訊いてくれたきむこ!」興奮する金造。
「富士みね子の富士はやっぱ富士真奈美の富士やろいうてな。富士真奈美さんは細腕繁盛記ちゅう昭和のテレビドラマで『おい。かよ。犬にやる飯はあってもおみゃーに食わす飯はにゃーで』なんてセリフで有名な昭和の女優さんや。富士みね子のみね子はこれまた昭和の演歌歌手の西川峰子さんのみね子でな。『いやぁよいやいや子どもじゃないわ』なんて歌で有名なんやこの峰子さんも。ほんでこの二人のYouTube動画から頭部の3次元データを採取し合成した頭部の3次元画像をワシと琴玉は毎日毎日来る日も来る日も延べ100時間以上は見続けて脳裏に焼き付けてな。いよいよワシらが捕まって口を割ったあとや。警察はワシと琴玉を完全に隔離して別々の部屋で富士みね子のモンタージュをこさえたにも関わらず、まったく同じ顔が出来上がったもんやさかいな。警察のみなさん方はこらもう富士みね子さんいうのは絶対に実在する人物やでとすっかり信じ込んでもうたんじゃ」と今までのどのハナシよりも熱く語る金造にあきれるきむこだった。
「ワシが、おのれ富士みね子め!と叫んだ時のあの取り調べの刑事さんの嬉しそうな顔いうたらなかったわ。ワシは詐欺師やけどみんなを幸せにしたったんや」

最終章 田虫金造にやりと笑う

窓の外を見ている金造。
竹ぼうきを持った琴玉が通りすがりの通行人になにやら話しかけている。
琴玉を避けて逃げるように歩き去る通りすがりの通行人。
自分の頭のてっぺんを人差し指で指さしながらひとりで何か言っている琴玉。
窓の外を見ている金造が独り言のように話しだした。
「琴玉はほんまはすごいヤツなんやで。JBMAの店を手に入れたときワシはすっからかんのオケラなってもうてな。プラチナアンコの純金モナカを作ろうにも材料のプラチナや純金を仕入れるカネがあらしまへん。そしたらや。そうかーいうて琴玉がそのカネを都合してくれたんや。おまえはあいつがどないしてカネをこさえてくれたかわかるか?」
首を横に振るきむこ。
「わかんない。琴玉ちゃんはどうやってオカネを都合してくれたの?」
窓の外を見ながら話す金造。
「あいつは神戸理化学研究所のHPC。HPCいうんはハイパフォーマンスコンピューティングの略や。いわゆるスパコンと呼ばれる超並列コンピュータのこっちゃ。あいつはそのHPCにあっさり侵入してな。パパっと仮想通貨のマイニングプログラムを実行してカネを作ってくれたんや。おまえ信じられるか?あいつは本当にあの当時は京やら富岳やらいわれとったクニのスーパーコンピューターにいとも容易くログインしよったんやで。琴玉をレレレのおじさんやいうて笑うとる近所の連中にあいつのすごさはわからんやろ。あいつが何をやってのけたのか一日がかりで説明したっても何一つ理解でけへんやろな」
きむこも窓の外を見る。竹ぼうきを担いだ琴玉が庭を横切り、玄関に向かって歩いている。
「じいちゃんが刑務所に入ったころの世の中はどうだったの?」
きむこを見る金造。
「円安ドル高で物価はあがりっぱなし。実質賃金は下がりっぱなし。ほんでとうとう大規模なキャピタルフライトが起きて円は大暴落してもうた」
「えーっと…。キャピタルフライトってなんだっけ?」ときむこ。
ソファに座る金造。
「自分の国のカネを円に替えて儲けとった外国人のひとが一斉に円を自分の国のカネに戻して撤収してしまうことや。びっくりした日本人も一斉に円をドルやユーロに替えてもたけどな。純金やらプラチナに換える方々も大勢おったわ。なはは」
金造のとなりに座るきむこ。
「円の大暴落で飢え死にする人も出たんでしょ」
指を組み合わせて俯く金造。
「年金暮らしのお年寄りが大勢餓死したらしい………」
金造の横顔を見るきむこ。
「日銀や政府はどうしたの?」
ソファにもたれる金造。
「あんときワシはムショ暮らしやったからな。どないなったんかようわからんのや」
