子どもはなぜ、迷わず描けるのか
小学生の頃、好きなマンガのキャラクターを何度も模写していました。線がうまく引けなくても、気になりません。消しゴムの使い方も適当です。ただ「描きたい」から描いていたことが記憶にあります。
あの頃の自分は、どこへ行ったのでしょうか?
古い道具への、不思議な憧れ
大人になって、創作を始めると、妙なことが起きました。
万年筆で検索する。よく売れているものを探し、惹かれる。
フィルムカメラ、レンズのオプションに憧れる。
「本物の創作は、こういう道具でするものだ」という声が、心の奥から聞こえてくる。
一方で、AIツールは「なんとなく」避ける。
なぜだろうと、考えました。
絵を描くのが好きなはずなのに。新しい道具の方が、間違いなく感性を広げてくれます。
でも、無意識に、遠ざけている。
感性を磨きたい人ほど、感性を磨く道具を避ける
ここに、不思議な矛盾があります。
「感性を大切にしたい」と思う人ほど、新しい道具を信用しないような何かが。
AIに絵を描かせることに、抵抗を感じる。「簡単にできてしまう」ことが、なぜか後ろめたい。もしかしたら、こう思っているのかもしれません。
「苦労しないと、本物じゃない」 「自分の手を通さないと、自分の作品じゃない」
でも、本当にそうなの? これはなぜなの?
子どもは、疑わない
子どもは、他人の作品を見て、とても素直に真似します。
ポケモンの絵を模写するのが仕事のように。好きな歌を口ずさむ。
そこに、罪悪感はありません。「これは自分のオリジナルじゃない」なんて、考えない。
ただ、「表現したい」から、表現する。シンプルです。
子どもは、道具も選ばない。クレヨンでも、タブレットでも、何でもいい。描けるなら。
大人が持つ「正しい方法」「本物の道具」への執着が、ない。
失ったもの
大人になると、何かが変わる。
「これは自分のオリジナルでなければ」 「正しいプロセスを踏まなければ」
そんな心の声が、創作を妨げます。
気づけば、「感性を表現すること」より、「正しく創作すること」に囚われている。
古い道具に憧れるのは、もしかすると、その「正しさ」を確認したいからかもしれません。
答えより、問いを持ち続けるほうが楽しい
この矛盾に気づいたとき、直ぐAIで確かめたくなりました。
「じゃあ、どうすればいいのか?」
でも、答えを手に入れた瞬間、それは「終わり」になってしまうのです。
それより、問いを持ち続けることの方が、ハッピーだと。
「なぜ、古い道具に惹かれるのか?」 「なぜ、AIを避けてしまうのか?」 「子どもが持っていて、大人が失ったものは何か?」
問いを持って世界を見ると、見え方が変わる。
創作も、同じかもしれない。 「完成した作品」より、「創作している最中」が楽しいように、作ったらどこに飾るでもない。そうそう、最近なら noteに飾る、これは楽しい。
道具は、道具
AIは、確かに新しい。
でも、万年筆も、かつては新しかったのです。
道具は、道具でしかないと思った方が簡単です。
大切なのは、何を表現したいか。 どんな感性を、世界に出したいか。
子どもは、それを知っている。
だから、迷わず描ける。
私たちも、もう一度、そこに戻っても誰にも叱られることはありません。
道具を選ぶ前に、まず問う。
「何を、表現したいのか?」
この記事は、自分の気づきを整理するために、
AIと対話しながら書きました。
AIは、私の思考を引き出す壁打ち相手になってくれました。
それでいいのだと、今は思っています。
おすすめの本と道具
この記事を書きながら思い出した、創作と向き合うために役立つものをいくつか紹介します。
書籍
瞬時に「言語化できる人」が、うまくいく。
道具
読書とメモを一つに。思考を書き留める習慣に
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