4.友達は彼方【マークXは三人乗り】4/13
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朝、廊下から響いてくる足音で目を覚ました。
私は起き上がって、寝室のドアを開ける。
『パパー!!』
2歳の娘が、笑顔で、いつもみたいに、全力で走ってきた。
「2歳ちゃん!」
私はすぐにしゃがんで、両腕を広げた。
2歳ちゃんが飛び込んでくる。
私は2歳ちゃんを抱きしめて、そのまま抱っこして立ち上がった。
「おかえり!会いたかったよ!!」
『パパ大好き!』
2歳ちゃんも、私をギュッと抱きしめ返した。
そんな夢を何回も見た。
私は目を覚ます度に、枕に顔を押し当てて、
ぐうぅぅぅぅぅ!!
みたいなうめき声をあげた。
でもそのあと、毎日のように決意した。
家族が帰ってきた時、みんなを愛してる父親に戻る。
みんなを守れる父親になって、みんなを待ってる。
だから俺は、ちゃんと朝ごはんを食べて、ちゃんと髭を剃って、洗濯がなされた洋服を着て、外に出る。
そして、自分を取り戻す。
本物の家族を抱きしめるんだ。
だけど、夕方になるに連れて、耐え難い孤独が私を襲った。
居間でうたた寝をしていると、母や妹が現れて、私たちはコタツで一緒に発泡酒を飲んでいた。
妻はいなくて、娘もいなくて、私は母と普通に過ごしてた。
そして目を覚まして、
(俺の血が全部入れ替わってしまったらいい)
と思った。
時々、アウトドアナイフを右手に持って、家の廊下にある全身鏡を眺めた。
でも、だからって何かしようとまでは思わず、少し怖くなって、ナイフを誰もいない部屋に放り投げる。
そうだ、私は、まだちゃんと生きていたいんだ。
そのあとは落ち着いて、投げ捨てたナイフをタックルボックスに片付けて、またご飯を食べて、薬をのんだ。
そんな生活を、一ヶ月くらい過ごした。
また家族と一緒に暮らす。
私にはそれしか残ってないと思った。
私が26歳の頃、ぶっころを実家に送ってやった後の話に遡る。
程なくして、ぶっころは自衛隊に入隊した。
すると、たまたま配属先が私の家から車で15分くらいの所になった。
それからというもの、とにかく何をするにも一緒だった。
新米自衛官のぶっころは、車を持ってなかった。
なので、暇さえあれば私に電話をしてきた。
その度に私は車を出して、彼を助手席に乗せては、あちこちを走り回った。
ドライブをした。
ご飯を食べた。
ゲームをした。
酒を飲んだ。
温泉にも入った。
ヘッタクソなナンパをして、撃沈した事もあったっけ。
ぶっころは、若い頃の無茶な生き方が祟ったのか、慢性的な冷え性に悩まされていた。
だろうな。
彼はいつも温泉を必要としていたので、私も温泉に詳しくなった。
そのうち、LINEというアプリが誕生したので、私たちはLINEで連絡を取るようになった。
ぶっころのアイコンの横には、
【温泉ダイバー】
と書いてあった。
何なのコイツ。
ある日、ぶっころは車を買うと言い出した。
「何に乗るか決めてんの?」
私がそう聞くと、彼は、
『トヨタのマークXかな。』
と言う。
お前まだ20代だろ。
シブ過ぎない?
