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E195 THE BEATLES- Black Bird

孤高の鳥が羽ばたく夜

​1968年の混沌が生んだ『Blackbird』――ポールの爪弾きとアビイ・ロードの空気

​おまえ、耳を澄ませてみろ。聴こえるか? 1本のヴィンテージ・アコースティックが放つ、あの乾いた、しかし奇妙に生々しい弦のきしみ。そして、ただ規則正しくスタジオの床を叩く、どこか不器用な靴音。それだけだ。ギミックまみれのサイケデリアに世界が酔いしれ、政治の季節が血と催涙ガスの匂いを振りまいていた1968年、ザ・ビートルズは、いや、ポール・マッカートニーというひとりの狂気的なロマンチストは、たったひとりでアビイ・ロードのスタジオ2番に籠もり、この奇跡のようなミニマリズムをレコードの溝に刻み込んだ。

​これは、過剰な装飾で自らを偽るポップ・ミュージックに対する、最も静かで、最も過激なテロ行為だ。今の若い世代が、サブスクリプションの冷徹なアルゴリズムの砂漠を彷徨う中で、不意にこの2分18秒を引き当て、言葉を失うのも無理はない。ここには、エフェクターの欺瞞も、マルチトラックの過剰なプログラミングもない。時代の手垢をすべて削ぎ落とした、剥き出しの「本物」だけが宿っている。スマートフォンの画面をスクロールする手を止め、このレコードの針が拾う「湿度」に触れてみろ。そこには、いつの時代も変わらない、自由を渇望する人間の体温が残されているはずだ。​(記: 蛮楠烈太)


基本情報

​作詞者: レノン=マッカートニー(実質はポール・マッカートニーの単独作)
​作曲者: レノン=マッカートニー(同上)
編曲者: ポール・マッカートニー
​プロデューサー: ジョージ・マーティン
​発売日: 1968年11月22日(イギリス、アルバム『The Beatles』収録)
​レコード会社: アップル・レコード(配給:EMI)
​収録スタジオ: EMIレコーディング・スタジオ(アビイ・ロード・スタジオ)第2スタジオ

​レコーディング参加アーティスト

​ポール・マッカートニー(リード・ボーカル、アコースティック・ギター、足拍子)
クロウタドリ(Blackbird:EMIサウンド・エフェクト・ライブラリ『Volume Seven: Birds Of Feather』より。エンジニアのスチュアート・エルサムがロンドン郊外イッケナムの自宅の庭でポータブルMTRを用いて録音した野生のさえずり)

チャート状況

​本作は1968年発売の2枚組アルバム『The Beatles』(通称:ホワイト・アルバム)のA面11曲目に収録された楽曲であり、当時はシングルカットがなされなかった。そのため、発売当時の単体でのシングルチャート記録は存在しない。しかし、アルバム『The Beatles』自体は全英アルバムチャート(OCC)および全米ビルボード・チャート(Billboard 200)で1位を獲得し、世界中で数千万枚を売り上げる歴史的メガヒットを記録している。本作はその中でも最も愛されるアコースティック・ナンバーとして、累計で数億回以上のストリーミング再生を数えるモンスター・トラックとなった。

​後年、デジタル配信やストリーミングの時代を迎えると、本作はビートルズのカタログの中でも常にトップクラスの再生数を誇るスタンダード・ナンバーとなった。さらに2024年、世界の歌姫ビヨンセ(Beyoncé)がアルバム『Cowboy Carter』において、本作をすべて大文字の「BLACKBIIRD」としてカヴァー。オリジナル・トラックのポールのギターをそのままベース(サンプリング)に使い、黒人女性カントリー・シンガーたちの重厚なハーモニーを重ねたこのバージョンは、全米ビルボードHot 100で最高27位を記録し、半世紀以上の時を経て再び世界の主要チャートにその名を轟かせることとなった。アワードの面では、ビートルズの『ホワイト・アルバム』がグラミー賞の殿堂入りを果たしているほか、本作はローリング・ストーン誌が選ぶ「史上最高の500曲」等のリストに常に上位で選出され続けている。

楽曲のエピソード

​1964年製のエピフォン・テキサンが紡いだ「傷ついた翼」
​おまえは、この『Blackbird』という曲が、どのような実存の痛みのなかから引っ張り出されてきたかを知っているか。1968年、アメリカは燃えていた。キング牧師が暗殺され、ロバート・ケネディが倒れ、人種差別の分断は極点に達していた。ポール・マッカートニーは、スコットランドの自身の農場で、テレビのニュースが映し出すディープサウスの惨状をじっと見つめていた。特に、アーカンソー州のリトルロック高校で起こった、黒人学生の入学を巡る激しい排斥運動(リトルロック・ナイン事件)の映像は、ポールの胸に冷たい楔を打ち込んだ。

