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行ったことのない都道府県について存分に語る

日本に生まれ、生きてきたからには47都道府県すべてを訪れたい。
まだ行ったことのない県は16県。
足を踏み入れていないその地への想像はふくらむばかり。
赴く前に抱いている、それぞれの印象を残しておく。

1.青森県
まず浮かぶのはりんごよりも、青函トンネルへの畏怖。
どのように作られ、メンテナンスがされているのか。そもそもどんなふうに通り抜けるのか。
あえて調べていない。山を通過するトンネルですら、すこし怖いのに海を抜けていくとは一体なに。
青函トンネルがあるからこそ、飛行機に乗らずして北海道との行き来ができるわけで、開通したことによってずいぶんと便利になったのは間違いないのだけれど。
これだけ書いていても、もしかすると恐怖のあまり青函トンネルをくぐる日はこないかもしれない。

りんごの前にトンネルについて語ったけれど、りんごはもちろんたっぷりと持ち帰るし、りんごを使ったスイーツも絶対に食べたい。
なんせ、わたしの4歳のころの将来の夢は「りんご屋さん」。
お寿司と出会う前の自分は、りんごが一番好きだったのだろう。
いまも実家にあるはずのビデオにおさめられている、幼稚園で撮影したインタビュー動画には「おおきくなったらなにになりたい?」と質問され、「りんごやしゃん」と答える自分が残っているはず。

奥入瀬渓流に十和田湖と、絶景を眺めるのも忘れてはいけない。
写真で見るよりもはるかに美しい景色たち。
VRが発達し、いつか家にいながらにして旅行体験ができるようになったとしても、わたしはわざわざその場所に訪れ、肉眼で日本の美を味わいたい。その地に流れる空気を吸い込みたい。
バーチャルでは感じとれない空気感や雰囲気がそこにはあるはずだから。
空気まで現地とおなじにできてしまったら、ちょっと考えてしまうけれど。

2.秋田県
秋田出身の後輩がいるので、行ったことがなくても秋田県への親しみは強い。
後輩の旦那さんも彼女と同郷で、日本酒が好きで気が良く、誠実な気持ちのよいふたり。
彼らを育んだ土地にはきっと、ふたりに似たようないいひとのイメージをそのまま目の前に差し出したような人々がたくさんいるに違いない。

大曲の花火競技大会にもかならず参加したい。
観客に花火をこれでもかと見せて楽しませながらも、競技というからには競い合う姿勢がそこにはあるのだ。
花火に対する熱意がこれでもかとひと玉ずつに込められて、一瞬の美を咲かせる。
美しさの限りを尽くした花火を見るのはもちろん、職人さんの想いを受け止める気持ちで見上げたい。ただ楽しむだけではなく、こちらの気構えをしっかりと持ち、空を見上げる。

原田マハさんの「旅屋おかえり」に登場した角館の桜への憧れもつのっている。
小説で読んでいるときも頭の中に、ピンク色の桜が舞っていてなんともいい気持ちになったのだけれど、実際に満開の桜を目の前にうっとりとしたい。

さらに、秋田では読書に力を入れているとどこかで読んだ。
全国に先駆けて「読書条例」なるものを施行しているらしい。
県をあげて読書を推進する姿勢に読書好きとして胸打たれる。
条例を敷かなくても推進しなくても、だれもが本を愛し、読んでほしいとは思うのだけれど、これだけエンターテイメントがあふれて、手にしたスマホでなんでも検索できる時代に本を選ばない気持ちも分かりたくないけれど、分かろうとはしている。
ここで読書論は書かないものの、理屈なんかおいておいて、本を愛してほしいのだ。
秋田県がどんなふうに県民と本、読書を近づけようとしているのか、この目で見てみようじゃないか。

3.岩手県
昔から岩手県と聞くと、小学生の時分に教わった「リアス式海岸」の文字がぎざぎざと共に脳裏をよぎる。
数年とはいえ後に学んだ中学、高校でのいかなる地形や地名も、小学校の頃に教えられた「リアス式海岸」ほどには浮かんではこない。
ぎざぎざがもたらす海の恵みをたっぷり味わいたい。漁港特有の磯の香りを吸い込んで、魚市場の活気に圧倒されつつ、海鮮をこころゆくまで堪能する。想像するだけでうっとりとなる。

