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美味しいコーヒーの愉しみかた Acidity and Bitterness 第21話

終章


 私はPCの画面を睨んで、この注文をどう裁こうかと考えている。
 50人分のお弁当の発注が入ったばかりで、同日に20人分が追加された。

「うーん……やっぱり茜さんにヘルプを頼むしかないか」

 「定食まなべ」が仕出し弁当屋にシフトしてから、毎日不安定な発注に対応している。

 月の売上は前の定食屋の時よりも良い。法事や、商店街関係の集まり、近所のサークルの会合などでも注文をもらえていた。

 配膳がないこともあって、常にバイトが要るというわけでもない。
 ただ、目の前にお客さんがいた日々を思い出すと、あれはあれで幸せだったんだなと思う。

 私は発注関係の仕事を終えると隣のお店に向かった。
 カウベルがカラランと鳴って、カウンターからこちらを見るいつものナツさん。この顔を家でもお店でも見るようになったのに、未だに毎回胸の奥が音を立てる。

「利津さん、発注関係は大丈夫でしたか?」
「はい。焙煎に入りますね」

 ナツさんに焙煎機の使い方を教えてもらい、私は焙煎士になった。
 お父さんのお店を手伝わなくてもよくなってから、ナツさんは私をバイトとして雇ってくれたのだ。

 私がコーヒーを焙煎している間、ナツさんは焼き菓子を焼いたり店内の準備をする。
 
「そろそろ、2種目のブレンドコーヒーを作ろうと思うのですが」
「賛成です! 何にしましょう??」

 私が焙煎機を動かしながら興奮気味に言うと、ナツさんは穏やかに笑う。

「今度こそ、リツブレンドにしましょう。利津さんは豆の特徴も種類も覚えてきましたし、そろそろ独断でブレンドを作ることもできるはずです」
「え……」

 ナツさんがひとりではできなかったブレンドコーヒーの配合を、どうして私に任せてくれるんだろう。

「利津さんは、ブレンダーに向いています。それを、証明してみせてください」
「いや、でも……」
「利津さんが本当に美味しいと思うブレンドを作れば良いんですよ。コーヒーに正解はないと思って」

 私はもう、自分で焙煎ができる。それに豆のことも分かるようになった。

「じゃあ、試作をしたら確認してくれますか?」
「僕では利津さんほど分かりませんが、それでも良ければ」

 ナツさんに言われて、私の心は決まった。
 作りたいブレンドコーヒーがある。その味を、頭の中でシミュレーションしてみた。

  *

「へえ、利津がブレンドコーヒーをねえ」
「でも、利津さんって前のブレンドコーヒーの時も配合を決めたんじゃないんですか?」

 最近よくお店に来る祥太と真樹さん。
 2人は今、この町で一緒に暮らしている。
 私とナツさんは同居だけど、祥太と真樹さんは同棲だ。

「今お店で出しているブレンドは、あくまでもナツさんが配合を決めたものに私が感想を言っていただけ。今回は配合も焙煎もやるから緊張するの」
「ふうん、よく分かんないけど。やってみれば?」

 祥太は平気でそういうことを言う。
 お店のセンスが問われるから、ブレンドコーヒーってそれだけ大事なのに。
 祥太は「頑張れ」と歯を見せて笑った。真樹さんも笑顔だ。

 祥太と真樹さんはいつだって穏やかに、とても仲良さげに私たちと会話をする。
 真樹さんは私と祥太が幼馴染だという事実を普通に受け入れてくれていた。

 祥太に必要だったのは、この町にある当たり前の光景をそのまま受け入れてくれるパートナーだったんだろう。
 真樹さんと一緒にいる姿を見ているうち、そんなことが分かった。

 美容師をしながら繕うことが重要だと言った祥太が、今は自分を繕わずに過ごせる真樹さんといる。

 祥太はいつも派手な髪色だし真樹さんはモデルさんみたいで、2人は見た目に華やかで目を惹くカップルだった。
 
 いつか祥太は自分の夢に「可愛い奥さん」の存在を話していたけれど、真樹さんと結婚したらその夢が叶う。
 真樹さんはあどけなさがあって可愛い人だ。

 私だけでなく、この商店街のみんなも祥太の真剣交際を見守っている。
 お願いだから、真樹さんに振られないように頑張ってよね、祥太。

  *

 夜の20時半を回ったころ、私とナツさんは閉店作業を始める。
 お客さんがいる時は20時45分にラストオーダーを取るけれど、冬の間は20時を過ぎたら客足はなくなった。