​ポールは後年のインタビューや自伝『メニー・イヤーズ・フロム・ナウ』において、こうはっきりと語っている。
​「『ブラックバード』という言葉を『黒人の女の子』に置き換えて考えてみれば、この曲が何を歌っているかがわかるはずだ」
​つまり、この曲のタイトルは単なる鳥の観察日記ではない。イギリスの俗語で「bird」が若い女性を意味することに引っかけた、抑圧された黒人女性への、そしてすべての奪われた者たちへの、最大級にエレガントで、最大級に誠実な闘争の歌なのだ。歌詞の中でポールは「Take these broken wings and learn to fly(その折れた翼で、飛び立ち方を学ぶんだ)」と要約されるメッセージを、静かに、しかし決然と語りかける。

​では、音楽的な骨組みを見ていこう。この曲をアコースティック・ギター1本で弾き語るポールの手元を解剖すると、そこにはスコットランドの泥臭いフォークの匂いと、ヨーロッパの古典音楽の精緻なロジックが同居している。よくある初心者向けの解説書には「マーティンD-28で弾かれた」などと寝ぼけたことが書かれているが、そんな欺瞞は捨てろ。ここで使われているのは、ポールが1964年にロンドンのサウンド・シティで購入し、名曲『Yesterday』でもその枯れたトーンを響かせた愛機、1964年製のエピフォン・テキサン(Epiphone Texan FT-79)だ。ギブソンのカラマズー工場で作られたこのフラットトップ・ギターこそが、この歴史的なセッションの唯一の証人である。

​ポール自身が明かしているように、この曲のフィンガーピッキング・スタイル、その「バックビート」を強調した独特のグルーヴの原型は、ヨハン・セバスティアン・バッハの『リュート組曲第1番 ホ短調 BWV 996』の「ブーレ」にある。子供の頃、ポールとジョージ・ハリスンは、このクラシックの小品を格好つけて弾こうとしては、いつも指使いを間違えていた。その「間違えた記憶」の残骸、親指でベースラインを弾きながら、人差し指で同時に高音のメロディをストローク混じりで爪弾くという対位法(カウンターポイント)的なアプローチが、この曲の血液となっている。

​キーはGメジャーだ。だが、一般的なスリーコードのフォーク・ソングだと思ってナメてかかると、コードの迷宮に迷い込む。楽曲の形式はいわゆるヴァース-コーラス形式を基本としながらも、変則的なブリッジが挟み込まれる。冒頭、Gから始まって、Am7、G/Bへと滑らかにベースラインが上昇していく。ここまではいい。しかし、歌詞の「learn to fly」へと向かう瞬間、コードはC、C#dim、D、D#b5、Emへと、半音階(クロマティック)の階段を狂ったように駆け上がっていく。

C - C#dim - D - D#(♭5) - Em

この目の眩むようなボイスリーディング(声部連結)が、地面から空へと飛び立とうとする鳥の、あの必死な羽ばたきを完璧に音楽的ダイナミズムへと翻訳している。そして、Emに到達したかと思えば、直後に不穏なテンションを孕んだEb(Ebaug)が顔を出し、D、Dbdim、C、Cm、G/B、A7、D7という執拗な下降クリシェへと転じる。

​ここで使われているCm(IVm)は、クラシックやジャズでいうところの「モーダル・インターチェンジ(同主調からの借用コード)」、いわゆるサブドミナント・マイナーだ。Gメジャーという光のなかに、一瞬だけGマイナーの冷たい影が差し込む。このコードが鳴る瞬間、俺たちの胸を締め付けるあの切なさは、単なるセンチメンタリズムじゃない。暗闇の中で翼を折られた者が流す、本物の血の味だ。

​さらに特筆すべきは、全編を通じて開放弦のG線(3弦の開放音)が「ドローン(持続音)」として鳴り続けている点だ。指がどんなにハイフレットへ移動しようとも、真ん中で常に「ジー」と鳴り続けるGの音。これはインド音楽のシタールからの影響であり、同時にスコットランドのバグパイプの伝統でもある。一種のルートレス・ボイシングのような浮遊感を伴いながら、この持続音が楽曲に呪術的とも言えるスタビリティ(安定感)を与えている。

​リズムの構造も異様だ。譜面を起こせば、3/4拍子、4/4拍子、2/4拍子が、なんの警告もなく滑らかにスイッチしていく。メトリック・モジュレーション(テンポの比率的な変化)の一歩手前のような、変拍子のオンパレードなのに、聴き手にはまったくその歪さを感じさせない。なぜか? それは、ポールが刻む「足拍子(タッピング)」が、完璧なオーガニック・メトロノームとして機能しているからだ。