岩手県の公式観光サイトをのぞくと「時を超えた"本物の豊かさ"」の文字が目に飛びこんできた。
本物の豊かさとはなんだろう?岩手がその答えを持っているのだろうか。
自然と伝統芸能や工芸にも代表される歴史を内包した文化と、ひとびとが生きていくうえで欠かすことのできない食の豊富さ、海の幸山の幸が育つ環境。
岩手が誇るそれぞれを五感を使ってつぶさに味わいたい。

読書好きから遠く離れたところにいる夫をひっぱって宮沢賢治記念館にもきっと行く。
それまでにもっと宮沢賢治さんの本を読まなければと使命感。
昨年のはじめに読破した、池澤夏樹さん編纂の日本文学全集でも宮沢賢治巻があって、彼の静かで熱い気持ちをひたと受け止めた。
宮沢賢治さんが見た景色そのままとはいかなくても、わたしが奈良に住み、奈良の自然から日々享受している、こころに優しく触れ、癒してくれたり思考をめぐらせるきっかけをくれる、この豊かさは彼が生きた地にいまも残っているに違いない。

4.宮城県
関西で生まれ育ち、当時は東北出身の知りあいもいなかったものだから、東日本大震災のおそろしさもかなしさも本を通して知り、学んだ。
それでもまったく足りないと思うし、充分だと認めるときは来ない。できることは忘れないこと。他人事にしないこと。
東北の他の県に対しても、その地に残るかなしみを受け止める気持ちを持って、足を運びたい。

宮城県といえば牛タン。
関西にある仙台の牛タン専門店と、現地ならではのお店の違いへの興味がある。
宮城出身の同僚が薦めるホヤだけは、ごめん、たぶん食べられない。その同僚を通じてホヤの存在を知ったのが5年ほど前。
それからというもの妙にホヤの情報を目にしているが、ごめん、どうしてもその見た目から挑戦できずにいる。
ホヤぼーやなるキャラクターまでいるらしく、地元のひとからは絶大なる愛を受けているのだな、ホヤ。

日本三景、天橋立と宮島は訪れたことがあり、あとは松島を残すのみ。観光のために整えられてはいても、はるか昔から自然の美を抱き続け、受け継いできた、その歴史。広がる景色から遥かなる時の流れを感じたい。

5.山形県
山に囲まれた奈良県に住んではいても、東北の山々には恐れ多いものを感じる。生駒山、若草山とはわけが違う。
関西だと隣接県に行くのは容易で、車でも電車でも簡単に行ける。どれだけ遠くとも時間をかければその日に行ける。1日で複数の県をまわるのだってわけない。
東北だとそうはいかない、のではないか。
行ったことがないし、こうして想像してはいても、まだ旅程をたててもいないから、どの県からどの県には行きやすいのかもよくわかっていない。とにかく山がどんとそびえ立っていて、東北の山々が老齢な仙人級のイメージだとすると、奈良の山は近所のおじさんのような。
一つひとつの県が大きくて、山で隔てられていて、どの地方も日本には欠かせないのだけれど、日本に生まれ育ったわたしが、もし外国で生まれたひとだったとしたら漠然と思う日本は東北の山々なのではないかと思う。

さて、そんな印象を持つ東北のなかでも、県名に山がついているだけに山形県には山が多いのでは?と考えているが、どうなのだろう。
さくらんぼが有名なかわいらしいイメージもあって、山への恐れをここで書いたけれど、東北の他県よりものどかそう。いや、どこものどかさはあるに違いないのだけど、そのなかでも極めてのどかであってほしい。

