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『終点のあの子』

近場の劇場にて公開最終日駆け込めました🏃‍♂️

『終点のあの子』は藤本洸大くんのTwitter上での呟きを見て視聴を決めました。


短い出演時間と把握しておりながらもちらほら見かける感想が目に入り、自分に重なる物語なのではという勘からギリギリを攻めつつ劇場へ足を運ぶまでに至り…。
結果…ここまで主人公視点の作品で見覚えのある感覚になる経験はほぼ0に近しく、視聴して正解だと感じました。

受け取り手次第で物語の表し方が大きく変化する作品は少し苦手意識があり、感想を表に出すことも抵抗がありますがせっかくなので視聴ほやほや状態の感情を記録したい。

羨ましいと憧れについて悩んだ日々。むしろ答えは見つけ出せず未だに他人の存在に囚われ自分の軸がブレ、中身が空っぽな自分自身に気づかされる人生はまだまだ続きそうで。

主人公と重ねて見る場面は沢山あったのですが、この感情の名前がなにかは分からず、作中でも嫉妬なのか憧れなのか憎しみなのかは定かではない描かれ方で。

その涙が意味する感情は何?と問いたくなる場面もあれば、自分自身も感動なのか苦しみなのか分からない涙が溢れました。

過激なイジメのシーンはありませんでしたが、この結末の原因は日記に溢れた本音を書いてしまったことなのか、それが目につく場所に置いてある環境なのか、江ノ島に行かなかったことなのか。

傷つく人がいる裏には誰かの言動が原因でそうなったと考えられるけど何がきっかけでこうなってしまったんだろう?は考えても無駄だけれど作品だからこそ一つひとつの場面を振り返りこんな選択肢もあったよねを語り合いたくなりました。

當真あみちゃんの演技は日常に溶け込む普通の一般人に錯覚してしまい、當真あみちゃんだからこそ中身の空っぽで平凡な自分自身と重ねて見れる景色が沢山あって。

理想の自分をまだ見つけられてないからこそ、目新しいものに惹かれたり特別視してしまい自分を変えるきっかけかもなんて他人を理由に生きてる姿が自分そっくり。

絵の具を握りしめるシーンなんて、言い表せられない。誰にも共感してもらおうなんて考えたことないけれど自分の中で強く記憶に残る感覚感情が彷彿され苦しくなった。

映像の映し出し方で変わる受け取り手の印象操作ももちろんあると思いますが、皆さんが記憶に残った場面や感情は何でしたか?

女性として生きるからこそ、見覚えのある表情の変化や言葉選びの難しさ、相手の共感を引き出せるように伺うような取り繕う表向きの顔に現実味が増して見えました。


感想まとめきれず、忘れないうちに書き残したいことだけ記録して一旦終了…🫠

追記が沢山になったら纏めてこの作品について話す場所を設けます。

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