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掌篇小説『春の如く』

 ひとりごとのように、うたう女だった。
 つくらない。媚びない。挑発もない。第三者よりことばと旋律、所謂『流行歌』をあたえられて、けだるくなぞるだけなのに、すべてを、微かにひらく唇で、その無意識の過剰さか、あるいは先天の魔力で、べつの物語へと塗りかえてゆく。

 たとえば。
 夏のうたであれば、刺すような陽のした、女はなぜか水平線まで凍てついた海原にたち、プテラノドンの迎えがくるのを待っていたり。
 冬のうたであれば、食人植物となったカメリアの花に喰われゆく麗しき青年を、ホテルのラウンジからニルギリをのみながら視つめていたり。
 不安定な、あわせようという氣も端からない音程とおなじに、『流行歌』の創り手たちの意図したこととも、女自身の意思的なあらがいともおそらくちがう方位でめぶく物語へと、その吐息だけで、駒がおのずと、アウトローに、うごき。

 パパが棄てるため段ボールにいれていたレコード群、あのころわたしのからだをぎりぎり隠せるほどだったLP盤をいちまい、ひろいあげ。きっと等身大ほどの顔、ひとりでにうごきそうなやわらかな髪と、トンネルの果てより零れる光を湛えたふうなひとみのジャケ写を視て。かけて。針がなぞる溝から、声の霧がただよいだして1秒で、女の物語にまきこまれたあの日を、わたしは忘れない。
 あるだけ、と云ってもアルバム1枚シングル1枚のみだが、抜きとっておいた。家に誰もいないときにだけ、擦りきれるほどじゃなく、こころの駒をあわせる、もしくはずらすふうなタイミングで、聴き耽った。おなじ盤でもいちどとしておなじ筋書でリフレインされない、女の物語を。

 女が40年ぶりにコンサートをひらくと、いつもコンビニで読む『ぴあ』に載っていた。首都圏からすこしはずれの、聞いたことない名前のホールで。実家のパパに電話をしてみると、「誰だそりゃ」と。むりもない。パパはもう古希。あの女だって、それにちかいとしごろだろう。『ぴあ』に載ったモノクロ写真はレコードジャケットの別テイクとおぼしきもので、やっぱりひとりごとを、ひとりではじまりひとりで終る物語を聴かずともふかしそうな、マットな唇。

 ホールはビルのなか、使用目的のよくわからないビルに内蔵されていた。
 花粉症の薬でぼおっとしていて時刻を誤ったか、すでに客席は暗転しており。女は呆氣ないほどにステージ袖より、まばらな拍手とともに、あらわれて。右のみ肩よりさきを露わにした臙脂のドレス。皺もなにもかもふっとばす照明を浴びてはいるものの、レコードから40年後の女は想像ほど老いてはいない氣がし。ただ顔も首も腕も、きっと吸血鬼と婚姻関係となり血を吸われすぎ、骨ばり蒼ざめているのは顕らかで。眸はあのトンネルの光がますます遠のき、照明さえこばむほどの、闇。
 旧いタイプのスタンドマイクをまえにぼそぼそ、なにやら型どおりの挨拶ぽいことを云うか、
『夜に炭酸が満ちているの』
 と、ひとりごとか。
 バンドなしのカラオケ演奏で、曲がながれだす。わたしもレコードで聴いていた、春をテーマにした、女がうたうのでなければ至極ありがちな失恋ナンバー。キーが当初のままで、うえのレの音がくるしげではあるが、ちがいなく、女の声。くるしげゆえ音階の不安定さがよりまし、わたしの視界を、ロータスフラワーに似た匂いとともに、歪めてゆく。
『このビルの廊下を医師団があるいてゆくのを視たわ。きているのは白衣じゃなくて、パンジーみたいな赤や紫やオレンジや黄……いいえ、顔や手まで、おんなじ色をして、葉脈もうかせてる。手術室の扉をひらくと、森が、熱帯の森がひろがるの。花柄の刺青をされた象、軀じゅうの金箔をちらしてはねまわる猿、嘘ばかり喋る鸚鵡オウム……とか棲む、森。わたしは海月くらげみたいにスケルトンの鼯鼠ムササビにのって、棘だらけの月をながめたいだけなのに、セコイアなんかの葉のすきまから、厭でも医師団の行列が視えるわ。スパンコールの鷲やエメラルドの獅子でさえ、みんなかれらを怖れてちかづかなくって、莫迦みたい。行列のむかうさきには、遺跡みたいな石段。5階ぶんぐらいのくだりの階段。果ては夜空より真っ暗だけれど、雨のナナメ線が、街のネオンを浴びてひかってる。≪そこは恋人たちの楽園なんだよ≫って、嘘つき鸚鵡。うす紫の帽子と顔のナースが、右脚の、月の棘でできたヒールを折り、ころげおちたわ。首が茎みたいに裂けて、そこから金色の液が、石段をこぼれ、みたす……果ての闇から、お仕事でくたくたのスーツをきた、顔が時計の文字盤と針、もしくはデジタル表示の男たちが、群がって、くる。蜜にしゃぶりつく蟻みたいに、琥珀にとじこめられたユスリカか蜥蜴トカゲみたいに……医師たちはおおきなメスと鋏、なにかを吸入する管をかまえて、かれらにむかってーーーーー』

 ビル階段にいる。『5階ぶん』と女はうたっていたけれど、じっさいには3階くらい。『石段』でなくコンクリート。『果て』の出口ではネオンに熙った雨のレーザーが降る。アスファルトにも水溜りこそないが色の粒を散らして。
 ホールがあるのだろう天井よりうえから、ハードロックとおぼしきドラムと、喉をこれ視よがしに裂き潰しながら叫ぶ男の声。ことばは読みとれぬが本音に聴えてぜんぶ嘘にきまってる。しかしビルはじっさい揺れて、壁にひびがはしりコンクリートの粉や粒がおち。壁に設置されたモニターで、バンドのメンバーだろう男ふたりがときおり画像を乱しながら血をかわすキスをしつづける。
 女は春の1曲だけでたち去ったのだろうか? それともわたしは実在した女の唇よりふかれたひとりごとのなかに、とうとう軀ごと、女の駒のひとつとなってひろわれてしまい、かえれずいるのか。あるいは、ただ花粉症の薬でぼおっとしているだけか。





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