植田総裁が書き換えた【経営のOS】、賃上げをコストと見做す経営者が淘汰される理由
「また賃上げの話か。人手不足なのは分かっているが、うちにも限界があるよ」
経営者の集まりに顔を出すと、最近ではこうした言葉を聞くことが増えた気がします。円安もあって原材料費や運賃が上がり、その上での「賃上げ」要求ですから自然な反応と思います。
しかし、もし経営者であるあなたが、この「賃上げ」を一過性のブームや政府からの“お願い”程度に捉えているとしたら、ちょっとまずいかもしれません。PCに例えるなら、経営のOS(前提条件)が完全に書き換わったにもかかわらず、古いOSを使い続けようとしているのと同じだからです。
皆さん、こんにちは。村田雅志です。
日本銀行の植田総裁は12月25日、日本経済団体連合会(経団連)の審議員会で講演をしました。講演内容はすでに日銀のWEBサイトで公開されています。
賃金上昇を伴った「物価安定の目標」の達成に向けて
日本経済団体連合会審議員会における講演
植田総裁がこの講演で語った言葉には、これまでの「期待」や「お願い」とは一線を画す、非常に重い「決意」が込められていたように感じます。
日本銀行は12月19日に政策金利を0.50%程度から0.75%程度へと引き上げることを決めました。2024年7月の0.25%、2025年1月の0.50%に続く、着実かつ確実な「金利のある世界」への歩みです。
今回のコラムでは、この12月25日の講演が、なぜ経営者にとって「見逃してはいけない決定的な転換点」なのか。その真意を読み解きます。
予測ではなく前提への「昇格」
経営者はこれまでに多くの「経済予測」を目にしてきたはずです。昔は「来年の成長率は●●%だ」というのが主流でしたが、最近では「来年もインフレになる」「為替は円高になるかもしれない」といった話もよく目にするようになってきました。
しかし、今回の植田総裁の発言は、そうした話と次元が異なります。
日銀は、米国経済の下振れリスクが低下し、国内の企業収益も高い水準を維持していると判断しました。その上で、2027年度にかけて物価上昇率が2%の目標と整合的な水準で推移する確度が高まったと明言しています。
これは単なる予測ではありません。「このシナリオに基づいて、私たちは淡々と金利を上げていく」という、政策運営の“前提”が確定したことを意味します。
植田総裁が確信したメカニズムの正体
植田総裁がここまで強気になれるのはなぜでしょうか。それは講演の資料・図表3で示された「賃金と物価の循環メカニズム」が、もはや一時的な現象ではないと確信できるようになったからです。

生産年齢人口の減少をはじめとする労働市場の構造変化が不可逆的であることを踏まえると、経済に大きな負のショックが生じない限り、労働需給は引き締まった状況が続き、賃金には上昇圧力がかかり続けることが見込まれます。
プラスの物価上昇率が続き、家計や企業の予想物価上昇率が高まりつつあるなか、賃金や仕入価格の上昇を販売価格に転嫁する動きも着実に広がってきています。
来年は、今年に続き、しっかりとした賃上げが実施される可能性が高く、企業の積極的な賃金設定行動が途切れるリスクは低いと考えています。
植田総裁は、これまでのように過去の物価上昇を追いかける「バックワード・ルッキング」な賃上げではなく、将来の物価上昇を前提とした「フォワード・ルッキング」な賃上げへの変化さえ期待しています。
「ゼロノルム」の世界には二度と戻らない
植田総裁の言葉の中で、経営者が最も重く受け止めるべき一節があります。
それは、賃金と物価がほとんど変化しない「ゼロノルム」の世界に戻る可能性は、大きく低下しているという指摘です。
ゼロノルム(Zero Norm)とは、物価や賃金がほとんど上がらない状態が当たり前、という日本経済に長年根付いた社会的な規範や通念を指します。
デフレ期の30年間、日本企業は「賃上げを抑制し、投資を先送りし、現預金を積み上げる」ことで生存を図ってきました。厳しい経営環境下では、それは一つの正解だったかもしれません。
しかし、緩やかな物価上昇が続く世界では、その戦略は「正解」から「緩やかな自殺」へと変わります。現預金の価値は実質的に目減りし、投資をしない企業の生産性は相対的に低下し続けるからです。
経営者に突きつけられた「新しいチェス盤」
「また同じ話だ」と聞き流すのは簡単です。
しかし、日銀が政策金利を0.75%に上げ、さらなる利上げを予告している以上、私たちが立っているチェス盤のルールはすでに書き換えられています。
これからの経営において、賃上げは「余裕があればやるもの」ではなく、「優秀な人材を確保し、生産性を高め、金利上昇を上回るリターンを生むための必須の投資」という前提条件(OS)に変わったのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「ルールが変わったのは分かった。しかし、なぜ多くの経営者は、頭では分かっていても動けないのか?」
次回のコラムでは、私たちが無意識に陥っている「合理的な先送りの罠」についてお話しします。
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また、今回も、ぜひ皆さん、特に「経営者」の実感をコメント欄で教えてください。賃上げに伴う苦しさや、倒産・廃業を迫られるほど厳しい状況など、経営者の皆さんの日常やビジネスの現場では、どのような「限界」や「痛み」を感じていらっしゃるかを共有いただければ幸いです。目減りしていく日本円の価値への不安、コスト上昇などで「これ以上は価格転嫁できない」という現場の悲鳴など、どのようなことでも構いません。
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また次のコラムでお会いしましょう。
村田雅志(むらた・まさし)
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