パーフェクト子育て
育児の正解ってなんだろう?
そもそもの話、
私はそんなに優秀じゃない。
優秀じゃない私が、良い子を育てようと思うのは無理がある。
良い親ってなんだろう?
良い子ってなんだろう?
何の本を読んでも、一つも納得できない。
子ども達に、どんなふうに育ってほしいのか。
そんな事をよく考える。
明るい子。
優しい子。
健康な子。
私はどうだ?
暗い。
排他的。
病気がち。
こんな私が、どうやって明るくて優しくて健康的な子を育てたら良いんだよ。
無理ゲーすぎる。
ていうか私だって、そんな大人になりたかったわ。
一つだけ確かな事は、世の中の理想通りの育児など、
私には無理
という事だ。
この問題に悩み続けて、今年で4年目になる。
長女はどんどん成長していく。
もう赤ちゃんじゃない。
もう幼いだけの子どもではない。
少しずつ、大きなお姉ちゃんになっていき、私の手が届ききらない場所に行きたがるようになってきた。
その中で、確かに分かったことがある。
否応なしに、子どもは私たち親を見て育つ、という事実だ。
そしてその影響は、小手先の教育よりも、よほど強いという事。
子どもが親を見て育つならば、
私自身が、なってほしいような大人になるしかない。
そう考えてしまうと、
もう、私は私でいられない。
そんなの無理だ!!
私は子ども達を愛してる。
でもそれだけじゃダメなのはわかる。
自分に悪い部分がある事もわかる。
だからもっと良い親になりたいと思って、本を読むんだよ。
でも、思ったんだ。
こんな私ではダメなんだと思いながら育児をしたら、
子どもは、
【こんな私ではダメなんだ】
と思うような大人になってしまうのでは??
私は、私の子に、
【私はこれで良いんだ!!】
と感じながら生きてほしい。
自分を否定しながら行う育児なんて、私が笑えない。
親が健全であればこそ、子どもだって健全に育つんじゃないかって、そう思ったんだよ。
だから私は、妻に言ったんだ。
私『……ママ……そんなにさ、苦しみながら完璧にしなくていいと思うよ。
もっとさ、ママ自身が、心穏やかにいられる事の方が大事なんじゃないかな?』
ママ『あなたは自分が楽な方に逃げたいだけでしょ。』
私(えっ……?)
ママ『子ども達はさ、私たちの事を見てるよ。
子育てって正解がないし、ほんっとに大変でさ、わかんない事ばっかりだけどさ。
ママも毎日、自分でわかんないなりに、工夫して、本当に嫌な気持ちになる事もある。
パパもそうでしょ?』
私『……。』
ママ『それでもさ、簡単に結論をださないで、やれる事をやれるまで頑張る事も含めて、全部子ども達は私たちを見てる。
だから本当に大事な事はさ、
私たちが、同じ方向をむいている事だと思う。』
私『……。』
ママ『だからパパもさ…そうやって諦めモードにならないでさ…私と一緒に頑張ってよ。』
私『……わかった……。』
なんか私が楽な方に逃げたみたいな結論にされてしまったけど、
それ以上、何も言える雰囲気じゃなかった。
正解はわからないけど、
夫婦が仲良く協力して育児をするのが一番大事だと思う事にした。
知らんけど。
ていうか俺に拒否権ないしな