「どうします? ブレンドの試作、やって行きますか?」
「そうですね、折角なので第一号を作ってみます」

 私は早速頭の中で思い描いたブレンドコーヒーを、計量して焙煎機にかけた。今日のところは、すべての豆を同じ中浅煎りでやるつもりだ。
 ナツさんは閉店作業をしているので、私の配合は見ていない。

 あと3ヶ月で、『The Coffee Stand Natsu』はオープンして1年になる。

「やっぱり寒い。春が待ち遠しいですね」

 顔を刺すような鋭い空気を感じながら外に出る。試作したブレンドコーヒー200g分がほんのり暖かい。それを大切に抱えて、私はナツさんが戸締りをするのを見守っている。

 ナツさんが鍵を閉めながら「春の前は本当に冷えますから、余計にそう思いますね」と白い息を吐きながら言った。

 私たちはすぐ隣にある元定食屋の建物に入り、そのまま2階に上がっていく。
 お父さんが揚げ物をしている音がして、私は心配しながら家のキッチンを覗いた。

「今日は、フライ?」

 お父さんは一度倒れたきり失神することもなかったけれど、いつまた倒れるか分からない身体だ。揚げ物をしていると、どうしても心配になってしまう。

「うん、今日はお祝いだからアジフライだ」

 私が何のことか分からず首を傾げると、「ありがとうございます!」とナツさんが嬉しそうにしている。どういうことかと尋ねたら、今日はナツさんの誕生日だったらしい。

「どうしてお父さんでも知ってるナツさんの誕生日を、私が知らなかったんですか!」

 テーブルの席に着いてショックを受けていると、ナツさんは「言ってなかったから別に気にしないでください」と笑っている。

 そういう問題じゃない。ずっと一緒に生活してきて誕生日を聞く機会なんていくらでもあったのに、私はこれまで一体何をやってきたのだろう。

「利津さん、僕はもう誕生日を祝うような歳じゃないので気にしないで下さい」
「でも……」

 私が何もしていないのとは対照的に、お父さんは小さなバースデーケーキまで用意していた。
 白いショートケーキに苺が乗っていて、プレートに「お誕生日おめでとう、ナツさん」と書いてある。

 お父さん、準備万端過ぎなんですけど……。しかもナツさんて。いつも裕さんって呼んでるくせに。

 ナツさんは美味しそうにアジフライを平らげて、「今までの人生で一番美味しいアジフライでした」と満面の笑みを浮かべた。

「あの、ナツさん……。今日は何も用意できなかったんですけど、私がコーヒーを淹れるので飲んでいただけますか?」

 ナツさんを前にコーヒーをドリップするのも、自分の作ったブレンドコーヒーを披露するのも初めてだ。
 ナツさんは笑顔で「お願いします」とひとことだけ言った。

 家にはコーヒーを淹れられるように道具が一式揃っている。
 いつもはナツさんが朝食後にコーヒーを淹れてくれて、お父さんと私はお客さんのようにそれを飲んでいた。

 やかんに水を入れて火にかける。ドリッパーにペーパーフィルターをセットし、お湯が沸くのを待った。
 沸騰してからフィルターをお湯で濡らしてカップや器具を温めると、フィルターにさっき作ったブレンドコーヒーを入れる。

 煎りたてで挽きたてのコーヒーの、香ばしい香りが目の前に広がった。

 私は豆を蒸らすことを意識してコーヒーを淹れ始める。
 お湯が入った豆が泡を立てるように膨らんで、その度にコーヒーの香りが立つ。なんて心地の良い時間だろう。

 コーヒーって、淹れている時にこんな幸せな気分になるんだ……。

「……どうぞ」

 緊張しながら、ナツさんにコーヒーを勧めた。
 ナツさんは最初にコーヒーの香りを確認し、そしてカップに口を付ける。
 こくん、と小さく飲んで味を確認した後、もう一度ごくん、と多めに飲んだ。

