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【私説】左翼と右翼の友情は成立するか

 政治的主張が異なる者同士は、手を取り合うことができないのだろうか。SNSを覗けば、そこには「左翼」「右翼」といったレッテルを互いに貼り付け、ましてやレッテル以前に意見の違いによって、罵詈雑言を浴びせ合う人々がいる。まるで不倶戴天の敵であるかのように。しかし、本当にそうだろうか。イデオロギーの違いはあれど、同じ国に生まれ、同じ社会で暮らす人間同士が、憎み合い、傷つけ合う。その先に、果たして希望ある未来は描けるだろうか。この問いは、我々が民主主義社会で生きていく上で、避けては通れない根源的な問いである。だからこそ、敢えて問いたい。「左翼と右翼の友情は成立するか」と。

 そもそも左翼と右翼という区分は、フランス革命期の議席配置に由来する、いわば便宜的な分類に過ぎない 。自由や平等を追求し、社会の変革を志向するのが左翼、対して、伝統や秩序を重んじ、国家の安定を願うのが右翼とされる 。日本では戦後、この対立軸が憲法改正や安全保障、歴史認識といった根深いテーマと結びつき、しばしば激しいイデオロギー闘争の火種となってきた 。だが、その根底にあるのは、国を思う気持ちや、より良い社会を願う心であるはずだ。世界を「上」と「下」で分けるか、「ウチ」と「ソト」で分けるかの認識の違いでしかないとも言えるだろう。

 日本政治史を振り返れば、”友情”の重要な先例がある。1994年に発足した自社さ連立政権だ 。自民党単独支配の「55年体制」が崩壊し、非自民連立政権を経て、長年の宿敵であったはずの自民党と日本社会党が手を組んだ 。自民党が保守ではないという話は横に置いておくとして、一般論として右翼保守とされていた自民党と、左翼の代表格であった社会党の融和は、まさに歴史的な出来事だった 。その結果、社会党の提案を自民党が後から政策として実現するなど、具体的な妥協を重ねて政権運営が図られた。その是非はさておき、これは左右の対立を超えた友情が成立した、紛れもない一例と言えよう。

 しかし、問題なのは、この違いがいつしか絶対的な敵意へと転化し、社会に深刻な分断をもたらしている現実である。特に、小選挙区制を基盤とする現代日本の政党政治は、政策のわずかな違いをことさらに誇張し、「敵」と「味方」の二元論を煽る構造を抱えている 。SNSの普及は、この傾向に拍車をかけ、人々を心地よいエコーチェンバーに閉じ込め、異質な他者への不寛容を増幅させる。このような政治の劣化は、建設的な政策論争を不可能にし、社会全体の活力を削いでいく 。この消耗戦の果てに、一体どのような未来が待っているというのか。​

 現に、高市連立政権の登場は、この国の政治的対立の様相をよりシャープに映し出していると言えよう 。経済安全保障を「危機管理投資」の中核に据え、非核三原則の見直しにまで言及するその姿勢は、まさしく保守、すなわち「右翼」の思想を色濃く反映したものだ 。台湾有事を「存立危機事態」と見なす踏み込んだ発言は、安全保障を巡る対立を一層先鋭化させるだろう 。一方で、同政権が最優先課題に掲げる物価高対策や、社会保障に関する超党派の国民会議の設置呼びかけは、本来であれば左右の立場を超えて知恵を出し合うべきテーマのはずである 。政権の安保・外交政策には断固として対峙しつつも、国民生活に直結する課題までをも政争の具にしてはならない。そこに、対話の糸口を見出す努力が求められる。​

 左翼と右翼の友情は、確かに困難な道のりだろう。だが、それを絵空事だと切り捨てるのは、未来に対する責任の放棄に等しい。異なる意見を持つ他者と、それでも共に生きていく術を探ることこそ、民主主義社会の成熟の証しである。我々はまず、不毛なレッテル貼りをやめ、一人ひとりの人間として向き合うことから始めなければならない。憎悪の連鎖を自らの手で断ち切り、この国の未来を共に担う「隣人」として対話を始める。その勇気こそが、今、最も求められている。今こそ友人になろうではないか。隣人。

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