​アビイ・ロードの床が鳴らした「バックビート」の真実

​ここで録音の技術的なディテールに踏み込もう。長年、このレコードの左チャンネルから聴こえる「チッチッチッ」という規則正しい高音は、メトロノームの音だと思われていた。しかし、エンジニアのジェフ・エメリックはそれを明確に否定している。あれは、アビイ・ロードの第2スタジオの、あの少し冷えて乾燥した床の上で、ポールが自らの靴のヒールを打ち鳴らしていた音だ。エメリックは、ポールの足元にわざわざ専用のマイク(おそらくノイマンの小型コンデンサーマイク、KM56あたりの運用と推測される)をセットし、その鋭いトランジェント(音の立ち上がり)を別トラックで捉えた。

​アコースティック・ギター(Epiphone Texan)の録音についても、当時のEMIの厳格な「白衣を着た技術者たち」のルールを、ジェフ・エメリックが良い意味でぶち壊した形跡がある。コンソール(EMI独自の真空管コンソール REDD.51)のヘッドアンプが、ポールの荒々しいフィンガリングによる高域のダイナミクスを過不足なく捉えている。不要な超低域はハイパス・フィルターで巧みにローカットされ、歌声の耳につく帯域はディエッサー的な処理、あるいはマイクの距離感によって絶妙にコントロールされている。弦がフレットに擦れる「キュッ」というノイズ、ポールの服がギターのボディに擦れるかすかな摩擦音。それらが、ダイナミックレンジを押し潰すような過度なリミッティングを受けることなく、真空管特有の甘く温かいサチュレーション(飽和感)を伴ってパックされている。

​そして、曲の後半にフェードインしてくる鳥のさえずり。これはジョンやジョージ・マーティンがその場で選んだというようなロマンチックな噂があるが、真相はもっと即物主義的だ。EMIの効果音ライブラリに保管されていた『Volume Seven: Birds Of Feather』というオープンリール・テープから引っ張ってきた、本物のクロウタドリ(Blackbird)の鳴き声のテープループである。これはエンジニアのスチュアート・エルサムが、ロンドン郊外の自宅の庭で録音したものだ。この鳥の声が重なった瞬間、スタジオの閉鎖空間は一気に、夜明け前の凍てつくスコットランドの荒野へと拡張される。

​ミックスにおける定位(パンニング)によって、ギターと歌が中央からやや右に寄るなか、鳥の歌は左から右へと、まるで俺たちの脳内を旋回するように飛び去っていく。昨今のM/S処理(Mid/Side分解によるステレオ幅の拡張)なんて小賢しいデジタル技術がない時代に、これほどまでの立体的な空気の「湿度」を表現できたのは、アビイ・ロードの部屋そのものの自然な残響(RT60の長さが絶妙にコントロールされた空間)と、モノラル・ソースの位相整合(フェイズコヒーレンス)に対するエンジニアたちの職人技があったからに他ならない。

アーティストの歴史

​ザ・ビートルズという巨大な神話の歴史において、1968年の『ホワイト・アルバム』制作期ほど、彼らが「人間」に戻ってしまった季節はない。前年に精神的支柱であったマネージャーのブライアン・エプスタインを失い、インドでの瞑想修行から帰国した彼らを待っていたのは、アップル・コアという巨大な商業主義の泥沼と、4人のエゴの衝突だった。

​それまでのビートルズは、4人で1つの有機体、いわば「四頭政治」だった。しかし、このアルバムのレコーディング中、彼らはそれぞれ別のスタジオに籠もり、お互いの曲に口を挟まなくなった。リンゴ・スターは一時的にバンドを脱退し、スタジオには険悪な沈黙が流れていた。

​その地獄のような空中分解のプロセスの中で、この『Blackbird』は生まれた。これは、ポール・マッカートニーという男が、「ビートルズのポール」という仮面を脱ぎ捨て、ひとりのシンガーソングライターとして独り立ちしていく決定的な転機だったのだ。ジョン・レノンがオノ・ヨーコとの愛に溺れ、アヴァンギャルドなノイズ(『Revolution 9』)へと向かう横で、ポールはアコースティック・ギター1本で、自らのエッセンシャルな魂の証明を行わなければならなかった。