「どうでしょうか……?」

 私はまだ、味見をしていない。
 最初にナツさんの意見が欲しくて、自分で飲むよりも先にナツさんに飲んで欲しかった。

「美味しい。というかこれ、僕好みじゃないですか」

 ナツさんはそう言って、困ったような顔をした。
 その顔を見て、美味しくないのか不安になる。

「利津さん、なんで自分好みじゃなく、僕好みにしたんですか?」
「ナツさんの好きなブレンドコーヒーを作ってみたかったんです」

 ハッキリと言い切ると、お父さんはケーキを早速食べ始めてコーヒーを飲む。

「ふうん、こういうコーヒーが裕さんの好みですか」
「ええ、実は……。飲みにくいですよね?」
「いいえ? とても美味しいですよ」

 お父さんはどんどんケーキを平らげ、コーヒーを一気に飲んで席を立つ。
 なんとなく、私とナツさんだけで話をしろという行動だ。

 私はなんだかいたたまれなくなって、ケーキをひと口食べた後でコーヒーを飲んだ。
 思った通りの味で、やっぱり複雑な香りと果実のような酸味が美味しい。

「うん、思い通りの味になってます」
「……やっぱり敵わないな、利津さんには」

 ナツさんはそう言って苦笑いを浮かべた。
 私が一回で思い通りの味を作ったことを言っているんだろう。

「師匠が優秀なお陰です」
「いいえ、僕はただ人生に失敗してここに流れ着いただけなので」

 ナツさんはケーキにフォークを入れて、ぼそりと言った。

「利津さんを追い詰めた会社の人たちと、同類なんです」

 コーヒーショップに立っている時は見せないけれど、ナツさんはずっと罪の意識を背負ったまま生きている。

 だけど、私が社会人になって出会った悪意ある人たちとナツさんでは、根本的に違う。
 仕事に熱心で、天才肌で、集中してしまうだけだ。
 それを止める人間が周りにいなかったから悲劇は起きてしまったけど、本来ナツさんには攻撃性なんかない。

 私はそれを散々言って来たけれど、ナツさんは自分を許せていなかった。

「ナツさん、コーヒーを表すのって、コクと酸味と苦味ですよね」
「そうですね、世界共通言語でbody、acidity、bitterness」
「食の世界でコクはよく意識されますが、酸味と苦味を重視しているのって、珍しいのはご存じですか?」
「?」

 最近、気付いた事がある。

「人間は、生まれてきたら甘味、塩味えんみ、うま味しか受け入れられないようになっているんです」
「赤ん坊の話ですか?」
「はい。人は酸味は腐敗、苦味は毒として避けるようにプログラムされて生まれてきます。つまり、私たちが酸味や苦味を受け入れられているのは、『経験』によるもの」

 赤ん坊は判断力が無く何でも口に入れることから、酸味と苦味を避けることで生存率を上げている。洗剤などは子どもが口に入れないように、極端に苦い味付けをされているくらいだ。

「人は生まれてきた時には誰もが酸味も苦味も嫌いだったはずなんです。なのに、私達はコーヒーをこんなに美味しく飲むことができるじゃないですか」
「経験の賜物、ってわけですか」

 私は頷いてコーヒーを飲む。ナツさんが好きだと言ったケニアの豆がメインのブレンドコーヒー。
 綺麗な女の人みたいな、強くて、後ろ姿がスッキリとした、どこか後を引くような香り。

「年を重ねたことでコーヒーが美味しくなったんじゃないかとも思うんです」

 私が最近思うこと。コーヒーは、大人になればなるほど、美味しくなるのかもしれない。

「実は僕、コーヒーってあんまり好きじゃなかったんですよ」
「そうなんですか?」
「例の件で色々あって、喫茶店で人と話す機会に恵まれて……いつの間にかコーヒーが飲めるようになっていました」
「じゃあ、ナツさんとコーヒーの出会いって……」
「歴史は浅いんです」

