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アジアのクラシック音楽事情

先日ソウルのホステルで、たまたま朝食を一緒にした女性が、ピアニストだった。同業者同士、あっという間に意気投合、話が弾み、1時間半、止まらない会話を楽しんだ。

彼女はフィリピンから。ご主人は医師で忙しいため今回の旅行には同行しておらず、同じく医師の娘さんと、勉強中の息子さんと共に旅行中だった。息子さんは、日本で研修を受けることを目指しているという。とても感じの良い家族で、素敵な朝食タイムとなった。

話は演奏スタイルや好きな作曲家に始まり、コロナパンデミック時の苦労、クラシック音楽家を目指すのに必要なものや環境、教育に関してなど、テーマが尽きず、最後には連絡先を交換したほどだ。

その中で最も印象的なトピックだったのが、フィリピン(そして東南アジア一帯)では、若く才能のある音楽家は海外(欧州や北米)へ勉強に行った後自国に戻らない、なぜならそこには活躍の場がないからだ、という話だ。日本や韓国は自国に戻り活動する割合がもっと多く、それはプロのオーケストラなど含め、仕事として成り立つ環境があるからだ。せっかく学んでもそれを生かす場がなければ、皆国外へ行ってしまう。これは本当に残念なことだと、彼女は語っていた。

ただやはり、日本でそこまで環境が整っているかと言うと、そうでもないと思う。クラシック音楽を専門に学んだけれども、結局別の道に進む人は沢山いる。プロの就職先は極めて少なく、音楽を生業にして生活出来る環境が整っているとは言い難い。

さらに、欧州や北米は、クラシック音楽を学ぶ学生の留学先として機能しているが、日本は、より高水準の音楽教育を求めて、学生が出て行く側である。おそらく、優れた素質を持ち、努力を惜しまない優秀な音楽学生ほど、海外へ出て行くだろう。そしてそこで認められれば、そのまま留まるだろう。少ないポストを求めて日本でオーディションを受け続けるより、安定した確実なキャリアが築けるからだ。

アジアのクラシック音楽事情は、ある程度共通する部分があると思う。

日本を含む東アジア圏は、世界的に有名な音楽家を多数生み出している。これは、親の意向などで、幼少期から徹底した訓練に励む成果でもあるだろうし、努力を重ねることへの耐性が強いという部分もあると思う。楽器演奏を極めるのに必要な自制心が、割と小さい頃から備わっているように思う。

しかしどんなに才能があったとしても、ずっと自国に留まっていたら、華々しいキャリアをスタート出来なかったのではないかと思う。一般的に伝統を重んじるクラシック音楽において、その誕生地であり、なお中心地である欧州の地を踏まずに、一流の仲間入りは不可能に近い。そして伝統を受け継いで発展させた北米、新しい風を吹き込んだ中南米なども、それぞれの楽器や専門に応じて、若い音楽家を惹きつける。例えば金管楽器なら北米、ギターならば中南米など。

だからアジアの若い音楽家たちは、一度アジア圏から抜け出さないと、プロとしてのキャリアをスタートさせるのが難しい。そして自国にキャリアを継続するための環境がなければ、戻る意義を見出せないだろう。

これは当面変わらないのではないかという気がする。そもそもクラシック音楽を愛好する人々の母数が違うし、そこに根ざす文化も違う。所得格差なども無視出来ない要因だ。

ただ日本でも可能かもしれないと思うのは、世界中の一流の音楽家を招いて、アジアでも優れた教育が受けられるようにすることだ。例えば、アジア圏の若い学生が、遠く欧州まで行かずとも、比較的近い日本で、同じ教授陣から学べたら、経済的負担も少ない。そういった場所で学んだ修了生が増えれば、アジア圏の新しいプロオーケストラの設立にも繋がるかもしれない。地道に音楽家を育て、その価値を社会が認めるようになるかもしれない。より多くの若い音楽家が、アジアで活動することを選ぶようになるかもしれない。



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