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予言はエンタメ

 子供の頃、ノストラダムスの大予言を信じていました。1999年が近付くにつれ、テレビや雑誌などで大々的に特集していて、疑う事を知らなかった私は絶望したものです。
 
「予言が当たれば私は大人になれないんだな……」
 
 そう思い、色々な事に投げやりになっていました。大人になれないのなら勉強や部活を頑張っても無駄じゃないか、と。
 それと同時に、心のどこかで予言が当たって欲しいという気持ちもありました。というのも当時、家庭環境が最悪だった事に加え、学校でも人間関係のトラブルに巻き込まれてしまい、家でも学校でも息苦しさを感じている時だったからです。
 世界が滅んでしまえば、今のこの苦しい状況から抜け出せる。自分だけがこの世からいなくなるのは悲しいし辛いけど、全員一緒にいなくなるのなら怖くないし平等だからそれでいい。
 
 子供特有の――というよりも厨二病に近い、自分勝手で視野の狭い考え方でした。けれどその時は本気でそう思っていたのです。
 案の定というかなんというか、予言は外れて世界は今も続いています。私も大人になり、今となっては「なんであの程度の事であんなに悩んでいたんだろう?」と思えるのですが、それは大人になったからであって、子供だった当時は本人なりに深刻だったのだと思います。
 
 ノストラダムスの大予言が外れて、ほんの少しだけ残念に思いましたが、それよりもほっとする気持ちの方が大きかった事を覚えています。
 なんだかんだで生きていたいという気持ちの方が強かったのでしょうね。そして今でもその気持ちは変わりません。どんな状況でも生きていればこそ、と思っています。
 だからマヤ暦も信じませんでしたし、現在ネット上で盛り上がっている今年の7月5日の予言も信じていません。
 というか毎日毎日どこかで誰かが何かを予言している状況で、予言そのものがとても薄っぺらなものになってしまった気がします。外れても責任を取らなくていいので、言いっ放し、言ったもん勝ちみたいな流れですね。
 
 たつき諒先生の漫画がきっかけで盛り上がっている7月5日の大災害論。
 現在ネット上にはそれに関連する記事や動画が溢れています。再生数もそれなりに伸びており、みんな関心があるんだな……と思いました。
 しかしコメ欄を見ると信じていない人が多く、純粋にエンタメとして楽しんでいる人が大半のようです。確かにエンタメとして割り切ると、予言系ってミステリー作品やホラー作品のようなスリルを味わえるコンテンツなんですよね。
 
 けれど子供の頃の私がノストラダムスの大予言を信じていたように、今回の予言を本気で信じている人もいるでしょう。疑う事を知らない、純粋な気持ちを持った子供さんなら信じてしまうかも知れません。
 あの頃の私のように厨二病を発症して、うずく左腕を抑えながら「ダメだ……このままでは世界が滅んでしまう――!」なんて呟きながら自分の世界に浸る人も出てくるかも知れない。それはそれで面白いけど。
 とはいえ、本当に予言を信じて気持ちが暗くなっている人がいるかも知れない。何をやっても無駄だと投げやりになっている人がいるかも知れない。人生に対して諦めの気持ちを持ってしまった人もいるかも知れない。
 
 そこで私から気休めを。
 つい先日、夢を見ました。「今日は大谷選手の誕生日なのかー! めでたい!」と思いながら過ごしていたら7月6日になっており、「昨日何もなかったね」と笑っている夢でした。
 私には予言の能力も予知夢の力もありませんが、なんとなくこの夢は当たる気がします。当たったら私も予言者を名乗りたいところですが、同じ予言をしている人は全国にたくさんいると思うので止めておきます。

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