 人と人の出会いと同じように、食との出会いにもタイミングやその時の環境がある。
 人がコーヒーに惹かれるのは、出会い方とも関係しているのかもしれない。

「私も、コーヒーが好きになったのはナツさんのお店に通うようになってからです」
「それが今や、焙煎士ですか」
「ちゃんと焙煎士が出来ているか分かりませんけど」

 焙煎士というのは、特に資格が要る職業ではない。
 豆の焙煎をするのにあたって、その特徴を把握したりお客様に勧められる説得力さえ持っていればできる仕事なのだと知った。

「このブレンドが作れるんだから……焙煎士としてもブレンダーとしても凄腕ですね」

 私に焙煎士やブレンダーの優劣は分からない。凄腕と言われてもそれを否定も肯定できなかった。

「一般的には大したことないかもしれませんし」
「じゃあ、挑戦してみても良いんじゃないですか?」
「……?」
「他のお店に就職してみても」

 ナツさんはカップに口を付けたまま、表情を変えずに言った。
 私は目の前が真っ白になって、何も考えられなくなりそうだ。

「私が……負担になりましたか?」

 これだけ四六時中一緒にいると、ナツさんも嫌になるんじゃないかと思っていた。私は人付き合いに自信がないし、ナツさんに迷惑をかけていてもおかしくない。

「そうではなくて。外に出て活躍してみたら、自信になるかもしれない」
「でも私は……」
「履歴書や面接の対策は、僕も協力しますし。コーヒーの世界になら、飛び出せるかもしれないって思いませんか?」

 そんなの、全く自信が無い。新しく出会う人たちのことを考えると足が震えてきそうだ。

「無理です。そんなの」
「利津さんは、この短期間に日葵や真樹さんとも打ち解けました。茜さんに仕事を依頼したりもできます」
「それは、みんなが優しいから……」

 この町に来てくれる、縁のある人たちは付き合いやすい。
 ナツさんに邪魔だと言われれば諦めがつくけれど、外の世界に行った方が良いと言われても困る。

「私は、この町を出ていかなければいけないんですか?」
「いや、別にそういう意味ではないんですが……」

 祥太みたいに最初からこの町にいたくているわけではないけれど。
 もう、お父さんも定食屋をやめてしまったけれど。

「ナツさんのお役には、立てないんですか……?」
「充分すぎるくらい、お力になっていただきました。利津さんに甘え切ってしまいそうだから、僕はそろそろ利津さんの人生を自由にしなければ」

 私の人生を自由に……。
 それは、ナツさんなりに私のことを想ってくれているのだろう。
 もっと広い世界に出て行って、私の能力を試せということなのかもしれない。

「私がお店から抜けたら、アルバイトを雇うんですか? 誰かアテがあるんですか?」
「アテなんてないですが、アルバイトを雇うことも考えないとなりませんね」「……そんなの嫌です」

 私はぐるぐると考えて、結果的に感情論しか出なかった。
 別に、自分の実力を試したりなんかしたくない。今いる場所を失って、得るものなんて欲しくない。

 確かに大手のコーヒーショップで焙煎士やブレンダーになれば、それだけ多くの人に自分のコーヒーを飲んでもらえるのかもしれない。
 それが、そんなに大事だろうか。

「僕は、酸味と苦味を味わいすぎてしまったんでしょうね」
「?」
「どんなコーヒーも美味しく飲めるようになったけれど」

 ナツさんは空になったカップをテーブルに置いた。
 コトン、と音が響く。

「もう誰にも傷ついて欲しくない。利津さんと富雄さんにも、迷惑をかけたくないです」

 お父さんは、もう寝たのだろうか。我が家はすっかり静かになって、ナツさんの淡々とした声が家中に響いている。

「どうして? ナツさんは、迷惑をかけてくれないんですか?」
「いや、どうしてって、当たり前じゃないですか……」
「祥太と私は、ずっと迷惑をかけあって生きてきました。喧嘩もいっぱいしたし、ぶつかることも多かった」

 ナツさんは何も言わない。表情が固まっていて、何を考えているかも分からない。

「この町で一緒に生活しているのに、どうして距離を取ろうとするんですか? ナツさんは、下町の雰囲気が気に入ってここに来たんじゃないんですか?」

 人と関わるのが嫌な人が、どうしてこんな昔ながらの商店街を選んだのか。
 お節介な人たちばかりが生活していて、すぐに家族のように接してくれるような町の雰囲気を、どうして気に入ったのだろうか。

