見出し画像

めいそう日記Ver2〜Day288:対話すること


1. 瞑想小咄〜対話すること

誰かと会話をすることは、もはや日常生活の一部であり、特に意識をして行うものではない。そう感じる人も多いことだろう。とはいえ、一人暮らしをしたり、家族や友人と離れた遠い場所で暮らしていたりすると、一日中誰かと会話することなく過ごすということも、ままあることだ。

近年ではインターネットや科学技術の発達により、遠くにいても互いの連絡を取ることが容易にできるようになってきた。私が初めて一人で海外に住んでいた頃は、まだ現在のような便利なメッセージアプリなどがなく、手紙か電話、もしくはSkypeを使っていた。

その頃に比べて、現代はより人と人とがつながることができるサービスが発達した。遠く離れていても、まるで近くにいるようにコミュニケーションをすることができる。究極的には、一度も会ったことがない人とも友達になることができる。そんな時代だ。

また、新しいサービスは人と会うことを効率化することにも役立った。コロナ禍の時は、直接会うことができなかったので、Zoomを多用したものだ。致し方なく使い始めたものだったけれども、オンラインだと移動する手間が省けてとても効率的だということにも気づく。

人と人とが対話し、コミュニケーションをするあり方というのは、時代を経るにつれて大きく変化し、効率化していっていることがわかる。

しかし、最近思うのだ。いくら技術が発展したとしても、直接的な対話に勝るコミュニケーション手段はない、と。

都会はどうか知らないが、少なくとも地方ではそれが顕著だ。誰かの元へ足を運ぶこと。そしてコミュニケーションをとること。ほんの少しでも顔を合わせること、挨拶をすること。仕事だけではなく、かといって飲み会だけでもなく。さまざまな場面で顔を合わせて対話すること。これの積み重ねで、少しずつ人間関係が構築されていく。

そうして少しずつ人間関係が構築された上で、ようやく自分を認めてもらうことができる。仲間が増えて、応援してもらえるようになる。そこに至るまでには、相応の時間がかかってしまう。効率化が求められる現代にはそぐわないといえば、そぐわない。

効率化とスピード感を求めて、対話を蔑ろにしてしまい、自分の理想や目標を達成することに躍起になってしまうと、かえってうまくいかないこともある。地域おこし協力隊が地域に入って失敗してしまう要因の一つは、おそらくここにあるのではないだろうか。

兎角、効率とスピード感を重視するようになった今日ではあるが、それによって対話する時間をおろそかにしているのではないかとも思う。本来、人と人とのコミュニケーションで最も大切にするべきは、対話だったはずだろうに。

私個人としては、これからも泥臭く、コツコツと対話と積み重ねたコミュニケーションを大切にしていきたい。もしかしたら、都会のスピードにはついていけなくなってしまうかもしれないけれど、人間味あふれるこの生き方の方が私は好きだ。

対話すること。果たして自分はどれくらい対話しているだろうか。あらためて問い直してみてもいいかもしれない。

2. 今日の瞑想〜2024.5.20 Mon 6:30~(15min)

月曜日の朝。今週は大きな山場が続くので頑張ろう。まずは瞑想から始めよう。

今日の瞑想音楽はこれ。

姿勢を整えて座る。早速気がかりなことが雑念として頭の中に浮かんでくる。思考を切って、無の時間を作る。この時間を維持するのがとても難しい。コツコツ努力するしかないということかな。



いいなと思ったら応援しよう!