見出し画像

世界142カ国で当たり前のことが、日本ではずっとできていなかった——改正著作権法が成立

何が変わるのか——「レコード演奏・伝達権」とは

2026年6月17日、改正著作権法が参院本会議で可決・成立した。

カフェやレストラン、ホテル、小売店、クラブ——そういった場所で音楽がBGMとして流れているとき、これまでお金をもらえていたのは作詞家・作曲家だけだった。

実際にその曲を歌った歌手、演奏したミュージシャン、音源を制作したレコード会社には、1円も入らなかった

今回の改正で、その構造が変わる。BGMとして楽曲が使用された場合、作詞家・作曲家への使用料に加えて、歌手・演奏家・レコード会社にも使用料が分配される仕組みが法律に明記された。

施行は公布から3年以内。使用料の徴収と分配は、文化庁長官が今後指定する団体が担う。

なぜ60年以上、日本だけが導入しなかったのか

この権利、実は新しい概念ではない。

1961年に採択されたローマ条約にすでに盛り込まれていた。つまり、世界はとっくに「演奏家・レコード会社にも使用料を」という方向に動いていた。

にもかかわらず日本は、この条約の適用を半世紀以上にわたって留保し続けた。

理由として挙げられてきたのが「店舗側の負担への配慮」だ。BGMを流す飲食店や小売店にとって、追加の使用料は経営コストの増加につながる——そういった利用者側への配慮が、導入を先送りにし続けた。

その間、世界では142の国・地域がこの権利を導入済みだ。日本だけが取り残されていた形になる。

海外ヒットが変えた潮目——YOASOBIと藤井風の存在

この問題が一気に注目されるきっかけになったのが、日本アーティストの海外進出だ。

YOASOBIの「Idol」、藤井風の楽曲が世界中でストリーミング再生され、海外のカフェやレストランでBGMとして流れる機会が増えた。

ところが日本にはこの権利がなかったため、海外でBGMとして使用された際の演奏家・レコード会社への使用料を回収できない状況が続いていた。

改正法によって、国内での使用料収入が生まれるだけでなく、海外で利用された際の使用料回収も進むことが期待されている。

この法律、本当に必要だったのか——正直な疑問

制度としては前進だ。ただ、率直に言って疑問が残る。

そもそも、カフェや飲食店、クラブは追加の使用料を払うべきなのか。

まず前提として、SpotifyやApple Musicを店舗で流すこと自体、利用規約で禁止されている。Spotifyの規約には「personal, non-commercial use(個人的・非商業的利用)のみ」と明記されており、Apple Musicも同様だ。現実には摘発されるケースは少ないが、法的なリスクは存在する。

では合法的な手段として日本で広く使われているのがUSENだ。USENはJASRACと包括契約を結んでいるため、USEN月額料金の中に作詞家・作曲家への著作権使用料が含まれている。

ただし今回追加されるのはそれとは別の権利——演奏家・レコード会社への原盤権使用料だ。これはUSENの月額料金には現状含まれておらず、施行後は店舗の負担がさらに増えることになる。

「著作権法的には作曲権と原盤権は別の権利だ」という建前はある。実際、イギリスではPRS for Music(作詞家・作曲家向け)とPPL(演奏家・レコード会社向け)の2つに店舗が使用料を払う義務があり、2018年からは「TheMusicLicence」として一本化されている。ドイツはGEMA、フランスはSACEMが同様の仕組みを持つ。

ただ、店舗目線からすると「また払うのか」という感覚は正直なところだ。

そしてもっと根本的な問題がある。カフェ、バー、クラブで音楽が流れることは、アーティストにとって最大の宣伝の場だ。

店で曲を気に入った客が、後でその曲を探してファンになる——そのサイクルが音楽業界全体を長年支えてきた。ハウス、テクノ、ヒップホップ、R&Bといったジャンルはクラブで火がついて世界に広がった。音楽と店舗の関係は、そもそも持ちつ持たれつだ。