「この町は好きです。確かに人と人の距離は近いけれど、みんな商売という共通項で話ができる。だけど他人の人生を背負うなんて、向いていない」
「背負えなんて言ってないじゃないですか」
「僕が、あと2年で店をやめると言っても?」
「……どうしてですか?」
「3年やって結果が出なければ、実家を継ぐ約束なんです」

 初耳だった。

「僕の実家は、漁師で」
「えっ。全然向いてなさそう」
「……ですよね……」

 ナツさんは今のお店を始める際に実家からお金を借りたらしい。
 漁師というのがどんな仕事をしているか想像もつかないけれど、お金が身内から借りられたので利息も取られなくて済んで、なんて自虐気味に笑っていた。

 ナツさんは、せめて事業を一度やりたいとコーヒーショップの店長に3年の猶予をもらったのだと言う。

「どうして、漁師なんですか……」
「そういう家に生まれてしまったので……」
「クリエイティブが活かせないです……」
「ですねえ……」
 
 芸術大学を出ているナツさん。実家の環境が漁師だと聞いた今、それが単に才能だけだったとは思えない。

「もうすぐ1年ですけど……利益はどうなってますか?」
「残念ながら、3年で開業資金の分を黒字化できる見込みはないですね。やっぱりこの業態は回転が悪いので……」

 私も気になっていた。定食屋はランチタイムに1時間で1つの席が2回使われたりする。
 でも、コーヒーショップは1人のお客さんが2時間滞在することが当たり前だ。1杯のコーヒー500円で、1席もしくはテーブル席の2席が2時間埋まる。

 原価は定食より安いけど、売上が少ない。だから焼き菓子というフードメニューを作ったんだけど……。焼き菓子は売れても単価が低い。

「じゃあ、オフィス向けにポット提供も始めましょう。この商店街で、200gの豆を委託販売してくれる場所を探して……今のところ総菜屋の大野さんしか思い浮かびませんが、うちの仕出し弁当にもポットでコーヒーをつけるメニューを出します」
「いや、そんな……」
「私、飲食店のことは分かっているつもりです」

 飲食店というのは利益率は低いし、かといってクオリティは下げられない。大手企業とは価格競争になれば負けるし、回転率を上げたら居心地は悪くなる。
 ヒットメニューが出れば簡単に真似されるし、原材料費の高騰や人件費の高騰にも悩まされる。

「インターネット販売なら、ナツさんのスキルが活かせます。お店のムービーを作ったり、サイトのクリエイティブを工夫したり」
「インターネット販売は、発送なんかも大変なんじゃないですか……?」
「今はいろいろありますよ。発送委託なんかも柔軟ですし」

 私はインターネット販売に詳しいわけじゃない。
 だけど、ナツさんを海にあげるつもりはこれっぽっちもなかった。
 実家のご両親には申し訳ないけれど、絶対にこの町に残ってもらう。そのために
まだできることがあるはずだ。

「祥太にもアイデアもらいましょう。顔広いし、接客業やってるから口コミ流してもらうのにもいいし」
「あ、はい……」
「なんでそんな消極的な感じなんですか!」
「あっ、怒られた」

 諦めかけているナツさんの考えを改めさせなければ。
 まだできることがある。ナツさんには、まだまだ可能性があるから。

「ナツさん、お店をやめるのは本意ではないんですよね?」
「そりゃ、もちろん……」
「じゃあ、これから一緒に駆けずり回りましょう!」
「利津さん……」

 ナツさんは、困ったような顔をした。
 私は、前にもこんな顔のナツさんを見たことがある。夏祭りの打ち上げで、ナツさんの過去を聞いた時だ。

 控え目なナツさんが、溢れる感情をこらえている時の顔。
 そんな風に困った顔をするナツさんを見ると、私はなんだってできそうな気がしてくる。

 怖いものがなくなっていくような感覚。
 あらゆるものが些細になって、私の優先順位が変わっていく。

 ナツさんの作る世界を守ってみせる。
 私が絶対、なくさせないーー。


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碧井夢夏 創作活動の時間を捻出して、より多くの作品を作る原動力にします。