自立させなきゃ、と思いながら甘えさせた夜の話
昨日の夜、長男はどうしようもなく甘えん坊モードでした。
ピアノの前には座ったけれど、全然弾けていない。
それでも、最後まで弾けるたびに
「ママ、ぎゅーして」
そう言って、何度も抱きついてきました。
1曲弾いては、ぎゅー。
また少し弾いて、ぎゅー。
うまくいかなくなると、床にごろんと寝転がって、
「ママ、だっこで椅子に座らせて」
そんなお願いもありました。
自分で座れるはずなのに。
自分で弾けるはずなのに。
自立させなきゃ。
甘えさせすぎないほうがいいんじゃないか。
親の中の“正論”が、静かに顔を出します。
でも昨日は、どう見ても
ひとりで頑張れる余力が残っていない日でした。
我が家では、どうしようもなく弾かない日は
「音源を聞く日」にすることがあります。
弾けない=何もしない、にしなくていいと思っているからです。
昨日は、長男を私の膝の上に座らせました。
私の両手の上に、そっと息子の手を重ねて、
その状態で、私がお手本を弾く。
長男は自分では弾いていません。
でも、鍵盤の動きも、音の流れも、
すぐそばで、身体ごと感じている。
そのあと、膝の上にいる長男が、
唐突に言いました。
「ママ、一緒にリメンバー・ミーを歌おう」
『リメンバー・ミー』は、映画の中で
親から子へと受け継がれる、大切な歌です。
子守歌のようでもあり、
離れていても、ちゃんとつながっていることを思い出させてくれる歌。
自立していく物語の中で、
それでも「忘れないで」と
そっと手を伸ばすような曲。
膝の上で、その歌を一緒に歌いました。
練習とは呼べないかもしれないけれど、
それはとても穏やかで、幸せな時間でした。
自立を促したほうがいい。
それは、きっと間違っていない。
でも、自立って
突き放すことじゃないんですよね。
安心して甘えきったあとに、
また自分で立てる日もある。
昨日は、そのための「甘える日」だった気がしています。
1曲しか弾けなかった夜。
でも、音楽から完全に離れたわけじゃない。
関わり方を、少し変えただけ。
毎日きっちり弾けなくてもいい。
毎日同じ関わり方じゃなくてもいい。
そんなふうに、
また親の見方が少し更新された夜でした。
いいなと思ったら応援しよう!
忙しい毎日の中で、この場所を見つけてくださってありがとうございます。
この記事が「うちだけじゃなかった」と感じるきっかけや、少し気持ちが軽くなる時間になっていたら嬉しいです。
同じように悩むご家庭に届く記事を、これからもコツコツと言葉にしていきます。