スキー場で有名な蔵王も山形県。ウインタースポーツにはやる前から苦手意識を持つわたしとは無縁な場ではあるが、雪景色の温泉は最高だろうし、ただただ純粋に雪が好き。たっぷりと雪が積もった場所に行く機会が少ない分、憧れがつのりにつのっている。
さらに樹氷!?おなじ日本とは思えない光景を、身近なものとして受け入れている山形県民がうらやましい。

6.福島県
日本の美しい風景◯選というようなサイトで目にする五色沼も猪苗代湖も福島県にある。優美な自然を抱えた場所なのだ。
春に行くなら大きな桜を見たいし、猪苗代湖はやっぱり冬。一度訪れただけでは福島県の持つ自然美を堪能しきれない。

ここにあげるいずれの県も息子と行けたら(息子がついてきてくれるうちに行けたら)と願っているけれど、親の行きたい場所は子どもにとっては興味のないところなのはあるあるで、わたしが訪れたい自然をたたえた地はどんなふうに息子の記憶に残るのかと思う。
ことじぶんに置きかえたとき、小学生の頃に行った金沢の兼六園の記憶は、「なんかきれいで日本風の庭」、だったし、高校の修学旅行で連れられて行った阿寒湖も洞爺湖も、「なんかきれいな湖」でしかなかった。今行けば、絶対にもっと感激するのに。
美しい自然を見て、胸打たれ、涙すら出そうになるのは、思えば息子が生まれてからのような気がする。
人生が有限であることを意識し、この瞬間は今しかないと知ってからなのかもしれない。それが大人になったということなのかも。
風景よりも興味のあるもの、遊ぶことや友だちとはしゃぐ時間に満ち満ちた息子と、たくさんの景色を見たい。

7.新潟県
新潟県は圧倒的に日本酒!水がきれいなところはお米がおいしい、お米がおいしいところは日本酒がおいしい。なんと美しい連鎖だろうか。
子どもの頃、お祝いごとがあると必ず家族、親戚で訪れていたお寿司屋さんの大将が新潟出身で、父と祖父に「久保田」の「萬寿」を冷酒で出してくれていた。そのときの二人の喜びようを今でも覚えている。
25年ほど前のこと、そのころは日本酒ブームではまったくなく、種類だってくらべものにならない。
今ならばわたしも一緒になって歓喜するけれど、小学生の頃は日本酒なんておとなの飲みものすぎたから、新潟のお酒はそんなにおいしいのか…くらいに捉えていた。
わたしもすっかりおとなになり、日本酒がとてもとても好きだ。
居酒屋で席につき、1杯目はハイボール、喉をうるおしたところで、隅から隅までじっくりと日本酒のラインナップをながめる時間はなんとも愉しいものだけれど、新潟のお酒を目にするとウキウキと頼んでしまう。
そういえば、初めてはまった日本酒が「八海山」で、これも成人してからなじみのお寿司屋さんで飲んだのがきっかけ。
大将はその後、亡くなってしまって、わたしにとっての新潟は大将のほがらかな笑顔と共にある。

先月、義父が業務スーパーでふと気になって買ってきてくれた日本酒、「越後 鶴亀」も新潟のお酒。すいすい飲みやすく、かといって「水みたい」でもなく味わい深い、なのにお手頃価格!
最近も義父が750ml瓶を2本買ってきて、1日に1本ずつ開け、2日間で飲みきった。

関西から新潟に行くとなると、まず東京に出てから上越新幹線に乗る。
東日本の県はだいたい東京を経由せねば行けないものだけれど、それが訪問のハードルを高くしている。
飛行機は怖い。極力乗らずに行きたい。

観光ももちろんしたいのだけれど、新潟ではお酒と食に走って、ほくほくしたい。雪で新幹線が動かないリスクを抱えてでも、冬の新潟に降りたって、その寒さに震え、冷たい空気を浴びながら温泉宿にたどりつき、おいしい料理と日本酒をいただくときを心待ちにしたい。

8.群馬県
そこに暮らす人には怒られてしまうことを承知で書く。北関東に親戚、友人知人がいない場合、関西人にとっては群馬県と栃木県は区別がつかない。わたしだけならごめんなさい。
茨城県は地形でわかる。日本地図の右側でとんがっているから。
また、友人も同僚もこの2県に行ってきたとお土産をくれたひとはいない。

