掌篇小説『ソとラ』
「小指を隠しつづけてたら小指にエロスを感じるようになる」ってクラスの文学少女のKちゃんが云ったっけな。あたしは両胸を青くまあるく隠すチューブドレスを着せられながら歌いながら、そんなことを思いだす。その理屈でいけば、おっぱいを隠さずみんな晒して揺らしていたら、誰も何とも感じなくなってラクなんじゃない? ヘソだってそうじゃん。あたしの田舎では夏になると、うえはんぶん真っ裸のおばちゃんが荷を積んだ自転車おしてたけど……そんな田舎でもたぶん映ってる生放送の歌番組で、「スタジオって案外狭いなぁ」「この服胸だけじゃなく寸胴のラインが判るのもイヤ。悦ぶ男いるの?」「いま後ろに座ってる調子ぶっこいたアイドル、どんな顔してんだろ。居眠りして涎たらしてりゃいいのに」なんてことも思いながら、あたしは歌う。体育祭のダンスほど簡単なフリと、体育祭よりも歌よりも練習したスマイルを1秒も崩さず、やりきる。顔がいたい。「スマイルって唇とか頬とか眼尻とかひび割れて、顔の裂けてく表情なんじゃないかな」って、奇しくも「スマイルボンバー♪」って歌詞で歌を終えて、3カメ撃ち抜くみたいなポーズを決めるタイミングで、思う。アホくさ。お金積んで出演したこの番組。もうどうせ呼ばれないだろうからいいけど。お母ちゃんごめんね。
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「ソからラの間が酷い」って。じぶんではわかんないけど、ボイストレーナーのオカマのWセンセーに云われた。「ほかの音は電子楽器ぐらいパーフェックなのに、ソとラの間だけ信じ難いほどテリボォ、音痴だわぁ。いまの時代女性アイドルでソとラの間ってのはアンタ、必須の武器、猫の爪、孔雀の羽、蜂の蜜、河豚の毒みたいなもんなのよ? キンキン煩くもなく陰気な低音でもない、ティーネイジのナッチュラルな話し声の音階ってことよ、おわかり? そこで男どもを擽って身悶えさせてキリンミイソフトゥリィさせなきゃいけないつうのに、アンタときたら。ある意味ジーニャスだわ……褒めてないわよ」オーディションの歌唱テストで、長机にならぶ審査員のおじさんたちの顔が全員アシンメトリーだったのはそういうわけか、あたしの部分的音痴のせいか、と。おじさんたちは12人いたか憶えてないけど最後の晩餐より面白い絵だと思ったけど、面白がられたのはどうやらあたしの方らしい。オーディションは決勝でおちたものの、ちいさな事務所に拾われ、件のWセンセーがあちこち触れまわったか、あたしでもひええと平伏すようなシンガーソングライターの重鎮YさんとかMさんとかが、興味もったのか曲かいてくれたりして。むろん、『ソとラの間』をいっさい使わない楽曲を。……でもねぇ、あたしが云うのもナンだけど、ぶっちゃけ、曲はどれもあんまし好きになれなかった。『ソとラの間』を省いたところで、別に? そう思ってたけど、やっぱりどっかヘンって、あたしでも、アイドルしか聴かない莫迦な男どもでも、ちゃんと感じとるんだね。デビュー曲も2枚目も、基準はよくわかんないけどすっごくお金かけて、スタジオは狭くとも田舎まで映る歌番組でたり、ワイハ~に飛んでCM撮ったり雑誌の水着グラビアに見開きででたりもしたけど、さほど、ヒットしなかった。「アンタのアルバム、隠れた名作って業界じゃ評判よぉメルヒェンよぉゥレジェンドゥ決定よぉ」ってWセンセー云ってたけど(ワイハ~って言葉もセンセーから教わったっけ。それは兎も角)、曲が世間から隠れてどおすんの、って話でしょ? おっぱいじゃあるまいし。『ソとラの間』を世界であたしひとり隠したとこで、エロスにも糠漬けにもなりゃしない。
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けっきょく、1年ちょっとでレコード会社から契約切られるの決まって、ジジツジョウもう新曲はだせないってなって。始めからそうだったけど歌で売れないとなるとなおさら、歌とカンケーない深夜ラジオのアシスタントだのお笑いのテレビでコントの端役だの水着じゃなく下着姿の撮影だの、やりたくない仕事が山ほどはいって。レコーディングは実質歌をいれに行っただけでYさんにもMさんにも会えなかったし、共演した絢爛豪華なアイドルたちは……知らなきゃよかった、って奴が殆どだったし。事務所とは日課みたいにケンカしてた。あたし何しにここにきたの? って。
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とうとう事務所も辞める間際に、最後にちっちゃな箱でライヴすることになって。どうせもう終りだし、やりたいことやっちまえって、最後の最後、お約束のアンコール拍手と、「Sちゃん」て3人の親衛隊の声援にのってステージ戻ったとき、田舎にいたころテレビに齧りついて聴いた、お母ちゃんに買ってもらってカセットテープのびるほどかけて一緒に歌って踊った大大大好きな曲を、カバーしたの。あたしが業界にまぎれるころにはもう結婚引退してて会うことも叶わなかった、死にたくなるほど幻滅させられてもいいから会って「大好きです」って云いたかった歌手の‥…そうよ、とうぜん、『ソとラの間』がはいった曲。あたしは只、歌って、たのしかった。いま見るとちょっと趣味わるい衣裳もフリも完璧にマネて……ひとつフレーズ歌うたび、ひとつ腕を曲げてのばして首をかたむけ腰をひねってポーズつけるたびに、あたしを縛ってた錆びきった鎖が音たてて壊れてくみたいで……スマイルじゃなく、マジで笑ってた……エンディングのピアノの余韻も消えて……………静寂。95人の男性客と5人の女性客が全員、アシンメトリーの顔してた。あたしの、最後の晩餐だった。
レジェンドゥ?
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音感するどくなったみたいで、田舎にかえってからも、『ソとラの間』のトーンが耳でわかるようになったの。中学の1年先輩だったひと、あたしは憶えてなかったけど、高校でてから蒔絵職人の弟子やってるNさんと再会して……内緒だけどいま、彼氏。あたしじゃなく、彼が恋愛禁止なの、修業中の身だからね。そのひと、話し声が基本『ソとラの間』なの。もちろん女性より1オクターブひくいけど、それがWセンセーの云ってた『擽って身悶えさせてキリンミイ』な声かどうかは知らないけど、「Sちゃん」て呼ぶ声が、あたしは好き。親衛隊みたい、あたしが、彼の、世界でひとりだけの。Nさんが職人になったら、結婚するのかな。結婚して、おばちゃんになってあたしは、『ソとラ』のふたつのおっぱいを隠すことなく晒けだして、さえぎるビルも人波もないまっさらな夏の陽を浴びて風にふかれて、自転車おすのかな。
©2025TSURUOMUKAWA
「今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか」
お見かけして、勝手に書いてみました。ちなみに私は「書く前の数日間にじぶんの内外で見聞きしたことをひとつの話に無理くり纏める」って感じです。気持ちよくスルッと書ききりました(いつもこう出来る訳では勿論ない。Wセンセー風に言うならイッツミラコーです)。推敲したら2600になっちゃったけどね。
有難うございました。
