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めいそう日記Ver2〜Day265:「初めて」の気持ち

1. 瞑想小咄〜「初めて」の気持ち

幼い頃は、自分の目の前にあるもののほとんどが「初めて」で、見るもの聞くもの全てが新鮮に映ったものだ。しかし、大人になるにつれて少しずつ、知っているもの、やったことがあるものが増えていく。それはそれでいいことなのだろうけれども、あの新鮮さを味わうことは少なくなっていく。

とはいえ、世の中には自分が知らないもの、やったことがないもので溢れている。ただ、少しずつ新しいことに挑戦してみることが億劫になっていくだけだ。自分の手の中にあるもの、やったことがあること、慣れ親しんでいるもの。そういったもので満たされていると、新鮮な気持ちを味わうことが少なくなっていくものだ。

しかし、たまには新しいものを始めてみるのもいいだろう。「初めて」のものに向き合うと、心が少し謙虚になるような気がする。

先日、一度居合の稽古を見に行った。凛とした空気感が素敵だったのだが、稽古をしているのが男性だけだったため、これは私の出る幕はなさそうだなと思っていた。そうすると、居合を紹介してくれた方が一緒にやろうと誘ってくださったので、これも何かの縁と思い、稽古に参加することにした。

私は合気道をやっているので、一応道着は持っている。同じ日本の武道とはいえど、稽古着は異なる。初回でもあるし、道着であることには変わりないので、合気道の格好をして稽古に参加させてもらうことにした。

まず最初に渡されたのは帯だった。合気道などの帯とは違って、長い布のようなもの。これを腰に巻いて、袴の帯との間に剣を差す。常々、あの剣はどうやって固定しているのだろうと思っていたのだが、袴の下で締めた帯と、袴の帯の両方で固定していたのだった。

模擬刀を借りて、実際に腰に差してみる。これがまた、慣れないと大変でなかなか差さらない。本来は手元を見ないで帯刀するらしいのだが、初めての私にとって、それは至難の業だった。

それから、模擬刀の素振りをした。合気道の稽古でも木刀を使う。しかし、木刀との重さは段違い。振り上げるだけでも結構重いし、振り下ろした時に、剣に体を持っていかれないようにしなければならない。腹に力を入れて、左手でぐっと絞る。体幹がブレないようにしながら振る。昔の侍は、こんな重たいものを軽々と操っていたのか…と、実際に体験することで実感した。

やはり、初めてのものを体験するとさまざまな気づきがあっていいものだ。新しい世界が開かれるような気がする。大人になると、「初めて」のものに取り組むことを躊躇ってしまうことも多いけれども、思い切って飛び込んでみることで、新鮮な気持ちを思い出すことができるのだ。

それにしても。素振りをしていると、「あまり振りすぎると腕を傷めるから注意して」と言われた。素振りをしている最中は、別になんてことないと思っていたのだが。翌日になって、腕の疲労感が半端ない。筋肉痛はもちろんながら、疲労感がある。こんな感覚になったのも初めてのことだった。

世の中には「初めて」が溢れているものだ。一つでも多くそれらを掬い上げて、自分の人生の彩りとしたいものだと思う。

2. 今日の瞑想〜2024.4.27 8:40〜(15min)


今日から連休の始まり。私も今日から予定が入っているので、朝から行動開始。まずは瞑想から。

今日の瞑想音楽はこれ。

横になったままで始める。今日は身体に意識を向けて、不調な部分が消え去ることをイメージしてみた。雑念が浮かび、不調な部分への意識が途切れてしまうことが何度もあったけれど、次第に身体全体がほぐれていくような心地になってきた。リラックスして終了。

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