こんなことを書いてしまっているが、わたしが今年、一番行きたいのは群馬県だ。
去年、行ったことのない県を選んで旅行をして、いつか全制覇しようと思い立ったときに真っ先に思い浮かんだのが群馬県で、それからというもの群馬に行きたい欲が芽生えて育ちつづけている。
今年の夏には絶対に行くと決めている。

まずはやっぱり草津温泉。ここを拠点とする。
滋賀県に草津市があるものだから、お恥ずかしい話、社会人になるまで草津温泉は滋賀県にあると思っていた。いかに学生時代に勉強をしていなかったかがよくわかる。
尾瀬にもぜひ行きたい。
息子と一緒に「にゃんこ大戦争でまなぶ!47都道府県」という本を眺め、読み聞かせていて、尾瀬の紹介を聞いた息子が「ママが絶対に好きな場所やん」と言った場所。
日本最大の山岳湿原、尾瀬ヶ原を有する地。6000〜7000年もの時をかけて湿原が作りだされたそう。想像を絶する長い時のながれのなかでゆっくりと変化し、湿原となって称えられるまでになったその尾瀬を息子と絶対に見ると決意。
年の半分は雪に閉ざされていて、尾瀬の夏はとても短いそう。長い時と、短い夏。限られた時間に咲く花々を愛おしく見つめよう。

9.栃木県
隣あっている県なので群馬県と栃木県はおなじ旅行で行きたい。群馬を訪れるそのついで、ではなく栃木もきちんと堪能する気構えをもっている。
なんといってもまずは日光東照宮。
きらびやかな門の印象がまず浮かぶ。
スマホの絵文字としてよく知らない人も使っているであろう、見ざる聞かざる言わざるの三猿の彫刻も有名。
奈良でいうところの東大寺や法隆寺のように、その地にゆかりのある人たちと歴史を愛する人たちによって大切に守られ、保たれつづけている建造物。
守ろうとしてきた人たちの命が終わっても、その意志がまただれかに受け継がれ、こうしていつまでも誇られる。人の思いの強さとつながりを思う。

宇都宮餃子はかならず食べる。
野菜の比率が高く、にんにくをあまり使用せず、あっさりとした味わいらしい。
調べてみると、宇都宮から今の日本での一般的な餃子が広まったらしく、ベースとなっているからこそシンプルで特徴がない、餃子らしい餃子のよう。
意識したこともなかった餃子の歴史を頭の片隅におきながら、次から次へと口に放りこみたい。

10.茨城県
茨城に対しては、筑波大学、JAXA、宇宙=かしこそう、というあまりにも安易なイメージを持っていて恐縮である。あと納豆。
工場地帯の地元のくもった空に北斗七星を探してはぼんやり眺めた青春時代を経て、今では奈良の澄んだ空気のなか夜空を見あげれば、北斗七星よりもオリオン座や木星、火星、金星のほうが目に留まる。これでもかときらめく星たちは何度見てもいい。
星座の名前に詳しいとか、愛読書は天文ガイドだとかではないのだけれど、宇宙が好きと叫びたい。宇宙好き選手権に出場したら初戦敗退間違いなしの浅い知識しか持っていなくても、好きなものは好き。

「筑波研究学園都市」、この名前がすでにかっこいい。そこでおこなわれていることは、さらにかっこいい。調べるほどに憧れがつのる。
筑波大学のキャンパスを歩いてみたいし、JAXA筑波宇宙センターを見学したい。
他の県では自然や寺社仏閣、食べものを楽しむ目的が強いけれど、茨城はちがう。知的好奇心を満たし、サイエンスシティで研究をつづけるひとの生活を垣間見たい。
いち旅行でただの見学で、どれほどの研究者に出会えるのかわからないけれど、のぞき見たい生活にはただ施設を歩くことも含まれるので、歩いている研究者ぐらいは発見できるはず。

