19.私の日記【カタバミは君を忘れない】
昼下がりの暖かい風は、子ども達を急かすように洋服をはためかせた。
太陽は向こうの木々の影に隠れ、今日は終わっていこうとしている。
そして私は、後ろ髪を引かれるような思いで、季節の境目を歩いた。
足元の草を見ると、もうとっくに花は散ってしまい、緑の草が茂っているだけ。
道路を渡った先にある、他人の庭。
鮮やかに咲いたサツキの花も、歩道に落ち、散らばっていた。
終わっていく。
保育園の帰り道。
4歳の娘のお願いに負け、私は車を途中で停めた。
道路脇の歩道を歩く。
娘たちは散らばったサツキを拾った。
お花が好きな子ども達。
この子達は、眺める花ではなく、触って、摘める花を好んだ。
『もう夏が来るから、花は散ってしまうんだよ。』
私は、そう教えたんだ。
歩き進めても、道端には草があるだけ。
ヒメオドリコソウも、ミチタネツケバナも、もうどこにもなかった。
ただそれでも、一つだけ、娘は何かを見つけたんだ。
『これは、食べられる草?』
娘が指差す先には、ハートのような形をした、緑色の葉。
花は咲いてなかった。
けれど娘は、それを覚えていたんだ。
まだ沢山の野花が咲いていた頃、その植物もまた、黄色くて小さい花を咲かせてた。
『これは、カタバミって言うんだよ。』
私はそう教え、葉っぱを一つ千切り、口に入れるた。
『4才ちゃんも食べてみる?』
私はそう勧めてみたけど、娘はそれを拒んだのだ。
その時の事を、覚えてたんだろう。
葉っぱの形でその記憶を思い出せた事に、少しだけ驚いた。
もう、お花だけで植物を見てる訳じゃないんだね。
来年の春になれば、きっとまた同じ景色に会えるんだろう。
でもその頃には、君たちは一つずつ大きくなっている。
着ている洋服は、違う色かもしれない。
今は夢中になっている遊びにも、もう興味を失っているかもしれない。
花はまた咲くけど、この春に過ごした君たちは、もう戻らないんだ。
私はまた、カタバミを千切り、口に入れる。
そしてもう一度、あの時と同じ事を聞いた。
『4才ちゃんも食べてみる?』
娘は、
『いらない。』
と、変わらない答えを言ったんだ。
カタバミは、少し酸っぱくて爽やかな味がした。
その奥に、わずかな苦味。
いつか私が、今の君たちを忘れても。
君たちは、この花といっしょに私と歩いた事、覚えててくれるかな?
私が立ち止まっていると、
『はやくいこうよ!』
娘は、私を呼んだ。
私は、今年の春の君たちにお別れをしたつもりで、また歩いていくんだ。
もうすぐ、夏が来る。
