逆翻訳って言語以外にも使えるんじゃないか?
※本記事は近日中に修正予定です(直近の記事=意味的思考の図解 の内容を受け、構成や例示を含めた改訂または差し替えを行います)
最近、時間を作るのが少しだけ上手になったので英語の勉強をはじめてみることにしました。
じつは外国語大学を卒業しているものの、英語はまったく話せません!
道を聞かれたときに、パッションでなんとか通じる程度。
外国語大学は「言語学校」ではないといえど…もったいない話だよなぁ、と思うこともしばしば。
現在、英語にふれる機会といえばシステムが吐き出すエラー文くらいなもので ーー 話すどころか、文法もすっかり忘れてしまった。
そんなわけで。アプリで発音を覚えつつ、和訳や英訳をやりなおし中なのですが、自分が書いた文章を逆翻訳したときにふと "問い" が。
逆翻訳をしてみて、自分の文章の翻訳が元の文章との違っていたら。
それは意味やニュアンスがズレていることになる。
…これ、生活や仕事における判断にも使えないだろうか?
たとえば、目的や目標に対する手段を決めたとき。
その手段を翻訳したらちゃんと目標や目的に辿り着くのか、とか。
今回はそんなテーマで考えてみようと思います!
目的から手段を考えるとズレる?
先程の問いが浮かんだということは、たぶん私自身の中でも、目的と手段がズレていた経験があったんだろう。
まずはそれについて具体例を考えてみました。
点へのアプローチはうまくいかない?
一番わかりやすかったのは、コミュニケーションの場面。
誰かにお願いしたい・伝えたいことがあるときや、仕事のプレゼンなんかでもいい。
何かやりたいことがあって、そのために誰かに動いてもらったり判断してもらう必要があるとき。
相手に伝わることを考えて、話し方を工夫したり、分かりやすい資料を作ったりする。
どうしてそれをお願いしたいのかを説明してみたり、社長や部長目線でのストーリーを考えてみたり。
この点は、それこそ言語や資格の勉強でも同じだと思う。
話せないから発音やフレーズを学んでみる、試験に合格したいからテキストや問題集を何周もする。
…アプローチとしては間違っていないんだろうけれど、それでうまくいかないときもある。
論理が通っていても伝わらなかったり、相手にとってのタイミングや優先順位が今ではなかったり。勉強でいうと、そもそも続かなかったり。
そういうとき、どこに問題があったのかを探して「まだ工夫が足りなかった」「温度感を合わせられなかった」とその一点に対して改善策を考えてしまう。
…その「改善策を考える」という方法か、もしくは順番が違うんじゃないか?
もちろん本当にタイミングが合わなかった、運の問題ということもあると思う。けれど、何回やっても一定の再現性がないのなら見方を変えてみるのもいいかもしれない。
本当にやり方が違ったのかどうか ーー 少なくとも、そのより先に考えるべきことがあるんじゃないかを。
「手段の目的」は目的ではない
一度、具体例から離れてみよう。
そもそも手段って、なんのためにあるんだろう?
定義としては、目的のために必要なこと ーー じゃあ「目的のために必要なこと」が手段なのか?
…言葉遊びみたいになってしまったけれど。
でも違和感を言語化するとそういうことらしい。逆翻訳してみたときのようなズレがある。
ここから先は

"視座×言語化" で意味を見つける思考法
"意味的思考" が目指すのは「後悔を引き摺らない生き方」です。 正しさは人によって違うからこそ。 変化や環境に左右される中でも、結果に一…
もしよろしければ、応援お願いいたします! 次回以降の執筆のため、書籍や体験代に使わせていただきます。