牛久大仏も見ておくべきだろう。
奈良のどしっと座った大仏に馴染みがあるので、立っている大仏の大きさにはきっとおどろくし、どうしたって奈良の大仏さんと比べずにはいられず、かつ「奈良の大仏のほうがやさしそうやん」などと言いそう。
見る前からじぶんの反応が予測できてしまう。

11.山口県
日本の北側からぽーんと飛んで、山口県。
広島までは車でだって行けるし、新幹線でも2時間ほど。
ただ、山口県まで足を運ぶとなると急にハードルがあがる。だからこの歳まで行けずにいた。

山口県はふぐ。絶対にふぐ。
ふぐのシーズンにいかずして、山口は語れないと強固な熱意をもっている。
関西でもふぐは食べられるし、関西人はふぐが好きだ。冬になり、てっさやてっちりの具材がスーパーに並ぶとテンションがあがる。
一方でかに道楽に代表するように関西人はかにも好きだ。
年末年始の親戚の集いでは、てっちりにするか、かにすきにするか、談義もしくはその家庭の食卓を司るものの一存か、いずれにせよ重要な決定が下される。

なんといっても、てっさ。わたしは小学生のころからてっさが大好きだ。
あれは何年生だったのか、小学校高学年だろうか。外食ではじめててっさを食べた。25年ほど前は、今よりもふぐ料理のお店は格式高かった。
薄く透き通ったぺらんぺらんのお刺身が、紺と白で構成された模様の大きなお皿に縁を描くように美しく連なって並べられている。
当時からお寿司が大好物だったから、抵抗はなかったものの、ふぐ自体食べたことがなかったものだから、この薄っぺらい魚はいったいどんな味がするのだろうとおそるおそる口にした。
瞬間、どハマり。
こりっと食感があり、噛むほどに唾液と硬い身から出るエキスが合わさって旨みってこれかと、十年程度の人生ではじめての食への驚き。
そこから「てっさ!てっさ!」と弟と連呼し、貪り食べた。
今になって当時の親の気持ちがひしと分かり、嫌な顔ひとつせず、たくさんてっさを食べさせてくれた両親への深い感謝を抱く。
その後、頻繁に食べる機会があったわけではまったくないが、今に至るまで、てっさへの特別な感情は変わらない。

てっさへの愛を語るだけで、山口県を終わらせては申し訳ないので、行きたい場所についても考えてみる。

旅行サイトに書かれた、市立しものせき水族館「海響館」の一文を読み、目を見開いた。
常時100種類展示する世界のフグ(!)、世界一のフグコレクション。
やっぱりどこまでもフグ。世界中のフグに敬意を表している、その矜持に感服。
イルカとアシカの共演パフォーマンスまで見られるらしい。大盤振る舞い。

123基の真っ赤な鳥居がずらずらと連なる元乃隅神社(もとのすみじんじゃ)もおおいに気になる。
唐戸市場にはもちろん、かならず行く。
海鮮を売りにできる土地は強い。海無し県に住む寿司好きにはうらやましい限り。
やっぱり海鮮に着地してしまうも、てっさだけで終わらせずに済んでほっとしている。

12.大分県
さて残るは九州地方のみ。大分といえば、真っ先に浮かぶのは温泉。たまに買いたくなる日本の名湯の入浴剤、なぜか別府温泉を特別視し、最後まで残してしまう。
大事にとっておいたのに夫がなんでもない日に勝手に入れてしまって、ああああ…となるシチュエーションまで浮かぶのに残すのをやめられない。

別府温泉に浸かって、ゆーっくりのんびりできる日を夢見る。
温泉、およびスーパー銭湯が好きで、生涯でとりたい資格は温泉ソムリエと、唎酒師(ききざけし)。
別府温泉は一日に湧き出る湯量が世界2位らしい。入浴できる温泉としては世界一!
ちなみに湧出量世界一はイエローストーン国立公園で、そりゃかなわんわ。
湧出量を気にして温泉には入らないけれど、世界一、日本一ときくと意識せずにはいられない。
7つの地獄をまわる「地獄めぐり」は、息子が幼いうちにぜひ連れていきたい。
四歳で水木一郎氏の地獄話と出会い、幼少期あるあるだが、たびたび大人から地獄にいくよと脅されつづけてきた息子。
小学生のうちであれば、地獄をめぐるというそのことばだけで妄想をふくらませるに違いない。
実際に見れば、鬼がいるわけでなし、ほっとするのだろうけれど、それでも血の池地獄を目にした息子の顔はありありと思い浮かぶ。