獄中の金造は知る由もなかったが、日銀と政府はどうにもできなかった。あまりの円安に恐れおののいたBISの面々がある日の会合で日銀総裁を問い詰め、日本がひた隠しにしてきた深刻極まりない状況が明らかにされた。その結果、日本の財政をIMFが、金融をBISが牛耳る条件で、日本に対する大規模なエネルギー支援と食料支援が国連総会で可決された。年金と生活保護は現物支給となり餓死者は徐々に減っていった。しかし輪番停電が常態化し、ガソリンと軽油は配給制となり、ガスの使用量も制限され、消費税は30%にアップ、相続税は基礎控除が廃止され税率もアップ、社会保障費は歳出の28%以内に制限され、高齢者医療の自己負担率は5割となり、各種支援金や補助金はすべて撤廃、毎年1%の公債金削減が厳格に義務化された。しばらくすると1ドル3000円近辺で円安はストップするも、物価は2024年の20倍に上昇し、実質賃金は0.34倍にまで下落した。海外メディアと海外の有識者は財政ファイナンスをやらかした日銀を無責任の極みと罵倒し、国債出し放題で減税とバラマキだけしかしてこなかった日本の政治家を最低最悪のポピュリストとボロクソに叩き、日本の官僚と日本のメディアと日本の有識者も根性なしのフヌケと容赦なくなじり倒し、直接間接問わず日本国民をも相当こっぴどくヒニクった。唯一良かったことは食品ロスの激減だけ。
金造のとなりに座るきむこ。
「じいちゃんはさっきさ。ボチボチ捕まり時と言ったけど、どうしてそう思ったの?」
組んでいた脚をブラブラさせる金造。
「プラチナが値上がりしだしたんや。純金の半値以下やったんが7割くらいまで上げてきよった。まあ希少性は純金よりプラチナが上やし、2010年あたりはプラチナのほうが高かったからな。その後もプラチナはどんどん値上がりし、ワシらの裁判が始まった頃は純金の値段とかわらんようになった」
金造のそばによるきむこ。
「じいちゃんはプラチナの値段が上がることを予測していたんじゃない?プラチナもいずれ純金と同じ値段になるってわかっていたんじゃない?」
きむこを見る金造。
「なんでそない思うんや?」
金造を見るきむこ。
「じいちゃんは悪党で詐欺師だけど凶悪犯じゃない。もちろん善人じゃないけど極悪人でもない。そして田虫貴金属に純金インゴットを買いに来た人たちはオカネ目当ての投機家じゃない。政府と日銀が財政ファイナンスをやり過ぎたせいで鉄板進行になった円安物価高から自分の資産を守ろうとしただけの人たちよ。何年も何年も汗水流してゲロまで吐いて耐えに耐えてやってきた労働の対価を必死に守ろうとした人たちよ。迫りくる凶悪な物価高から家族や周りの人々を飢え死にさせないために必要な資産を守ろうとした人たちよ。じいちゃんはそれをわかっていた。だから田虫貴金属に来てくれたお客からオカネを騙し取るのが嫌だった。だから田虫貴金属に田虫モナカを売りに来た人たちにはその時の小売り価格でモナカを買い取ってあげたのよ。それだけみればじいちゃんのしたことは金ETFとかわらないじゃん。それならじいちゃんはなにも悪いことなんかしてないよ。それだけじゃなくじいちゃんは他の貴金属店のプラチナインゴットだってその時の小売り価格で買い取ってあげたじゃん。だからそう思うのよ」
苦笑する金造。
「そりゃワシを買いかぶり過ぎいうもんやできむこ。身体のあっちやこっちや金玉の裏側がこそばなるからやめてくれ」
くちびるをとがらせるきむこ。
「だって裁判の前にはもうプラチナと純金の値段は同じだったんでしょう。それならプラチナアンコの純金モナカを買った人たちを被害者だなんて呼べないよ。被害金額ゼロどころか相当な含み益もでているはずでしょ。それで懲役2年って重すぎない?」
「とにかく、前代未聞の詐欺じゃ!いうて検察の求刑は10年やった。せやけど主犯格は富士みね子いうことになっとるし、おまえがいうように被害者がおるんかおらんのかようわからんいうて減刑嘆願書は出てきよるし、あいつらはまだカネをしこたま持っとるに違いないと怪しい弁護士さんたちがようけワシと琴玉の周りに群がってくるしでな。裁判所の判決は実刑2年や」
不服そうなきむこ。
笑顔できむこを見る金造。
金造を見て笑顔になるきむこ。
「刑務所を出所したときじいちゃんは何にいちばん驚いた?」ときむこ。
