オールシーズン23着|見えてきたこと
オールシーズン23着で暮らしている。今は数えられるほどしか服を持っていないが、20代の頃は100着以上も所有していた。中でも古着が大好きで、全国各地の古着屋を巡るほどだった。
そんなわたしが、数年前からミニマリズムを生活に取り入れるようになった。数年かけて服を少しずつ手放し、今は23着が心地いい数だと感じている。
ただ、変わったのは服の数だけではない。厳選する過程で、選び方や付き合い方、そして自分自身とも向き合えるようになった。
そこで、今回は一軍の23着になってから見えてきた心の変化を、素直につづることにした。
「ミニマリストの服選びが気になる」「少ない服で暮らしたい」そんな方々の参考になったら嬉しい。

1) 妥協して買わなくなる
服を手放してスペースが空いた分、新しい服を買うようになるかも…と思っていたが、そんなことはなかった。むしろ、手放す苦労を知った分、買い物が面倒になった。あげくの果てには、生地がボロボロになっても着続けてしまう始末…。
でも、だからこそ、自分にあった1着を見つけた時の喜びは、ひとしおだ。
ある日、ズボンを買い換えようと探していたら、理想の形と色のズボンに出会った。即決せず一旦持ち帰り、持っている服とのコーディネートを考えた。
改めて欲しいと思い、実店舗で試着した。残念なことに、ウエストはぶかぶかだし、丈が長く、しっくりこなかった。でも、これがもし自分に合うサイズだったら、絶対に似合うと確信した。
ネットで調べると、ワンサイズ小さいものがあった。表記されているウエストサイズをチェックし、購入した。また、そこの服屋では裾上げサービスをやっているため、後日受け取りと同時に裾上げをしてもらった。
買うか悩んだ期間を入れると、わが家にズボンがやって来るまで3か月もかかった。たった1着のズボンを買うのに、3か月だ。(しかも、3,000円!ハイブランドの服ではないのに!)
服が少ないからこそ、一切妥協したくなかった。妥協で買った服はいずれ着なくなることを、痛いほど知っているから。
逆にここまで悩んで迎え入れた服は、本当に長く着る。少ない服で暮らすようになってから、むしろ買い物が慎重になった。
手放すことは簡単ではない。だからこそ、買う時は真剣になる。
服を減らしたことで、選ぶ責任を大いに感じられるようになった。

2) 根底にある「好き」は手放せない
お気に入りのブラウスが1着、また1着とボロボロになって着られなくなっていった。このままでは、手放しすぎて服がなくなってしまう。重い腰をあげ、新しいトップスを探すことにした。
だが、ファストファッションのお店には、心の底から「ほしい!」と思える服が見つからなかった。
ふと、古着屋に行ってみるのもいいかもしれないと思った。古着屋巡りをするのは、実に5年ぶりだ。
そうと決まれば早い。20代の頃、足繁く通っていた下北沢へ降り立った。何軒か古着屋を巡り、気になる服を見つけて試着した。無我夢中で探して、ついに理想のトップスを見つけた!古着らしいカラフルな色彩と、ゆったりとしたシルエットがたまらなかった。珍しく即決して、買って帰った。
苦労して探しただけあって、現在もヘビロテしている。いろんな人に「素敵」と褒められるし、今でも袖を通すたび本当に素敵だなぁと惚れ惚れする。
30代なんだから、落ち着いた服を着た方がいいと思っていた。でも、わたしは古着が好き。だから着る。それでいいんだと思った。
少ない服で暮らすようになっても、「古着好き」は変わらなかった。

3) 手間すら惜しくない一軍
100着以上も服を持っていた時は、管理ができていなかった。手入れが行き届かず、結局いつも同じ服ばかりを着ていた。
でも、一軍だけの23着になってからは、きちんと管理できるようになった。しかも、その手間すら愛おしく思えるくらい、一着一着にたっぷり愛情を注いでいる。
中でも思い出深いスカートがある。10年前に古着好きの先輩から譲り受けたスカートだ。
いただいた時から一軍でお気に入りだったが、年月とともにウエストが緩くなってきてしまった。
そこで、ウエストボタンを自分で縫い直し、調整することにした。この縫い直す手間よりも、「まだ履きたい!」という気持ちの方が強かった。調整は無事うまくいき、履けるようになった。
いただいたスカートは、まだまだ一軍。生地がボロボロになるまで履こうと決めている。
ほかにも、冬のコートの手入れが苦手だった。クリーニングが面倒で家の洗濯機で洗ってしてしまうほど、雑に扱っていた(ごめんなさい)。しかし、お気に入りの冬のコートに出会ってからは、きちんとクリーニングに出せるようになった。しかも「今年もお世話になりました」という感謝を込めながら、預けられるように。
一軍の服だけになると、買った後の手間すら惜しくなくなるのだと知った。手入れを重ねながら長く付き合っている。もしかしたら、「服を育てていく」という感覚に近いのかもしれない。
本当に好きな服は、管理の手間よりも再び着られる喜びの方が勝るのだ。

4) 自分らしさって?
ミニマリズムを取り入れるようになってから、いろんなミニマリストの方々のファッションをチェックするようになった。黒い服を選ぶ方が多く、「ミニマリスト=黒」という印象を持つくらいだった。たしかに、ラックに黒い服がずらーっと並んでいる景色は、美術品のようで美しい。ものが少なくなると、色数も減るのかもしれない。
でも、わたしにはできなかった。
わたしの場合、黒い服を着ていると、なぜか気分まで落ち込んでしまう。着ていてテンションが上がる服は、赤や緑などカラフルなものばかり。一時期は、自分の持っている服に統一感がなく、理想のミニマリスト像を追いかけて苦しんだ。
だが、ふと「絵の具みたいでいいな」と思った。持っている服は、蓋をパカっと開けた時に並ぶ、カラフルな絵の具のよう。憧れのミニマリスト像に無理に合わせなくていいんだ、と思えた瞬間だった。
数を減らしすぎて、自分らしさまでも失いかけていた。今思うと、“目的”と“手段”が入れ替わっていたのだと思う。ミニマリズムを取り入れたのは、手段であって目的ではない。
カラフルで元気いっぱいな服が、わたしらしさだと気づいた。

5) 服と暮らしの負担を考える
オールシーズン23着となると、おのずと週に数回は同じコーディネートになる。もしかしたら、友人や知人からは「いつも同じ服を着ているな…」と思われているかもしれない。
わたしは、それで構わないと思っている。
むしろ同じ服を着続けている方を見ると、「服を大事にされているんだな」と信頼すら感じる。
それに服が少なくなると、服選びがラクになる。覚えているコーディネートが数パターンだから、気候や1日の活動内容を考慮して、今日はこれしかない!と簡単に絞れるようになる。
365日服選びに悩む朝よりも、今日はこの服を着たいと思える朝の方が、暮らしが豊かになるのではないだろうか。
服を厳選したことで、“たくさん持つもの”ではなく、“毎日の暮らしを支えてくれるもの”と、認識が少しずつ変化していった。

まとめ
服を手放していったら、自分自身のことを見つめ直すいい機会になった。
ただ、「23着」という数字はわたしにとって心地いい数だけれど、誰にでも当てはまるものではないと思う。50着でも100着でも、すべてに愛情を注げるのであれば、何着持っていてもいい。
わたしの場合は手放していく中で、心から「好きだ」と思える服を毎日着られる喜びを知った。ちょっぴり自分に自信が持てるようになった。
そして、お気に入りの服は年々変わっていくだろう。持っている服が変わっても、愛情をたっぷり注げる服をそろえていけたらいいなと思う。

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