『ディーラーに連れてって欲しいんだよ』
私は了承し、彼をトヨタに連れてってやった。
ぶっころが店員さんと話をしている光景を、私はボーッと眺めてた。
どうやら、ちょうど試乗車があるらしかったので、ぶっころは試しに乗ってみる事にしたようだ。
『お前も助手席乗れよ。』
彼がそう言うので、私はマークXに近づいていった。
「とりあえず乗ってみたら?」
私がそう促すと、ぶっころは運転席に乗り込む。
明らかに狭い。
マークXは狭かった。
違う。
ぶっころがデカすぎた。
「シート後ろにやれよ。」
私がそう言うと、ぶっころは運転席のシートを後ろに下げた。
ダメだった。
ぶっころの足は長すぎて、限界までシートを下げると、運転席の後ろのシートが使えなくなった。
私は店員さんに聞いた。
「後部座席はもっと下がらないんですか?」
運転席で困ってんのに後部座席の事聞くのおかしいだろ。
俺にそんな事させんな。
デケェんだよ。
店員は言う。
『これが限界ですね。』
ぶっころはマツダのアクセラを買った。
それからというもの、構図が入れ替わった。
運転手はいつも私だったのに、アクセラが納車されてからは、助手席が私の指定席みたいになった。
それからのぶっころは、まさに水を得た魚のように、
『北へ行こう。』
『海で焚き火をしよう。』
『俺たちが知らない場所を探そう。』
『ビリヤードをしよう。』
『椅子を作ろう。』
そんな事ばっかり言ってきた。
何だ椅子を作ろうって。
買え。
私たちはいつものように、夜の道をドライブする。
それから、困った事が判明した。
彼は時々、運転中に、ガクッと首を落として、ハンドルを乱れさせた。
「おい!」
と私が言う。
「今、寝てたぞ?」
私がそう言うと、
『スマン、眠くてどうもならん。』
と言うのだ。
「運転変わろうか?」
私が言うと、
「スマン、頼むわ。」
と言う。
スマンの多い男は自分の車の助手席で眠ってしまったが、思えば、おかしな事は前からあった。
時々、ぶっころ以外にも、フグタ君と一緒に遊ぶ事があった。
私たちはいつもPSPのゲームでモンスターを狩り、夜遅くまで素材を集める事に熱中していたんだけど、急にぶっころの操作するキャラクターが停止する事があった。
少しして、フグタ君が言う。
『やばい、ぶっころ落ちた!』
そのすぐ後に、ぶっころのキャラクターは体力0になってベースキャンプに運ばれていった。
私とフグタ君はそれを面白がって、起こしもせずに、
「このキャラをもう一回、戦場に運んでいこうぜ。」
と言って、ハンマーや大剣でぶっ飛ばして、モンスターに何度も倒される状況を作って笑ってた。
そのうちぶっころは、ヘビィボウガンにシールドをつけるようになった。
それでどうにかなるとでも思ってんのか?
他にも、私と一緒に温泉に入ったあと、よく座敷に横になっては眠ったし、私の車でドライブをしている時も、頻繁に寝落ちしていた。
(よく寝るやつだな、ホント。)
私はそんな事を思ってた。
それからしばらく経って、ぶっころは自衛隊をやめるとか言い出した。
ナルコレプシー。
それが、彼が教えてくれた病気だった。
睡眠障害の一種で、自分の意思に関係なく、強烈な眠気に襲われて眠ってしまう病気らしかった。
自衛隊を除隊した彼は、今度は警察学校に通い始めた。
本当に、国の為に働くのが好きな奴だ。
こんなに自由な男なのに、何でそんな自由とは程遠い事ばかりやろうとするんだろう?
呆れ半分、尊敬半分で、私はその理由を聞いてみた。
何でも、
『俺みたいなやつはどこかに自分を縛り付けておかないと、何をやるかわからない。』
だそうだ。
何だその、悪意はないのに力を持て余して大切な人を傷付けてしまう心優しいモンスターみたいな理由は。
私は、
「そうか。」
と答えた。
警察学校のカリキュラムの事はあまり分からないが、いずれにせよ、遠くの街に行って、当分は帰って来ないらしかった。
「頑張ってな!」
『おっす。お前もな。』
そして私たちは、しばしの別れをする事になった。
大きな変化が訪れたのは、私が29歳になった頃だ。
仕事の都合で沖縄に行くことになったのだ。
一応その頃には、ぶっころは警察官になって派出所勤務をしていたっぽいけれど、私の家からはとても遠かった。
それでもぶっころの行動力は凄まじく、2時間くらいかけて遊びにきた。
冷静に考えるとおかしな事だけど、その頃の私は、
(ぶっころとはそういう生き物だ。)
くらいに考えてた。
流石に以前ほど時間を合わせる事はできなくなっていて、遊ぶ回数そのものは減ってしまっていたけど。
私の沖縄暮らしはせいぜい3〜4ヶ月の予定であったので、
(すぐに元に戻るさ。)
とタカを括っていた。
しかし、そうはならなかった。
私は沖縄で、一人の女性に出会った。
その人は肌が白く、意思の強い女性だった。
私が地元に帰る事になっても、その人との関係が続いた。
後に女性は、私を追ってこの街にやってきた。
そして、32歳の春。
私たちは夫婦になった。
5/13へ続く
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