「スーパーやコンビニでふつうにドルやビットコインが使えるようになってたことや。まあ当然やがな。クレジットカードも外貨預金で決済できるしな。せやけど値札に円とドルとBTCも併記されとるのには笑うた。ビットコインなんか0.000000000152BTCとかやで。まあ現金取引ちゃうから間違いもないんやろうけど、意味あるんかいあれ」
「うちらはドルのカードしか使わない。ドル紙幣は円紙幣に交換して使うよ」
「ワシかてそうやで。日本はもう潔く円なんかやめてドルだけにしたらええんや。せやけど消費税以外の税金をドルで納められるようになったんもつい最近のことやろ。IMFのドル納税要請にクニは必死になって抗いよったからな。そんでもってクニはいつもの如く海外メディアに散々クソ叩かれたから折れたようなもんや」
「それで、じいちゃんは刑務所を出てどうやってオカネ持ちになったの?」
きむこを見る金造。
「おう。ワシと琴玉の純金インゴット偽造事件が大々的に報道されるとな。捕まる前に売ったプラチナアンコの純金モナカが海外で希少性の高い美術工芸品やーといわれだしてな。たちまち値段を上げたんじゃ。琴玉の純金モナカには本物同様シリアルナンバーが打ち込んであってな。シリアルナンバーの記録もちゃんとあってネットで公開されとんねん。そんで富士みね子が持ち逃げしたことになっとる100グラムのモナカ2000個はやな。琴玉の友達のいとこの友達のいとこの友達からこっそり借りた郊外の家の床下にあるいうわけやこれが」
「わーお。で、じいちゃんはその田虫モナカをうまぁいこと捌いたわけね」
「せや。捌いたのはワシやのうてきむこのおとんとおかんやし捌いた数も500個ほどやけどな。1個100グラムのモナカの平均小売価格が2万ドルやから1億ドルほど儲けた。いまんとこな」
パチパチパチと手を叩くきむこ。
「すっご!あでもさあ。田虫モナカの偽物も出てきたでしょう?」
きむこを指さす金造。
「それや。おまえ鋭いなきむこ。いや琴玉はほんまに用意周到かつマメな人間でな。ひとつひとつのモナカを近接撮影しとったんや。せやから田虫モナカいうもんはその写真と照合することで確実に真贋が判明する。もちろんその写真は門外不出の重要機密やからな。田虫モナカを鑑定できるのはこの世で琴玉だけじゃ。そんなんで田虫モナカを持っとる人らはみんな琴玉にモナカを見せて琴玉から鑑定書をもらうんや。まあピカソが自分で描いた絵を自分で鑑定するのと同じこっちゃな。これ以上完璧な鑑定方法はないで」
金造を見つめるきむこ。
「これでやっとじいちゃんがオカネもちになった理由がわかった。99%計算ずくだ。いや100%かも。海外で田虫モナカが希少性の高い美術工芸品として扱われだしたのは想定外じゃないわね。じいちゃんがそう仕向けたんでしょ?」
口元がほころぶ金造。
「やっぱおまえにはわかるか。逮捕される前にワシと琴玉ときむこのおとんとおかんとでモナカをどない捌くか念入りに検討してな。実際に海外で仕掛けたのはきむこのおとんとおかんや。ワシと琴玉はムショ暮らしやったからな。せやけどな。想定外もある。むかーし琴玉がこさえたマル琴の刻印が入ったタングステンモナカ。あれが今では田虫モナカの10倍の値がついとるわ。この世に10個ほどしかないからな。希少価値や」
ハナシを終えた金造。黙ってきむこを見つめる。
「さあ。今度はおまえの番やきむこ。誕生日のプレゼントをくれ」
ポケットから紙切れをとりだすきむこ。金造にさしだす。
紙切れをうけとる金造。書いてある文章を読みあげる。
「きむこの肩たたき券。死ぬまで有効。※シモの世話にも使えます」
きむこの肩たたき券を長いこと見つめる金造。穏やかな眼差しできむこを見る。
「そのテーブルに並んでいるお宝やけどな。きむこのにいちゃんやねえちゃんがワシにくれた誕生日のプレゼントや」
テーブルに並んだお宝の数々を見るきむこ。優しい顔で目を細める金造。
「ぜーんぶ偽物や。にいちゃんやねえちゃんはおまえらのおとんやおかんからワシが偽の純金でひと財産築いたことを聞いたんやな。ワシに出来のええ偽物をやれば喜ぶ思ったんやろ」