ほかに観光におもしろい場所はないかと検索していたら、ばあ!と現れたのがJR別府駅前の銅像である。別府観光の生みの親とされている「油屋熊八」さんの像らしい。背中のリュックに猿がつかまっている、地元の人にとってはなんてことのない銅像がよそ者には不思議に思える。
彼と同じポーズで写真を撮ったひとがいったい何人いるだろう。もちろん、わたしも撮る。

「湯布院フローラルヴィレッジ」もすごく気になる。
コッツウォルズの街並みを再現したミニテーマパークらしい。なぜコッツウォルズ?
ハリー・ポッターブームに乗じたのだろうか。
コッツウォルズは確かにうつくしい街だろうし、イギリスびいきでもあるので好感を持たないわけではない。
そういった海外のどこかの街を再現したテーマパークは日本にいくつかあるけれど、いつもすこし複雑な気持ちになる。
海外の観光客からすれば、わざわざ日本に来たのだから日本らしさを味わいたいはずなので、これはお手軽に異国気分を味わいたい日本人に向けて作られた施設なのだろう。
でも、ここは日本なのだ。どんなに英国らしい建物を並べても、ぬぐえない日本感が違和感を生じさせている。
調べるほどに気になって仕方がない。ぜひとも大分にいながらにしてコッツウォルズを楽しんでみようじゃないか。
外国にも、日本またはアジアのどこかを再現したテーマパークってあるんだろうか。

13.佐賀県
佐賀の文字を見ると「エスエージーエー、SAGA」が流れるの、いい加減にやめたい。
「松雪泰子も佐賀、公表してねぇ」まで流れるのは本当にどうにかしたい。

佐賀といえば、呼子のイカ!
お寿司、お刺身、生の魚が食べもののなかで断トツで好き。変動型好きな生魚ランキングで、イカとタコはいつだって上位。夜ごはんをスーパーで買ったイカそうめんと茹でタコのスライスで済ますことすらある。
透き通った新鮮なイカをお箸でつまみあげ、口に運ぶ、その瞬間を心待ちにしている。

衣食住では断然、食なのだが、食を愉しむためには器も欠かせない。
といっても、家庭で食べる料理においては器にこだわらず、なんなら義実家の両親が持ってきてくれる料理が盛られたお皿をなんとなくそのまま我が家に置いて使っている。気づけば食器棚にお皿が増え続けている。
器も含めての食、と言い切れればいいのだけれど、わたしにとって器は「住」寄り。
外食はまた別として、家庭においては住生活をを彩るための役割と認識しているのだろう。
そう、有田焼や伊万里焼、すてきだと思う。30代も半ばを過ぎて、上質な器を持つことはたしなみだとも感じている。
元来、コレクター気質なのだ。会社でやったじぶんの強みを知るためのテスト、ストレングスファインダーでも上位5位の性質に「収集心」が入っていたほど。
これほどまでに本を収集してしまうのは、本好き、読書好きというだけでなく、集めたい欲が強いからなのだ。集めたいし、手放したくない。さかのぼれば、小学生の頃は野菜やスイーツの形や、いい香りのけしごむを箱いっぱいにコレクションしたし、ポケモンシール、メモ帳…ティーンズ小説…思い返すとその時々、夢中になって集めたものたちで脳内が渋滞する。
そんな有様なので、やきものに手を出してしまった未来が容易に予想できてしまうのだ。
有田焼、伊万里焼を購入したが最後、コレクター魂が発動し、どんどん食器集めにのめりこんでしまう自分がそこにはいる。
ああ、今、サイトで眺めているだけでも、所有欲が芽生えてきた。表面の凹凸でお花を浮かびあがらせた陽刻と呼ばれる手法でつくられたお皿、伊万里焼の極フラットプレート!?
卵を置いても転がらないほどに平らで、静謐なそのお皿がまとう空気感。たまらない。
小鉢に描かれた、春色の模様にもときめく。
佐賀を訪れるということは、絶対に手を出してはいけない領域に足を踏み入れることだと察した。いざ、行かん。