今回の改正で実際に最も影響を受けるのは、クラブよりも別の業態かもしれない。

セレクトショップ、カフェ、美容室、アパレル、飲食店——こういった店舗にとって、音楽はあくまで「雰囲気づくりのツール」だ。クラブは音楽そのものが本業だから、使用料を払ってでも最新の音楽を流すインセンティブがある。包括契約を結ぶ動機もあるだろう。

でもカフェや美容室は違う。コストや手続きが複雑になれば、ロイヤリティフリー音源や専門のBGM配信サービスに切り替える方が合理的な判断になる。結果として、日常の生活空間から通常の音楽が静かに消えていく——そういうシナリオは十分にありうる。

そこにコストをかけさせて、店舗が音楽を流すのをやめたら——アーティストへの新規ファン獲得の機会が減り、ストリーミング再生数も下がり、結果的にアーティストの収入や著作者の収入も減るかもしれない。

海外では実際に何が起きているか

この懸念は、すでに世界で現実になっている。

最もわかりやすいのがドイツのGEMAだ。2012年にGEMAがクラブ・ライブ会場への使用料を大幅値上げしようとしたとき、30万人以上が署名した抗議運動が起き、ベルリン州政府まで「クラブの存続に関わる」と正式に抗議した。

罰則も容赦ない。ベルリンのフィットネススタジオが2ヶ月間Spotifyを無許可で流しただけで約€42,000(約700万円)の罰金。ロンドンのパブが無許可でBGMを流し続けた結果、£19,000(約380万円)の和解金を支払った事例もある。フランスでは覆面調査員に摘発されたブティックホテルが€10,000(約160万円)の罰金+遡及請求を受けた。

そして最も深刻な副作用が、ドイツで広がる「GEMA-free音楽」の動きだ。コスト増を嫌った店舗が、GEMAに加盟していないアーティストの楽曲だけを流すようになり、メインストリームの音楽が店舗から排除されつつある。

制度が音楽を店から追い出している。

徴収団体がまだ指定されていない——制度だけ先行した現実

さらに実務的な問題もある。実際に使用料を集める団体が、まだ指定されていない。

改正法には「徴収と分配は文化庁長官が今後指定する団体が担う」と明記されているが、その団体がどこになるかはこれから決まる話だ。CPRA(実演家著作隣接権センター)など既存の団体が有力候補として動く可能性はあるが、現時点では正式に決まっていない。

世界の主要国にはすでに専門の徴収団体が存在する。イギリスのPPL、ドイツのGVL、フランスのADAMI、カナダのRe:Sound——これらは長年の実績を持つ。

さらに興味深いのがアメリカの立場だ。アメリカにはSoundExchangeという団体があり、SiriusXMやPandoraなどデジタルラジオからの使用料は徴収・分配している。しかし地上波ラジオやカフェ・レストランなどのBGMは対象外——長年、日本と同じ穴にいた。

背景にはアメリカの放送業界の強力なロビー活動がある。「ラジオで流すこと自体がアーティストへの宣伝になる」という論理で導入を阻み続け、法案は何度か提出されてもいまだに成立していない。今回日本が改正に踏み切ったことで、先進国の中でアメリカだけが取り残される構図になってきている。

日本は施行までの最長3年以内に徴収団体の指定と仕組みづくりを進めなければならない。法律はできた。でも「誰が集めて、どう配るか」という最も実務的な部分が、まだ決まっていない。

これは単なる「著作権ニュース」じゃない

今回の改正を単なる「著作権法のアップデート」として読むと、本質を見誤る。

ルールが整備されることは、アーティストへの正当な対価という意味では前進だ。ただ同時に、日常の空間から音楽が消えていくことで、結果的にアーティストや作家、レコード会社が損をしたり、次のカルチャーの芽が生まれにくくなる可能性もある。

街から音楽が消えるのか、それとも音楽への対価が正当に支払われる社会になるのか。そのバランスをどう設計するかは、数年単位で大きな影響を与えることとなるかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!