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競争の効能について語ってみた

音楽家と会うと
特に思うことなんですが

ってお前もそうだろ、
って言われそうですが

はい、そうです。爆 

という前置きで、
本当の事を言いますね。

音楽家って
競争ばかり、しているんですよ。笑

だからなんでしょうけれど

例えば他の人の動向とか
すごく気にする人が多いんですね。

あなたも
心当たりあるでしょう?笑

そう。

これ、ある意味では
日本の「教育の結果」ですね。

競争させておいて
「仲良くしなさい」なんです。

親も学校も
これをさせたのが昭和の時代でしょう?

ひょっとしたら
もっと昔からですかね。

でも、話をいろいろ訊いてみたんですよ。

そうしたら
結構のんびりしたところも
あったみたいですね。

昭和一桁の人とかでも、ですよ。

それは、おそらくですが

勉強できる奴と
あえて勉強しない奴と

勉強なんかのっけから 
要らない奴に

分かれていたからだと
思うんですね。

私が小学校の頃は
みんなが勉強できなくても
良かったんです。

ああ、あいつは足が速い。
あいつはすばしっこい。
あいつは野山で
クワガタ採るのがうまい。
あいつはコマ回しが得意。
あいつはメンコがうまい。
あいつは凧揚げがうまい。
あいつは土で玉つくるのうまい。
あいつは野球が得意。
あいつはサッカー。
あいつは機械すき。
あいつはプラモデルを
器用につくる。
あいつは飴玉持ってきて
機嫌とるのうまい。

あいつは。。。

てな感じですね。

ちなみに、わたしは
飴玉派です。爆

わたし、一人っ子なので
友達と遊ぶときに

飴玉持ってきて
怪獣してました。
(懐柔だったか。)笑

だから今、韓非子とか
マキアヴェッリとか
面白いと思いますね。笑

話がそれました。

音楽家の競争って
ものすごいストレスなんですよ。

勝ち負け、
白黒をつけたがる。

だから、コンクールが
ひとつの
基準になったりするんです。

でも変ですよね。
分かってるわけですよ。

あれは便宜上やってるんです。

受けに来るやつは
競争して勝ったら
きっと未来がある、と思ってる。

でも、これ別に
コンクールに限った話じゃなくて

「運悪く」優勝したりすると
人生ってのは面白いもので

自分も周りも
素敵な勘違いが始まるんです。笑

天才かもしれない、とかね。

でも、コンクールって
要するに学校と同じで

競争して順位をつけて
その人の価値を
分かりやすくしただけの
ことなんですよ。

ってことは

分かりにくい部分は
観てもらえなくなるんです。

分かります?

これ、不幸の始まりなの。笑

本当の自分って

分かりやすい部分には
ないからですよ。

だから、気を付けないと。

自分が誰か
わからなくなるから。

競争ってのは

自分のある部分を
突出させる行為でも
あるんですね。

そうすると
それが本当の自分だと
本人は思い込む。

周りも思い込む。

それで、結果的には
そういう自分を
演じることになるんですよ。

これ、多分、
幸せになる道とは
ちょっとまた
違うかもしれないの。

やってみたら
わかりますよね。

あなたも覚えがありません?
ありますよね。

ね?

日本の教育は
分かりやすくしろ
というのが多いんです。

それは、結局
評価がしやすいからなんですよ。

だから分かりやすさで
誤魔化して

人の価値を
決めやすくしていますね。

でも、考えてみたら
同じ昭和でも

あいつは。。。
がいっぱいあって

それが個性として
成り立つ場合もあったんですよ。

音楽家でも
競争が嫌だ、というだけじゃなく

それが必要な
スパイスとして
機能する場合もあるんですよ。

でも、この競争で
イノチを落とす場合も
実はあるんですよね。

そんなとき
すごく大きな形状の
ブロックが複数

僕らの社会に侵入してきたように観えるんです。

そのブロックが
狭い空間を占拠すると

ひしめき合った人たちのなかで

ブロックが
いくつにも重なり合って

ぼくたちの息を
できなくするんです。

そのブロックが
ガチっと重なり合ったとき

たまたま
運悪くそこに居た人が
その場から閉め出されたり

酷い場合は、
肉を引きちぎられる。

そんな悲劇を生むんですね。

このブロックは
社会で自然発生的に
起きるんです。

いくつも、ね。

これを
コントロールする方法を
無意識にできる人もいるんです。

平成では
ゆとりの教育が失敗した
と言う人がいるんです。

あれ。嘘ね。

ゆとりを作って
ゆとりを許さなかったのは
昭和の人なんです。

昭和の人は
目に見えるものを
信じるんです。

だけどブロックって
目に見えないんですよ。

これに
隙間と時間を与えて
具体的に守ろうとしたのは

ゆとりなんです。

あれは
正解だったみたいです。

若い世代の人たちと
対峙してみると

私たちが思っているよりも
ずっと
ブロックを扱うのがうまいです。

そういう
超能力者ばかりのようです。

目に見えるものばかりを
追いかけるから

昭和の人には
それがわからないんです。

彼らは目に見えないものを
扱うチカラが
備わっている分だけ

私たちよりも
ずっとずっと
魂のレベルが高いようです。

こう書いて来て
気が付いたのは

小学校に
教えにいくチャンスが
昔あったんですが

子供たちの
合唱を教えたときに

彼らの眼が
コワかったんですよ。

それは、
彼らに自分の奥を
見抜かれた瞬間が

私にも分かったからです。

つまり、そういうことです。

競争。

人間がいれば
生まれるもんですが

人と比べたらおわりです。

それを、教えないといけません。
子供たちに、じゃなく。

ひょっとしたら
あなた自身に、かもしれない。

時間をたくさん、
無駄にするから。

自戒を込めて。

Muran

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