14.宮崎県
宮崎の文字を見ると「どげんかせんといかん」が浮かぶのも、いい加減にしたい。あとマンゴーのイメージが強すぎる。
固定された印象を塗り替えるため、さぁ、どこへ行こう。

名所を調べていると目に飛びこんできたのは、モアイ像。そうか、モアイ像か…。
サンメッセ日南なるテーマパークというか公園のような場所にいるらしい。写真で見ると並んでいる様子がなんともかわいかった。
世界で唯一、イースター島の長老会(とはなんだろう?)から認定を受けていて、完全復刻を許されたモアイ像らしい。チリとの意外なつながり。

グルメでいうと、宮崎地鶏。職場の近くに宮崎地鶏が食べられるお店があって、炭火で焼かれた地鶏の親子丼が絶品。
本場の地鶏はよりいっそうおいしいに違いない。
チキン南蛮も外せない。宮崎地鶏でこそないものの、ランチで唐揚げとチキン南蛮、両方の定食があるとき、いつも迷う。今日は唐揚げを食べようと思っていたのに、たっぷりのタルタルソースがかかったチキン南蛮の写真を見るとついそちらを選んでしまう。
チキン南蛮の味には一過言あって、まず鶏肉はぷりぷり肉厚でないといけない。予想よりも薄かったり、身がパサパサだったりすると、注文時のあのときめきが一気に失われてしまう。
タルタルソースは卵がごろっとしているものがいい。あまりにもなめらかなソースだと、勝手にがっかりとしてしまう。好きずきですよね、これは。

もう一度、場所の話へ。
高千穂峡や日南海岸、えびの高原と水の青さと濃い緑のコントラストが目に焼きついて、いつまでも忘れないであろう。
自然が生み出すうつくしさは、その地の宝。
九州そのものが南国らしさを持っていて、関西人からすると日本のなかでも特別感がある。
いつでも太陽がまぶしく照っていそうな、海と山に性格があるとすれば間違いなく陽気なイメージ。
そのおおらかさに存分に触れたい。

15.熊本県
同僚が熊本県出身のため、熊本といえばその人が浮かぶ。おおらかで、こころの強い女性。
彼女のおかげで、わたしにとっては熊本県そのものが明るく燦々としていて好もしい。

熊本に行くならば、馬刺しは外せない。
以前住んでいた尼崎には、馬刺しのお寿司が食べられる回転寿司があって何度も通った。
スシローでも時々、馬刺しフェアをしてくれるので贔屓にしてしまう。
居酒屋で馬刺しがあると、おっと嬉しく頼むし、たまにどこかの誰かのお土産としてやってくる馬刺しにも、うきうきとする。
お寿司に醤油はつけない主義なので、回転寿司で食べる馬刺しのお寿司にはNO醤油なのだけれど、お刺身にはつけるので馬刺しならではのあの甘いお醤油を思い出すと、ああ、馬刺しをあてにお酒が飲みたい。
同僚によると魚のお刺身にも甘いお醤油をつけるらしい。うーん、それは承服しかねる。

観光としては、ぱっと思いつくのはやっぱり阿蘇山。黒っぽくてゴツゴツとしたイメージがあるのだけれど、調べていると草原があるらしい。黄緑とはこの色です、と解説がつけられるほどの鮮やかな緑色。
想像力が働き、あらゆる危険を思い浮かべてしまうので気球には乗れない。つまりはビビりなのだ。

