古参の本音〜敬意なきにわかへの違和感〜
最近よく思う。
「古参」と「にわか」の対立って、どこの界隈にもあるなあと。
スポーツ、アイドル、アニメ、バンド。
ジャンルは違っても、構図はだいたい同じだ。
古参はこう思う。
「最近ハマっただけで“好き”を語るな」
「積み重ねてきた歴史を知らないくせに」
「上辺だけで知った気になるな」
正直、この気持ちはすごくわかる。
わたしは物心ついた頃からスポーツ観戦が身近にあった。
だからどちらかと言えば、古参側の感覚を持っている。
たとえばサッカー。
オフサイドも知らない。
でも最近点を決めた選手がイケメンでハマりました、サッカー大好きです♡
…と言われると、ちょっとモヤっとする。
「いや、それまだ入口立ったばっかやで」
と思ってしまう自分がいる。
でも一方で、こうも思う。
上辺だけに見える“にわかファン”が、実は経済を回しているよな…と。
グッズを買う。
試合を見に行く。
SNSで話題にする。
そうやって新しい人が入ってくるから、
コンテンツは広がる。先細らずに活性化していく。
古参だけで回る世界には、限界がある。
現に、ミーハーなにわかファンほど勢いよくコンテンツにお金を落とすからだ。
まあ、その分自分の気が済むなり、ブームが去るなりすれば、驚くほどあっさり離れていくことも多いが。
でも、その中の誰かが一時の熱で終わらず、
本当のファンになっていく。
そうやって、コンテンツは少しずつ広がっていく。
だから、「にわかが悪」というわけではない。
むしろ誰だって最初は「にわかの道」を通る。
わたしだって誰かにとっては「にわか」なのかもしれない。
最初から詳しい人なんていないし、
みんな入口は「なんとなく気になる」から始まる。
じゃあ何が嫌なのか。
たぶん“にわか”そのものが嫌なんじゃない。
嫌われるのは「敬意のないにわか」だ。
歴史を知らないことは問題じゃない。
知識が浅いことも問題じゃない。
でも、何も知らないのに知ったように語る。
リスペクトなくルールを乱す。
そのジャンルを大切にしてきた人たちへの想像力がない。
それは、やっぱり反感を買う。
アイドルでもそうだ。
スポーツでは古参側の気持ちが分かるわたしも、Snow Man の世界に入れば、たぶんまだまだにわか寄りだ。
でも、にわかであること自体を恥じる必要はないとも思う。
「最近好きになったばかりで、まだ全然詳しくないんです。でも決められたルールは守りたいので、間違っていたら正してね」
そう言える人には、どこか可愛げがある。
その謙虚さがあるだけで、受け入れられやすさって全然違う。
好きになるのは自由。
何を推すのも自由。
ただ、その世界にあとから入るなら、少しだけ敬意を持っていたい。
それだけで、古参とにわかの争いはだいぶ減る気がする。
どうせ推すなら、みんな楽しいほうがいい。
…とはいえ。
オフサイドを何回説明しても理解しない人には、
さすがにこう言いたくなる。
「オフサイドラインより前で待ち伏せするのがあかんねん。見てたら何となくわかってくるから、黙ってもう10試合観てこい」と。笑