笑顔になるきむこ。
「そのカラバッジョは聖マタイと天使いうてな。ドイツで焼失したもんや。白黒写真しか現存せえへんのに色付きの油絵をこしらえてきよった。たいへんやったやろってねぎらったったらな。じいちゃんそれ持ってなんでも鑑定団に出な。ときよった」
くすくす笑うきむこ。
「バイオリンはストラディバリウスなんやて。ワシは口笛も吹かれへんのになんや。豚に真珠いう意味か?と訊いたらこうじゃ。違うよじいちゃん。猫にこんばんわ」
「あははは」声をあげて笑うきむこ。
「みんなまあ…ワシの遺産が欲しいんやなぁ。せやけどあいつらがくれたもんはぜんぶ偽物や。偽物は偽物や。唯一本物をくれたのはきむこ。おまえだけやった」
神妙な顔になるきむこ。
「それとなきむこ。ワシに直接、なんでじいちゃんはオカネ持ちになったの?なんて尋ねに来たのもおまえだけやった。そんできむことじっくり話してみてわかったことはな。きむこは42キロを3時間以内で走れるトップアスリートやいうこっちゃ」
俯くきむこ。
「この肩たたき券はありがたくもらっておく。せやけどなきむこ。気い悪うせんといてな。このプレゼントのタイムはまあ5時間やな」
なにも言い返せないきむこ。黙ってうなずく。
「ごめんなきむこ。詫びいうたら変やけど、おまえには特別にこれをやる」
抽斗を開けて100グラムの純金インゴットを取り出しす金造。きむこに差し出す。
純金インゴットを受け取るきむこ。てのひらの上のひんやりと重たい金属の塊を見つめる。
「それはもちろんモナカや。琴玉が初めて作ったプラチナアンコの純金モナカや。タケノコを煮るより簡単にできたというたやつじゃ」
首をかしげる金造。
「おまえはワシのハナシを最初から全部録音しとるんやろ?今までのハナシの音声データがありゃそのモナカの価値は量産された田虫モナカ100個分にはなる。せやけどなきむこ。音声データを公開してそのモナカを売るんはワシと琴玉が死んでからにしてくれ。また逮捕されてまうからな」そう言って笑う金造。
うふふ。ときむこ。尻のポケットからスマートフォンを抜くと、金造の目の前でポンポンとタップしてみせる。
「このモナカはありがたくもらっておくね。んで録音データはご覧のとおり消したよじいちゃん。信じられなきゃ今ここでこのスマホを叩き壊してもいいよ」
書斎のドアが静かに開き、竹ぼうきを担いだ琴玉が入ってくる。
「なんや琴玉。きたないほうきを部屋に持ち込むないうたやろ。魔女の宅急便かおまえは」と金造。
「きむこに呼ばれたから来たんだよ。しばらくしたらここに来いってさっき言われてよ」と琴玉。
「わたしが琴玉ちゃんをここに呼んだのよ」
きむこと琴玉を交互に見る金造。
「どういうことや?」
「わたしもじいちゃんのお宝が欲しいのよ。でもね。わたしが欲しいお宝は琴玉ちゃんの友達のいとこの友達のいとこの友達からこっそり借りた郊外の家の床下になんかない。わたしが欲しいお宝はここ」人差し指でこめかみをつつくきむこ。
「じいちゃんと琴玉ちゃんのここにある。じいちゃんに、どうやってオカネ持ちになったの?なんて訊いたのは、じいちゃんのおつむの中を探るため。いやはやまだまだたっぷりとお宝が詰まっていそうで嬉しいわあきむこ」
琴玉を見る金造。眉をあげて金造を見る琴玉。
「だからねじいちゃん。その肩たたき券はそうね。こんどうんこしたらおしりを拭くのに使うといいよ」
「そうか。それやったらなんか他のもんくれるの?」と金造。
「もちろん。さっき調べたら今のプラチナ価格は純金の倍になってるじゃん」
きむこをじっと見つめる金造。「で?」
きむこのまぶたが大きく開き、白目が黒くなり、黒目が白くなる。
そして元は黒目であった白目の中心部から善人には見ることができない光線が放たれた。
その光線をしかと見る金造と琴玉。嬉しそうに笑うきむこ。
「ねえじいちゃん。琴玉ちゃんとわたしとじいちゃんの三人で、純金アンコのプラチナモナカを作ろうよ」
田虫金造にやりと笑う。

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