​誠実であることが、唯一の反逆だ。当時のポップ・シーンは、サイケデリック・ロックの過剰なエフェクトや、大規模なブラス・セクションを導入した重厚なサウンドが主流になりつつあった。ジミ・ヘンドリックスがギターを燃やし、クリームが大音量のインプロヴィゼーションでスタジアムを圧倒していた時代だ。その過熱する狂騒に対する、ポールなりの回答が、この「楽器1本、歌1人」というミニマリズムだった。これは、流行に媚びを売ることを何よりも嫌う、真のパンク精神の先駆と言ってもいい。ビートルズという権威の頂点にありながら、自らのサウンドを限界まで引き算してみせる。この不敵な佇まいこそが、彼を単なるポップスターから、音楽史の巨神へと押し上げたのだ。

評価

​当時の批評家たちは、この『ホワイト・アルバム』、解体寸前のバンドが放った2枚組の、あまりのバラバラさに戸惑った。ある者は「ポールの自己満足的な小品」と切り捨て、ある者は「ビートルズの終焉を告げる内省的なフォーク」と評した。しかし、時が経ち、21世紀の現代からこの曲を振り返るとき、その評価は完全に逆転している。この曲の持つ、時代をサバイブする驚異的な普遍性こそが、本作の真の価値だ。

​あえて、この曲の構造的な「弱点」を指摘する反論の可能性を考えてみよう。一部の過激な政治批評家や、同時代のフォーク・シンガー、例えばボブ・ディランやフィル・オクスのような、地の塩を舐めるようなプロテスト・ソングを歌う者たちから見れば、ポールのこの寓話的なアプローチは「あまりにも綺麗すぎる」「安全な場所からの高みの見物」と映ったかもしれない。泥臭い現実の闘争を、洗練されたクラシックのコード進行と鳥のさえずりでパッケージングすることに対する、ある種の反発だ。現代の音楽環境でいえば、ラウドネスノーマライゼーションによって一律に音圧を整えられたストリーミングのプレイリストの中で、この曲のあまりにスカスカなダイナミクス(高いクレストファクター)は、再生環境によっては「地味で耳を引かない」という弱点になり得るかもしれない。

​だが、その「綺麗さ」と「隙間の多さ」こそが、この曲を特定の時代(1968年)のプロパガンダで終わらせず、普遍的な人間の讃歌へと昇華させた最大の武器だった。2024年にビヨンセがこの曲を取り上げた理由もそこにある。彼女は、自らのルーツであるカントリー・ミュージックの文脈にこの曲を召喚し、抑圧されてきた黒人女性たちの歴史を祝福するためのアンセムとして見事に機能させた。ポールの原曲が持つ、あえて具体的すぎる政治用語を排除した「抽象の美」があったからこそ、この曲は50年以上の時を超えて、形を変えながら何度も羽ばたくことができたのだ。他アーティストのどんな声高な叫びよりも、ポールのこの静かな爪弾きのほうが、結果として長く人々の心に残り続けた。それは歴史が証明している。

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あとがき

​この曲を聴き終えたあと、いつも奇妙な静寂が部屋に取り残される。それは、大作映画のエンドロールが静かに闇に消えていくときの感覚に似ている。たとえば、ジャン=リュック・ゴダールの『ワン・プラス・ワン』。あの映画でローリング・ストーンズが『悪魔を憐れむ歌』を泥泥になってビルドアップしていく、あの1968年の熱気。それと全く同じ時代に、海の向こうではこの静かな鳥の歌が鳴っていた。あるいは、大江健三郎の『個人的な体験』を読んだあとの、あのヒリヒリとした魂の回復の予感。

​音楽が時代精神を映す鏡であるならば、『Blackbird』は、最も傷つきやすい個人の内面を映すための、小さくて深い手鏡だ。

​そういえば、昔、俺がまだ10代の頃、ボロいアパートの湿った部屋で、おやじが残した安物のガットギターを引っ張り出して、この曲のイントロを真似しようとしたことがあった。西新宿の中古レコード屋の片隅で、カビ臭い空気とぬるい缶コーヒーの味にまみれながら、UKオリジナル盤のホワイト・アルバムを探していたあの頃。指先が痛くなるだけで、あのポールの流れるようなグルーヴには1ミリも近づけなかった。あの時、窓の外で鳴っていたカラスの鳴き声は、ちっともアビイ・ロードのクロウタドリみたいに優しくはなかったけれど、俺の不器用な青春のバックビートにはなっていたのかもしれない。

​ロックは死なない、やつらが殺そうとしてもな。なぜなら、こうして1本のギターと、自由になりたいと願う生身の身体さえあれば、いつだって暗闇のなかで夜明けを待つことができるからだ。この音は、今でも俺の背中を、そっと、しかし容赦ない力で押してくる。


​In 1968's chaos, Paul McCartney sat alone with his Epiphone Texan to create "Blackbird." No tricks, just pure, bleeding honesty for civil rights. It’s a timeless, minimalist rebellion that still stings your soul today. Real rock never dies.

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