あんなに馬刺しを語った後に気まずいのだが、熊本では乗馬がしたい。
中学生の頃、希望者のみの海外研修でハワイに2週間滞在した。人生初の海外。
マウイ島の寮で暮らし、週末だけはホストファミリーの家にホームステイをした。
その時に経験した乗馬が忘れられない。
ゴツゴツした岩だらけの野生味ある急な山道を登らされたこと。
ときどき、馬も岩に足を滑らせていて、落馬するんじゃ…とすくみあがったこと。
恐怖と楽しさのいりまじった時間が30分以上、ともすると1時間はあったんじゃないかと思う。
乗馬のイメージをくつがえされ、一生の記憶として刻みつけられた出来事。
その後、20年近く経ち、関西のファミリー牧場的なところで息子と乗馬をするも、せいぜい10分程度囲われた柵内をぐるぐる回る程度。
「ああ、なんかもの足りない」
ハワイの乗馬と比較をし、あそこまでデンジャラスでなくとも馬に乗って道を歩けないものかと思い、見つけたのが阿蘇うま牧場。
牧場といえばまず牛、羊の印象があるのに、うま牧場。北海道のくま牧場の立ち位置を彷彿とさせる。
森や木立の中を馬に乗ってトレッキングする60分コース、…これだ!これしかない。
求めていた体験を見つけ、早く熊本に行き、馬に乗らねばとそわそわとしている。

16.鹿児島県
ラストの鹿児島県も同僚の話から始めたい。
仲のいい同僚が鹿児島に転勤となり、数年がすぎた。なかなか会えなくなったので鹿児島に行ったらぜひ会おうと思っているうちに、彼が関西に戻ってくることになってしまった。
それ自体は喜ばしいのだけれど、彼が住んでいることで身近に感じていた鹿児島が遠くなってしまったよう。

夫が九州に行くなら、是が非でもと推しているのが鹿児島。
食べものやお酒の魅力はもちろん、とりわけ砂風呂に入りたいらしい。
わたしにとっての砂風呂は辻村深月さんの小説「青空と逃げる」とリンクする。
主人公の一人である母親が砂風呂で働くシーンがある。
ベテランの砂かけを行う女性の矜持。
砂風呂に入ったときの砂の重さ、あたたかさ。
描かれる人間ドラマもあいまって、この小説を思い出すときはいつも砂風呂が思い浮かぶ。
小説のいいところは、文章を通して自分の脳内で情景を想像できる点にもある。
実際に訪れてみたら、イメージと違ったとしても、心に浮かべたそのシーンは色褪せない。

「屋久島めっちゃよかったよ!」
何人もの友人が口を揃えて言うものだから、行くべきと使命感が宿ってしまう。
屋久島との縁は高校1年生に遡る。
中学・高校と一貫教育の学校で6年間、創作ダンス部に所属していた。
高校1年生と2年生で県の大会に出場した際、高2の先輩が選んだテーマが「屋久杉」。
屋久杉をダンスで?
このエピソードを話すと、いつも訝しがられるのだけれど真実で、なんならその県大会で優勝した。
ダンスで表現したのは、屋久島が特別視されることなく地元のひとたちとのなんの隔たりもなかった時代、それこそ1本のなんてことはない木だった時分から、日本でも有数の大木となって注目を浴び、観光名所になってしまった、ひととの距離ができてしまったところまでの連なり。
これも創作ダンスをほとんどしたことがないひとには驚かれるのだけれど、大会出場前のイメトレや舞台で踊っているとき、感情移入をして本当に泣く。全員が泣く。
部員で屋久杉にいった子はゼロか、ほとんどいなかったと思う。
それでも屋久杉の気持ちを想像し、涙を流すのだ。
屋久杉そのものよりも、創作ダンスに情熱を注ぎつづけた当時を思い出して、懐かしさと気恥ずかしさと、甘酸っぱい気持ちが入り混じる。
優勝の喜びだってもらったわけで、屋久杉への感謝を抱きながら、屋久島を訪れてみたいと思う。

16県への思いを語りつくしたところで、これから数年をかけて、それぞれの地を訪ね、存分に味わおう。

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