なぜ頼清徳は「日本統治」と「国民党統治」を並べて語るのか
台湾の頼清徳総統が最近行ったスピーチが、SNSで話題になった。発言の中心にあるのは、台湾が長いあいだ「外から来た政権」によって統治されてきたという歴史的経験である。日本統治期の台湾は日本帝国の戦略の一部として位置づけられ、戦後に進駐した中国国民党政権もまた台湾を「大陸反攻の基地」として扱った。こうした外来政権による統治の連続のなかで、台湾社会は民主主義と主体性を重視する価値観を形成してきた――というのが、頼清徳の主張である。
興味深いのは、日本統治と国民党統治が並列的に語られている点だ。日本人の感覚では意外に映るかもしれないが、台湾政治の文脈ではむしろ典型的な歴史叙述である。
台湾近現代史をめぐる三段階モデル
台湾の近現代史は、研究や公共的議論の場でしばしば次の三段階で整理される。
日本帝国による植民地統治
中国国民党による権威主義体制
1980年代後半以降の民主化と台湾主体の政治
この枠組みでは、日本統治と国民党統治はいずれも「外来政権による統治」として位置づけられる。頼清徳の語り方は、台湾を独自の歴史主体として捉える「台湾主体史観」に基づくものであり、国民党が主張してきた「台湾は中国の一部であり、日本統治は一時的な植民地支配にすぎない」という歴史観とは明確に異なる。
台湾では、歴史の語り方そのものが政治的立場と密接に結びついている。歴史叙述は、単なる過去の記述ではなく、現在の政治的アイデンティティを形づくる重要な要素となっている。
外来政権の連続性という視点
頼清徳が日本統治と国民党統治を並べて語るのは、両者の評価を同一視するためではない。むしろ、台湾史を「誰が台湾を統治してきたのか」という視点から構造化する伝統的な枠組みに基づいている。
台湾史はしばしば次のような統治の連続として整理される。
オランダ統治
鄭成功政権
清朝統治
日本統治
国民党統治
民主化後の台湾
このように並べると、日本統治と国民党統治が同列に置かれることは自然である。
もちろん、台湾社会における両統治の記憶は同質ではない。戒厳令体制や白色テロを経験した国民党統治の記憶は、より深刻な歴史的トラウマとして語られることが多い。しかし、評価の差異とは別に、両者を「外来政権」として位置づける歴史叙述は、台湾主体史観の中核をなしている。
台湾が構築しつつある歴史的自己像
頼清徳の発言は、単純に日本統治を肯定したり、国民党統治を批判したりするためのものではない。むしろ、外来政権による統治の歴史を経て、民主化によって初めて「台湾主体の政治」が実現したという物語を提示する試みと理解できる。
歴史の語り方は、その社会が自らをどのように理解し、どのような共同体を構想するのかを映し出す鏡である。いま台湾が語ろうとしているのは、「中国の一部としての台湾」でも「日本帝国の植民地としての台湾」でもなく、台湾という社会が自らの主体性をもって形成してきた歴史である。
台湾政治を理解するためには、台湾がどのような歴史を語ろうとしているのかを見ることが欠かせない。
